お星様
空いっぱいに広がった星は、まるで楊ぜんただ一人を見つめつづける目みたいで、ちっちゃな楊ぜんはほんの少し怖くなる。
夜の風はひんやりとして冷たく、さわさわ音を立ててゆれる草はこの夜の訪問者について囁きあってるみたいだ。それはどちらかというと悪意のこもった嘲笑にも似て。
「師匠……」
心細くなった楊ぜんは自分の手をひいてくれる師を見上げる。とっても背の高い師匠は楊ぜんが思いっきり首を上げないと見えない。
「どうした、楊ぜん。怖いのか?」
穏やかな笑みとともに玉鼎真人はしゃがんで楊ぜんと目を合わせてくれる。楊ぜんは首を振る。本当はとっても怖かったのだけど。でも、そんなのは師匠にはお見通しで、楊ぜんを抱き上げてくれた。
「ほら、綺麗だろう」
今夜は月が出ていないから、星がよく見える。師匠に抱き上げてもらっただけで、怖い目はきらきら輝く宝石に変わった。師匠は背が高いから、ここからほんの少し手を伸ばせばきっとお星様に手が届く。
空をつかもうとするかのように手を差し伸べる楊ぜんに玉鼎真人は笑う。
「師匠ぉ」
どうやってもつかめないお星様にじれた楊ぜんは不満そうに声を上げる。ほら、手を伸ばせば、今にも星に触ることができそうなのに。ねえ、どうして。どうして、お星様つかめないの。
「楊ぜん、駄目だよ。お星様は取れないんだ」
必死で手を伸ばす楊ぜんに、玉鼎真人はやんわりと言う。ほほえましいとおもう半面、見ているのがつらくもあった。絶対に手の届かないものに手を伸ばす楊ぜん。いくら手を伸ばしても、つかめない星。
それは崑崙にいる限り、どうしても差別されてしまう楊ぜんと妙に重なって。絶対に手の届かない自由というもの。どうしても自分を偽らざるをえない楊ぜん。
「やめなさい。楊ぜん」
ああ、この子の運命はなんて重い。
小さな子はぎゅっと玉鼎真人にしがみつく。
「師匠、もうちょっと、あともう少し」
「楊ぜん」
「お星様、師匠に上げます。だから、あと少しだけ、ね、師匠」
懇願するようにそういわれて。
ああ、それに。
私のため、か。
玉鼎真人はほんの少し強く楊ぜんを抱きしめる。
「師匠?」
「楊ぜん。お星様はとっちゃいけないんだ。だってみんなのものだろう?」
きょとんとした楊ぜん。
「それに、私のお星様はここにいるよ」
紫の双子の星はきらきらと笑った。
風が渡り、草がなる。さわさわと、音を立てる。
「楊ぜん、風が出てきた。もう帰ろうか」
「はい」
「寒くないか?」
「師匠と一緒なら、あったかいです」
空に輝く無数の目はもう少しも、怖くなかった。
☆
「ふうん」
ありったけの宝石をちりばめたような星空を見ながら、太公望は言った。
「なんですか。つまらなそうですね」
そんなこといわれたって、実際つまらない。さっきっから、楊ぜんの話は、ひたすら玉鼎真人のことばっかりで。コイビトがたとえ育ての親であるとしても他の男の話を延々し続けるのを、聴いて喜ぶ男がいるとでも思ってるのだろうか。
せっかくの夜の逢瀬なのに。もうちょっと、こう、コイビト同士のムードというのがあったっていいはずなのに。太公望は完全にふてくされていた。
太公望の様子にすねたのか楊ぜんは大声でつぶやく。
「僕、師匠のこと好きだったんですよね」
そのスキとはどういうスキだ?過去形に安心する前にそっちのほうが気にかかる。この美形師弟の間には何かあるに違いない。あって欲しい。と、一部の女仙たちがキャーキャー言ってるのを太公望はちゃんと知ってるのだ。ちなみに自分と楊ぜんについての噂は悲しいことにカケラもなかった。
「でも師匠のスキはそういう好きじゃなかったんですね、きっと」
手を伸ばす楊ぜん。星をつかもうとするかのように。掴み取れないことはわかりきってるはずなのに。
「星はとってはならぬのであろう?」
その様子はひどく悲しい。絶対に手のとどかない星。
楊ぜんはふんわり微笑んだ。
「だけど」
くすっと笑って。太公望を見つめて。
「僕はお星様を手に入れましたよ?」
ほんの少しきょとんとした青い二つの星。
「違うよ、楊ぜん」
太公望は笑う。
「わしが手に入れたのだ」
空に浮かぶ無数の星たちが四つのお星様をじっと見てた。
end.
novel.
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