お昼寝。
春の、いくぶん傾いた日差しが部屋を包み込む。夕暮れというにはあまりに早すぎるけれど、太陽はだいぶ西に傾いてきている。そんな時刻。日差しはねっとりとやわらかく、優しい。金色の蜂蜜みたいに。
楊ぜんはコイビトみたいに枕を抱えて見事に眠りこけている太公望を見つめてため息をついた。
せっかく。ホントにせっかくの休みなのに。二人っきりになれることなんて滅多にないのに。
幸せそうな寝顔がちょっと、憎らしい。
疲れてるのは、わかるんだけど。でも。
だけどこれはちょっと太公望にとってフェアじゃない。
この日、連日のストレスの発作がついに起きたのか、なんと周公旦が倒れるという異常事態が発生したのだ。臣下思いで、弟思い出もある武王陛下は働きすぎは良くないっ。という常識の元に、週に一度のお休みを作ることにした。
もっとも、それが本当に進軍の準備の遅れにアオスジ立てて怒っていた周公旦のためになったかどうかはちょっと疑問なのだが、兵士女官文官一同は大喜びで、遊びに行き、武王の株も大きく上がったからそれはそれでよかったのかもしれない。
だけれど、そのせいで城の機能は完全にストップしてしまった。それはそうである。城ので働いているものすべてが一度に休みを取ったのだから。
ついでに太公望も、寝るぅーっ。と宣言して自分の部屋に帰ってしまった。まあ、周公旦一人怒っていただけで、実はそんなに差し迫った状況でもなかったのである。まじめすぎるのもちょっと問題なのかもしれない。
ところで楊ぜんは、崑崙の道士であって、ついでに太公望の部下でもあるものの、別に武王の臣下になったつもりはない。その上、周公旦ほどではないものの困ったことにまじめな性分だったりするから、午前中まで、お仕事などしていた。だけど、自分ひとりで進めるにはやっぱり限度というものがあるもので。
手持ち無沙汰になった楊ぜんは、なんとなく太公望の部屋に来て、なんとなく太公望の寝顔をじっと見ていたりしているわけだ。大して面白くもない人の寝顔を何時間にも渡ってずーっと見ていることができるのだから、恋って物は全然役に立たないところでとんでもなく偉大なのかもしれない。
楊ぜんはため息をつくと、
「師叔」
そっと声をかけてみた。だけどどうやら熟睡してるらしい太公望はそれくらいじゃ起きてくれなくて。
起こしちゃいけないと思いつつも、かまって欲しい。
ちょん、とほっぺたをつついてみる。ふにっとした感触があって楊ぜんはくすくす笑う。もう一回ちょんっ。ふにっ。
なんだか面白くって、楊ぜんは太公望のほっぺたを少しだけつまんでみる。ふにっ。
くすっ。なんか、変な顔。
太公望は嫌がってもぞもぞ寝返りを打った。
あ。
ちょっと反省して楊ぜんは手を引っ込める。
寝かせといてあげなくちゃ。師叔は疲れてるんだから。
……だけど。
つまんない。
寝台の上にひじを突くといういささかお行儀悪い格好で楊ぜんは太公望をじっと見る。寝返りを打たれたせいで後頭部しか見えないのだけど。
ねぇ師叔。こっちを向いて。
だけど太公望はすやすや眠ったまま。
楊ぜんはつまんなくて、自分も寝ることにして、寝台の上に頭を乗せる。ぺたん、と床に直に座っただけで。
目をつぶって、少しだけうたうたして。
ぞわっ。
鳥肌が立つような、身体が震えるような変な感覚があって、楊ぜんはびくっとして頭を上げる。また太公望が寝返りを打ったせいで、太公望の手がちょうど楊ぜんの首筋に触れてしまったらしい。やだっ、と楊ぜんは赤くなる。こんな感覚、絶対普通じゃない。身体が熱くなる。
頭を起こしたせいで手の位置が動いてまたぞわっ、ときた。背筋を駆け上るような変な感触。やだっ。
それに、今度は目の前に、ほんのちょっと動けば額をくっつけるほど近くに太公望の顔があって、楊ぜんはまた少しだけ赤くなる。
あ。寝顔ってなんだか、子供みたい。
ほんわかした幸せ。
幸せなまま眠ってしまおうと思って、頭を下げかけたとき、太公望がぼそぼそつぶやくのが聞こえた。
寝言だろうか。
寝言って、言うんだ。この人。
くすっ。
なんとなく太公望本人も知らないかもしれない秘密を発見したようで、楊ぜんはちょっと嬉しくなる。こういうのって、プライベートだから聞いちゃいけないのかなぁ。なんて思うものの、大好きな人だから余計、好奇心には勝てないもので……。
何?ねぇ、なんていったの?
そっと耳を済ませてみる。
耳に痛いくらいの静寂。
そして。
「……よ……う……」
え、何?
ほんの少しの期待。
心臓がどきどきする。
楊ぜんはそっと太公望の口元に耳を近づけてみる。
「……よーぜん……」
今、楊ぜんって言った?
僕の名前、呼んだ?
じゃ、僕の夢、見てるの?
ほんわり、楊ぜんは嬉しくなる。
「師叔」
そっと小声で返してみたりして。ホントは寝言に返事しちゃいけないんだけど。
「……す……き……」
どきんっ。心臓がはねる。
なんだか嬉しくって、目元が潤んだ。
どきどきして、真っ赤になって、楊ぜんはそっと答える。
「……僕も。……好きです」
とたん。
「よぉぜんっ!」
耳元でとんでもない大声がして楊ぜんはきゃっ、と小さく悲鳴をあげる。耳をふさごうとしたら、その半分あげかけた腕ごとぎゅっと抱きしめられた。
「……師叔。起きてたんですね……」
耳元でとっておきの大声を上げられたせいで、楊ぜんは涙目になって恨めしそうに太公望をにらむ。まだ、頭の中ががんがんした。ふわふわゆれているような感覚もある。
太公望はちょっと寝癖のついてしまった頭を軽く振ると、にまぁっと笑った。
「お返しだよ。楊ぜん。おぬしがいぢめるから」
「いじめてなんか……」
軽く言いよどんだ楊ぜんは、太公望が、楊ぜんがちょっかいを出し始めた頃からおきていたことにようやく気づく。
つまり師叔はあのころから起きてて、ずっと僕のことからかってたんだ。
くやしくて、なんとか腕の中から抜け出すと、ぎゅっとわき腹をつねってやった。
太公望はさすがに痛かったらしく、楊ぜんの腕を押さえつける。
「やっぱりいぢめておるではないか」
「だって師叔が悪いんです」
「どうして」
「だって起きないから」
自分でもこれはめちゃくちゃな理由だってことはわかっているのだけど。でも、どうしても太公望が悪い気がする。
太公望は楊ぜんを抱きかかえるように抱きしめる。
「淋しかったのか?」
楊ぜんはふくれたまんま、それでも太公望の胸に頭を押し付けるようにしてこくんと頷いた。
「師叔が悪いんです」
聞き分けのない子供みたいに。
「そうだのぉ」
太公望はつぶやく。
それからにやっと笑うと、ふにっと楊ぜんのほっぺたをひっぱる。
「あにふるんでふか」
何するんですか、といいたいらしい。
「お返し」
くすくす笑った太公望を、楊ぜんは怒って寝台の上から突き落とす。それから、自分が寝台の上にあがりこむと布団をかぶってしまう。
「知らない。師叔の莫迦っ」
突き落とされた太公望はとっさに受身をとったせいでそんなに痛い思いはしなかったのか、すぐ起きてきた。
「よーぜん」
「キライ」
声をかけると冷たい返事。
そんなことじゃめげてあげない太公望は、自分も寝台の中に滑り込んだ。
「どうおて師叔が入ってくるんですかっ」
楊ぜんの声を無視して。
「だって淋しかったのであろう」
ぎゅっと楊ぜんを抱きしめる。
「キライ」
またもや冷たい返事。
だけど今度は突き落とされなかった。
end.
novel.
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