ジューンブライド06



 会場はざわめいている。何の会場なのかというともちろん太公望と楊ぜんの結婚披露宴会場なのである。太公望としてはいたってシンプルに、というか本当のところ隠しておきたいくらいだったのだが、姫発と普賢真人のせいで話はなんだかとんでもなく大きくなってしまったのだ。
 もっとも、お祭り好きな西岐の人々がこんな面白そうなイベントを見逃すはずもなかった。女性たちは散々着飾り、目当ての殿方の目に何とかとまろうと精一杯のおしゃれをしていたし、男性陣も密かに思いを寄せていた女の子を捜そうときょろきょろしていたりする。もっとも、その密かに思いを寄せていた人というのがこの席の主役の片割れでもある楊ぜんだったというものも結構いたようで、自棄酒や自棄食いをしては同僚らしきものに慰められている姿もちらほらあった。
 そんな中で太公望はらしくなく緊張している。普賢真人に連れて行かれたまま楊ぜんはまだ帰ってこないし。それに似合いもしないタキシードなんか着せられて窮屈でたまらない。大体、若い二人ならいざ知らず、太公望はおじいさんなのである。こんなことわざわざ大仰に披露する必要なんてないと思う。
 それでもはじめは、楊ぜんに近づくムシが減るなら良いかのぉ。なんて思ってはいたのだ。だけど、会場からもれ聞こえてきた『だけど人妻ってのも結構ソソるよな』という不埒な発言により、そんなあまい考えは木っ端微塵に吹き飛ばされることになった。
「ったく。これでは何も良いことなどないではないか」
 プライベートなことをこういう公の場で、持ち出されるのは、ましてや披露なんてさせられるのはあんまり好きじゃない。
 楊ぜんが来ないと太公望は会場の中には入れない。仕方なく一人ぽつねんと立ってる太公望はいろいろと考えてしまうのだ。
 嬉しくないわけはないんだけれど……
 そして、太公望が延々待たされてちょっといらだってきた頃、ようやく普賢真人のこえがした。
「望ちゃん。支度、できたよ」
 呼ばれて振り返る。そもそもこの事態の大本でもある幼馴染に文句の一つでもいってやろうと思って。でも結局その言葉は音になって発せられることはなかった。
 困ったような恥ずかしそうな顔をして微笑む楊ぜんと目が合った。
「師叔。笑わないでくださいね」
 太公望はぽかんとしてその姿を見つめる。
 笑うも何も……
 真っ白なドレスはごてごてした飾りもなくいたってシンプル。でもだからこそ、すらっと背の高い楊ぜんにはぴったりと似合っていた。大胆に開いた胸元。綺麗な肩のラインが覗ける。アクセサリー類は統一して青。サファイアだろうか。それともアクアマリンだろうか宝石類に詳しくない太公望にはよくわからない。それに青紫の花と白いカトレアで作ったブーケ。同じ花の髪飾り。薄いベールをかぶって。普段絶対することのない薄化粧なんかした楊ぜんは……
 なんといったらいいのだろう。綺麗。そう、そんな言葉じゃ追いつかないくらいに――綺麗だった。普段だって並みの女の子じゃ追いつかないほど綺麗なくせにその何倍もずっとずっと綺麗だった。まるで、その「綺麗」という言葉は楊ぜんただ一人のために存在しているのだとでも言うように。
 太公望は一つため息をつく。
「楊ぜん……」
「師叔?」
 がらにもなく照れて恥ずかしくなってきた太公望は、照れ隠しに一つ笑って、それから思い直して真面目な顔をした。
「綺麗だ。すごくよく似合ってる」
 楊ぜんはぽぉっと赤くなった。そういう表情をすると綺麗な中にも可愛らしさが加わって。そして太公望はまたそれに見とれてしまう。
「師叔も、その。よくお似合いですよ」
「そうかのぉ」
 お世辞だとわかっていても嬉しくなってしまう。もっとも楊ぜんが本当にお世辞を言ったのかどうかはわからないが。
 楊ぜんはこくんと頷いた。
「はい。カッコイイです」
 二人で初恋で初デートの中学生みたいに真っ赤になった。
 それはそれですごく微笑ましい光景だったのだけれど、二人は放って置けば一日中でもお互いに見詰め合っていそうだ。そしてそれでは話が進まないのである。
「望ちゃん。腕くらい組んだら?」
 仕方なく幼馴染は助け舟を出した。
 どぎまぎした二人は顔を見合わせる。もっともこの場合、はじめから見詰め合っていたわけではあるのだけれども。でも微妙な視線の違いというものも感じられるわけで。
「楊ぜん」
 太公望はそおっと楊ぜんの方に腕を伸ばして。楊ぜんは恐る恐るながらもぎゅうっとその腕に抱きついた。太公望のほうが背が低いからそれはちょっとおかしな体制になってしまったのだけれど。でも勿論そんなこと二人に関係のあるはずもなく。
 なんだか、どきどきしてしまう。太公望は楊ぜんの顔が思いのほか近くにあって。楊ぜんは太公望の顔が思いのほか近くにあって。
 そういえば、腕を組んだことなんて初めてだった。
「新郎新婦御入場!」
 そして、普賢真人はぽんっと二人の背中を押す。
 会場への扉が開かれる。
 割れんばかりの拍手。
 と、同時に。
「軍師様ぁ!」
「楊ぜん様ぁ!」
「お幸せにっ!」
「楊ぜん様、綺麗ッ!」
「太公望っ。この幸せものっ!」
 それに明るい声が重なって。
 太公望と楊ぜんは目を合わせる。
 それだけで。行こうか。はい。それくらいの会話は成立してしまうもので。
 そして、二人は歩き出す。祝福の嵐の中を。

 

    ☆

 

 会場の中は結婚披露宴というよりも立食パーティーのような感じだった。それは屏風の下に立たされ、みんなに見世物にされることがなく、そういう面では太公望と楊ぜんにとっても好都合だったのだが、そのぶん押し寄せてくる人の数は半端なものじゃなかった。
 もちろん、好意から太公望と楊ぜんにおめでとうをいいに来る人々を邪険にすることもできず。二人は心底疲れきりながらも、にっこりと微笑んでおり、そしてたまに目配せしあって、二人で困ったように笑ったりもした。
 その光景がまた、いかにも心が通じ合っているふうに見えていっそう人々は、冷やかしたり、喜んだりするのだった。
 どうやら武成王に言われたらしく天祥が太公望と楊ぜんに花束を渡すという可愛らしい光景も見られて人々は実に大満足だった。
 そして、宴もたけなわになった頃。その中で少々厄介な声が響いてきたのである。
「太公望ッ、楊ぜんッ!あんたたちどうせなら今キスしなさいよっ!」
 あえて誰かは言わないが……蝉玉である。
 そしてお祭り大好きな西岐の人々がそんな面白そうなことを見逃すはずもなく……。たちまちのうちにキスコールが盛り上がってしまったりするのである。
「師叔……」
「困ったのぉ」
 やっぱり新郎新婦が見世物にされるのは避けられないことなのかもしれない。困った二人は顔を見合わせる。コールはどんどん大きくなる。太公望は意を決して楊ぜんの肩に手をかける。あともうちょっと。
 そのとき――
「だっ、駄目だっ。そんなこと私が許さんっ!」
 たまりかねた花嫁の父から抗議の声があがる。人々は一瞬シンとしてそちらを向いた。
「あら、せっかく――」
「もうちょっとだったのにね」
「でも、あの方」
「誰かしらステキな人……」
 こそこそとささやき声が聞こえる。
 と――。
 そこで近くにいた黒尽くめの髪を肩のところでばっさりと切りそろえた仙人が、いきなり近づいてくると、そぉっと後から抱きつくようにして花嫁の父の目をふさいでしまい、にぃっと笑った。どこにあるのかは知らないが、ちゃっかりカメラ目線である。そして、その隣にいたちょっと背の低い、でもなかなか可愛らしい顔をしたもう一人の仙人がにっこりと微笑んで可愛らしい声で言う。
「望ちゃん。OKだよ」
「太乙離せッ!」
「終わったらね」
 人々はこの展開をあっけにとられて眺めた。それから思い出したように太公望と楊ぜんのほうを向く。
 二人はぎゅうっと抱き合っており、なかなか熱烈なラブシーンが展開されていたりするわけで。人々はあきれてため息をつき。でも、なんとなく嬉しくなって思いっきりな拍手を送った。
 もっともそれで太公望と楊ぜんは驚いて、それからどうしようもなく照れてぱっと離れてしまったのだけれど。
 そして――。
 そして結局二人は、それからパレードに引っ張り出され、西岐の人々は手が痛くなるほど拍手喝采し、二人の結婚披露宴は延々続くことになったのだった。
「のぉ、楊ぜん。疲れたら言ってよいのだぞ」
「いいえ、師叔。だってすごく嬉しいんです」
 そして楊ぜんは太公望にぎゅうっと抱きつく。
「楊ぜん?」
「それにね、師叔。六月の花嫁は幸せになるってジンクスがあるんですよ。知ってました?」
「そうなのか?」
「はい。だって僕は幸せになりますから」
 くすくすくす。楊ぜんの笑い声が響いた。

 


The happy end!!

novel.