おまけ
真っ暗な闇の中で楊ぜんは待っている。太公望は部屋の中に入り、そこが外よりいっそう暗いことに驚いて立ち止まった。
「どうしたのだ、明かりくらいつければよいものを。これでは真っ暗で何も見えぬではないか」
そういって、自ら明かりを灯そうとすると、その気配を感じ取ったのか楊ぜんの声がした。
「つけないで。つけては駄目です」
心細そうな細い声がしたので、太公望は明かりをつけるためにあげていた腕を下ろした。そして、目が闇に慣れるまでしばらくじっとしている。寝台の方にほんのりと白い影が見えた。楊ぜんはそこに腰掛けているらしい。
太公望は楊ぜんを驚かせないようにそっと寝台のほうへと向かう。そしてその隣に腰掛けた。ついで抱き寄せると楊ぜんはわずかに身を硬くする。
「良いのか?」
「嫌だといったら止めてくれるのですか」
「否」
短い返事に二人はかすかに笑った。
楊ぜんの頭を抱き寄せて、軽く口付ける。予想に反して短い口付けに楊ぜんが戸惑ったような顔をしたところで、もう一度。今度は深く口付けて目を開けば、楊ぜんの整った顔がすぐ近くにある。見とれていると、うっすらと眼を開いた楊ぜんにぽかりと殴られた。そこで口付けは中断。
「おぬし舌をかんでしまったらどうするのだ?」
「キスしてるときに眼なんか開けるほうが悪いんです」
うぬぅと唸って懲りない太公望はもう一度接吻を再開する。しかし、バレたってことはおぬしだって目を開けていたのではないかと考えながら。
楊ぜんの舌を追いかけながら、太公望は楊ぜんの服に手をかける。その手をぎゅっと楊ぜんがつかんだ。
「楊ぜん?」
「師叔。あのね。本当は記憶が無いわけじゃないんです。初めのころは本当に記憶がなかったんだけど、だんだんわかるようになって。気が付くと上に知らない男がいて……」
「怖いのか?」
皆まで言わせず太公望は楊ぜんに尋ねる。
意地っ張りな楊ぜんは黙り込んでしまった。
太公望はいたずらっぽく笑うと、不意に楊ぜんの服を胸の辺りまで引っ張りあげる。そして、現れた白いわき腹に手を這わせた。
とたん。
「ちょっと、やだ師叔っ!何するんですかっ!……嫌ッ。止めて止めて止めて、嫌だったら……あっ……もぉっ!師叔くすぐったいです」
およそ愛撫とは程遠い太公望の手の動きに楊ぜんは悲鳴をあげ、次いでけたけたと笑い出した。それから笑いすぎて力の入らない腕でぽかぽかと太公望を殴る。
「信じられない……普通こういうときにこういう事って……あっ、嫌。そこ、駄目だったら師叔」
寝台の上に倒れこんで、楊ぜんはひくひくと笑っている。笑いすぎて呼吸困難になったのか、流れた涙をぐいっとぬぐった。
「これくらいでだらしないのぉ」
言って太公望は笑いつづける楊ぜんの頬にチュっと口付ける。それから軽く耳朶をかんだ。
「いやぁ」
「だあほ。ここは笑うところではなかろう」
少しだけ傷ついたような顔をしながらも、太公望は笑いこけてる楊ぜんの輪郭をなぞり、その白い咽喉へ、細く浮き出た鎖骨へと口付けていく。
笑い声はいつのまにか、甘ったるい喘ぎ声に変わり、楊ぜんはしがみつくようにぎゅっと太公望に抱きついた。
怖いとかそういう思いはすべて笑いすぎて吹き飛んでしまったようで、後はひたすら大好きな人の体温が愛しかった。
そう、だからあなたが好き。だからあなたは特別なの。
end.
novel.
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