あなたに贈る物



 12月。暮れも押し迫った頃、楊ぜんは太公望の部屋に勝手に押しかけて、自分でお茶を入れて飲んでいた。外はきりつけるように寒いくせに、城の中は閑散としている。みんな町に出かけてしまったからだ。今日はクリスマス・イブなのである。
「雪が降ればよかったのにね」
 独り言のように楊ぜんは呟く。この地方で、ホワイトクリスマスになることはほとんどない。きゅーんっと哮天犬が擦り寄ってきたので、楊ぜんはよしよしと頭を撫でてあげた。
「哮天犬。明日はクリスマスなんだよ」
 きゅーん。
「いい子にしてたらね。サンタさんがプレゼントを届けてくれるんだ」
 わんっ。
「わしはもらったことないのぉ」
 太公望が茶化した口調で楊ぜんをからかった。言いながらも書類に筆を滑らせる。普段サボっているのがたたって、こんな日に仕事を抱え込むことになってしまった。楊ぜんはさっきから哮天犬を横に置いてじーっとその様子を眺めていた。
「じゃあ、師叔はいい子じゃなかったんでしょう」
 楊ぜんはあっさりと片付けて、ねーっと哮天犬のふさふさの毛並みに顔を埋めた。
「おぬしは町に行かぬのか?」
 お祭り大好きの武王陛下は異教徒のお祭りだろうが見逃すはずもなく、でかでかとクリスマスを布教し歩いたのである。もっともそれはかなり揶揄されていつのまにか何の祭りなのかわからなくなってしまったのであるが。ただ、町の中央には大きなもみの木が植えられ、あれこれと飾り立てられて結構な見ものだったのである。しかも、誰が流したのやらイブの夜にもみの木の前でキスをすると、その恋人同士は結婚するというデマのおまけまでついて、冷たい雨の日だというのに、西岐の恋人たちはいそいそと出かけているのだ。
「僕一人で行かせる気なんですか」
 楊ぜんはちょっと怒ったように言う。
「うぬ?ああ、そういえばクリスマスは恋人同士の祭りだと姫発がいっておったのぉ」
「僕が師匠から聞いた話はそうじゃないんですけれどね、でも今日は聖夜なのだそうです」
「キスすると願いがかなうのであろう」
 楊ぜんはくすくす笑った。
「違いますよ、師叔。聖夜はもっと神聖なものなんです」
「明日は七面鳥を食べるのであろう?」
「食べ物のことだけは正確なんですね。でも、僕たちはなまぐさはいけませんよ」
「ケーキと、シャンペンもあるのであろう?」
「そっちが目的だったんですね」
「それと、サンタさんのプレゼント」
「師叔はいい子じゃないからもらえませんよ」
「うぬぅ」
 太公望はどこまで本気なのかくやしそうな顔をして唸った。
 楊ぜんはそれがおかしくてくすくす笑う。
「こんなに仕事をためるような悪い子にプレゼントなんてくれないですよ」
「そのようなことを言って、では、おぬしはもらえるのだな」
「僕はもう大人だから」
「何だ、それでは結局何ももらえぬではないか」
 つまらんのぉ、と太公望は呟く。
「だから、大人はね、大人同士でプレゼントをあげるんです。師叔は何が欲しいですか?」
「桃」
 即答の答えに楊ぜんはちょっとげんなりした顔をした。
「それじゃ、つまらないですよ師叔」
「じゃ、仙桃」
「僕に盗みをはたらけとおっしゃるのですか」
「そんなこと急に言われてものぉ。おぬしは何が欲しいのだ、楊ぜん?」
「え?」
 楊ぜんはきょとんとする。
「おぬしは、何が欲しい?」
「師叔、お金ないでしょう」
「おぬし嫌なことを……」
 太公望はちょっとふくれる。
「僕は師叔が傍にいるだけでとりあえずいいです」
 楊ぜんは淡々と言葉をつむぐ。
「そのとりあえずというのは何なのだ?」
 かえって太公望のほうが赤くなってしまって、それをごまかすように茶化して言う。
「欲しいものができたら、きっと欲しくなるから」
「わしは金を持っておらぬのではなかったのか?」
 楊ぜんはくすっと笑う。
「じゃあ、借金してくださいね」
 太公望は眼をぱちぱちした。
「おぬし……」
 あきれてる太公望の傍によって、楊ぜんはちゅっとその頬に口付ける。
「僕にそれだけの価値ってあると思いません?」
 太公望はぎゅうっと楊ぜんを抱き寄せる。
「ある……かものぉ……」
 困ったように言って、ほりほり頭を掻く。それから軽く楊ぜんの鼻の頭を指先で押さえた。
「どうしてくれるのだ。仕事をする気がなくなってしまったではないか」
 楊ぜんはにっこりと微笑む。
「いいですよ、しなくって」
「おぬし、熱でもあるのではないか?」
 太公望は不思議そうに言うと、楊ぜんの額にこつんと自分の額を押し付ける。
「ひどいですね、師叔。病気じゃありませんよ」
 じゃれ始めた二人にあきれたのかすねてしまったのか、哮天犬は床に丸くなった。
「いや、おぬしは平熱が低いから、熱があるのかどうかよくわからぬ」
「もぉ。ずる休みはよくするくせに人が休ませてあげようと思うと休んでくれないんですから、あなたくらい扱いにくい人っていませんよ」
 楊ぜんはすねたように言う。太公望はにんまり笑った。
「そぉだのぉ、わしに付き合えるのはおぬしくらいかのぉ」
 そして、楊ぜんを抱きしめてキスしようとしたまさにその時、ばたんとドアが開いた。
「あ、あ、あ、ごめん。スース。楊ぜんさん。俺っち、出直すから。ええっと、そのぉ、ごゆっくりさ」
 運の悪い青年はしどろもどろになり、見られた当の二人より真っ赤になってそれだけ早口で言って立ち去ろうとした。
「え、え?ちょっと待って、天化君!誤解っ!」
 慌てて楊ぜんは立ち上がる。
「誤解?」
「そう、誤解なんだ。僕が転んだところを師叔が抱きとめてくださっただけなんだよ」
「え。でも」
 何にもないところで仮にも天才同士様が転ぶだろうかと天化は思ったのだが、楊ぜんの必死の形相に気おされて結局黙っていた。
「わかった?誤解だよ」
 楊ぜんはひしっと天化の肩をつかむ。誤解の割には、邪魔そうな眼で太公望が天化の方をにらんでいた。
「おぬし何しにきたのだ?」
「ああ、王サマが今晩クリスマスパーティーやるから楊ぜんさん来るといいさ」
 実はくれぐれも楊ぜんだけつれてくるように、というのが武王陛下のお言葉なのだ。つかいっぱしりのように使われるのは好きじゃないが、勝負で負けてしまったのだから仕方がない。何の勝負なのかといえばじゃんけんである。王サマはいらないことにじゃんけんだけはめっぽう強いのだ。そしてくだらないことでも天化は負けず嫌いなのである。しょっちゅう勝負をしては必ずといっていいほど勝ったためしがない。
「何だ。それではわしが邪魔者みたいではないか」
 王サマにとってはそうみたいさね、と天化は心の中で呟いた。
「師叔。食事が出るのでしたら、僕何かもらってきましょうか?」
「おぬしはここにおれ」
 太公望は腕組みをして言う。しょうがなく楊ぜんは笑った。
「僕たちはまだ仕事が残ってるから。天化君は出席するのかい?」
「俺っちはああいうの苦手さ。ダンスパーティーだって言うし、ちゃらちゃらしたのってなんかあわないさ」
 照れたように天化は笑った。
「踊ってくればいいのに。女の子たち喜ぶよ。天化君もてるんだろう」
「楊ぜんさんにそういうこと言われると照れるさね」
「おぬしもう話は済んだのであろう」
 いらいらしたように太公望が言う。
 天化はちょっときょとんとした後にっと笑って手を振って出て行った。
「じゃ、スースのお世話をヨロシクさ、楊ぜんさん」
「こら、天化!誰が、お世話なのだっ」
 天化を送りに部屋の外まで出ていた楊ぜんは、戻ってきてにっこり笑う。
「師叔。ダンスパーティーだって」
「ふーん」
 これ見よがしに太公望はふくれている。
「師叔?」
「誤解なのか?」
「え?」
「おぬしがわしのこと好きなのはわしの誤解なのか?」
 楊ぜんは真っ赤になりながらも慌てて言う。
「違いますよ。あれは。だって。天化君イキナリドア開けるから」
「だからって変に言い訳することなかろう」
「じゃあ、今まさにキスしようとしていたところですって言うんですか?」
「言えばよかろう」
 あっさりと太公望は言う。
 楊ぜんは真っ赤になって黙ってしまった。
「隠すことないではないか。わしらは別に悪いことしているわけでもないし」
「そぉですけどぉ」
 でも、普通隠すことじゃないだろうかとお堅い楊ぜんさんは思うわけだ。
 太公望はぐいっと楊ぜんに顔を近づけた。
「そうだ楊ぜん。プレゼントが欲しい」
「何ですか」
「おぬしとの熱い一夜」
「な……」
 楊ぜんは眼を大きく開けてぽかんとした。ついでかっと赤くなる。
 そこで太公望は意地悪そうに笑った。
「ほぉぅ。何を期待しておるのかのぉ。わしはただおぬしと二人っきりで夜の散歩を楽しみたいとおもっとるだけだがのぉ」
「な……」
 さらに赤くなった楊ぜんはくやしそうに太公望を睨みつける。
「期待なんかしてません」
「ほぉう」
「もぉっ。哮天犬。その人食べちゃって!」
 ますます太公望がにたにた笑うものだから、楊ぜんは哮天犬をけしかける。頭のいい犬は困ったようにきゅーんっ。とないた。
「いい子だのぉ哮天犬は」
 太公望は哮天犬の毛並みをごしごし撫でた。
「どうせ僕は素直じゃないですよ」
 すねた楊ぜんに太公望はくすっと笑って、哮天犬にしたみたいに楊ぜんの頭をごしごし撫でる。だから楊ぜんの髪の毛はぐちゃぐちゃになってしまった。
「もぉ。何するんですか、師叔」
「クリスマスプレゼント、くれるのであろうな?」
「一緒に散歩すればいいんでしょう」
「もみの木の下でキスするのだ」
「あんなのデマですよ」
「かまわぬよ」
 楊ぜんはちょっと口篭もる。
「……。それに、きっとたくさん人がいて……ああっ!師叔。それがねらいですねっ!」
 太公望は楽しそうに笑う。
「別にわしは一言も、人がたくさん集まってるであろうクリスマスツリーの下でおぬしとこれ見よがしにキスして見せびらかしてやりたいだなんて、一言もいっておらぬがのぉ」
 楊ぜんはまたもや素直に赤くなったのだが、何か言うとまた太公望を喜ばせそうな気がして黙っていた。
 哮天犬の毛並みを優しく整えながら楊ぜんは言う。
「ねぇ、師叔。僕にもやっぱり、プレゼントいただけますか?」
「ん?何が欲しいのだ」
 言いながらも太公望はお財布の中身をあれこれ計算し始める。どうしようもなくなったら普賢に借りよう。いや、しかしあやつに金を借りると証文でも欠かされそうな気がするのぉ。ここは一つ、太乙でも騙して……いやいや、天化のほうが良いかのぉ。しかし、あやつ金もってなさそうだのぉ。
「師叔、僕の話聞いてくれる気あるんですか?」
 ちょっとすねたように楊ぜんは言う。太公望はほんの少し慌てた。
「ああ、すまぬ。で、何が欲しいのだ」
「今から、夜までのあなたの時間を僕にください」
「楊ぜん?」
「だから師叔。仕事、しなくていいですよ」
 楊ぜんはにっこり笑った。
 太公望は薄く微笑む。
「楊ぜん」
「はい?」
「ありがとう」

 

    ☆

 

「あーあ」
 楊ぜんは外に出ると、軽くくしゃみを一つし、それから残念そうに空を見上げた。
「師叔。雨降ってきちゃった」
「楊ぜん。大丈夫か。寒いのなら……」
 帰ろうか、といった台詞をにっこり笑って楊ぜんは奪う。
「寒いのなら師叔が暖めてくださるのでしょう」
 夜中にこっそりと抜け出して、二人は傘一本で大通りを歩く。
「これでは誰も集まらぬのではないか?」
「武王もパーティーを開くそうですしね」
「当てが外れたのぉ」
「僕は嬉しいですよ。師叔と二人きり」
 楊ぜんは普段は滅多に言わないような台詞を言うと、ぎゅうっと太公望に抱きついた。
「わしもおぬしと二人っきりのほうが楽しいかのぉ」
 二人は顔を見合わせてにっこり笑う。しとしと降る雨はひたすら冷たかったけれど、不思議と暖かい気持ちになれた。
 そのまま大通りを歩いていけば、やがて大きな木の影が見え始める。
「師叔。あれでしょうか」
「ほぉ。姫発め、ずいぶん大きいのを植えたのぉ。大変だったのではないか」
「武王はお祭りのためなら労力を惜しみませんからね」
 緑のもみの木には深紅のリボンがかけてあった。蝋燭や天使の飾りに混じって誰かが七夕と勘違いしたのか色とりどりの短冊がゆれている。
 二人は苦笑しながらもそれを眺めた。さすがに雨の中クリスマスツリーを見にこようとしたものはいなかったらしい。いくら武王が布教して回ったとはいえ、所詮異教徒のお祭りという感覚が残っていたのかもしれないし、恋人たちにしてみればパーティーのほうがずっと興味を引くものだったのかもしれない。いくらなんでもこの時代に電飾で飾ったクリスマスツリーと言うのはちょっと無理があったから。夜になってしまうとクリスマスツリーも良く見えなかった。
 太公望と楊ぜんは手をつないでクリスマスツリーを眺めていた。そこにごぉんっ。と音がする。
「何なのだ一体?」
 楊ぜんがくすくすと笑った。
「武王が日付が変わったら銅鑼を鳴らすって言ってました」
 太公望はあきれてはぁっとため息をつく。
「はた迷惑だのぉ。寝てるものもおるだろうに。雰囲気ぶち壊しではないか」
 楊ぜんもくすっと笑った。それからふと気づいて天に手をかざす。
「師叔。雪……」
 明日の朝はきっとホワイトクリスマス。
「楊ぜん。それより、プレゼント」
「あ……師叔……」
 重なり合った二つの影に、いつのまにか雨に変わって雪がちらほらと降り始める。はるか遠くで、かすかにワルツの音楽が響き始めた。武王の舞踏会が始まったのだろう。もっともその音が抱きあった二人の耳元まで届いていたかは定かではなかったけれど。
 二人の上に雪が降る。冷たく暖かい雪が降る。

 

 ああ、この日、この瞬間、あなたとともに生きられる喜びを、神に感謝します。

end.

novel.