SnowWhite



後編

 

 森の小さなお家の中で楊ぜんは小人たちと暮らし始めました。小人たちが森に仕事に言っている合間に楊ぜんは一生懸命家事をします。だけど、楊ぜんはお姫様でしたから家事なんてやったことがないのです。
 洗濯をしようとして川の中に落っこち、火をおこそうとして貧血を起こしました。びしょぬれでくらくらしながらも楊ぜんはがんばります。
 そこに誰かがドアを叩きました。
「はぁい」
 と可愛らしく返事をして楊ぜんはあっさりドアを開きます。
 ドアの外にいた相手はこの時代には珍しい髪の短い美女でした。びしょぬれの楊ぜんに一瞬ひいたようでしたが気を取り直して彼女は言います。
「私、アクセサリー類の行商をしています王貴人と申します。美しいお姫様、ぜひ一つお買い求めになりませんか?」
「そうなんですか」
 育ちが良くて人を疑うということのできない楊ぜんは、行商がこんな森の奥までやってくる不自然さがわかりませんでした。
「ええ、この櫛なんかどうかしら。お似合いになると思いますけれど」
 そういって王貴人は一つの髪飾りを差し出しました。細かい銀細工で真珠の飾りがついています。
「わぁ。綺麗。でも駄目です。僕、お金持ってませんから」
 楊ぜんは断ろうとしました。
「お金なんか要らないわ。綺麗なお姫様ですものタダで差し上げます。きっと似合うわ。私がさして上げましょう」
 そういうと王貴人は楊ぜんの髪に髪飾りを刺しました。楊ぜんは、戸惑いながらも、王貴人に髪飾りをさしてもらいます。青い髪に白い真珠はあつらえたかのように綺麗に映えました。
 そのとたん。ばたんと楊ぜんは倒れてしまいます。実は櫛の先に恐ろしい魔法の毒が塗ってあったのです。
「莫迦な子……」
 くすっと王貴人は笑いました。実は妲己の変装なのでした。

 

 小人たちは帰ってきてドアのところで倒れている楊ぜんを見つけました。慌てて抱き起こしても楊ぜんには反応がなく、支えを失った頭がぐらぐらゆれました。
「うわぁ。どうしましょう。楊ぜんさんが死んじゃいました」
 武吉がおろおろと泣き声を上げました。
「きっと妲己とか言う王妃の仕業さ」
 ぐいっと手を握り締めて天化が言いました。
「ねぇ、こんな髪飾り、楊ぜんは持ってたっけ?」
 普賢真人が気づきました。
「持ってなかったわよ。まさか、それのせいなの?」
「取ってしまおうよ。まだ間に合うかもよ」
 小人たちは楊ぜんの髪から髪飾りを抜き取りました。
 すると。
 楊ぜんはゆっくりと目を開けたのでした。
「良かったさ、楊ぜんさんっ」
 勢いあまって天化はぎゅうっと楊ぜんを抱きしめました。
「え……、ちょっと。天化君」
 楊ぜんはあせります。
「若いねぇ〜」
 太乙真人が冷やかしました。
「こらっ。天化!楊ぜんから離れろっ」
 姫発が怒鳴りました。
 楊ぜんが生き返ったので、小人たちはほっとしました。
 そして、小人たちは世間知らずなお姫様に、知らない人から物をもらっちゃいけないだとか、留守番をしているときにお客がきても家に上げちゃいけないとか、知らないおじさんがあめをくれるといってもついてっちゃいけないとか、ほとんど五歳の子供に言って聞かせるようなお説教を始めたのでした。
 小人たちの看病のおかげで楊ぜんはちょっとずつ元気になりました。普賢真人にお掃除の仕方を教えてもらい、武吉君にご飯の炊き方を教えてもらいました。
「ちょっと楊ぜん、ハタキをそんな風にかけたら、自分がほこりをかぶっちゃうよ」
「うわぁっ。楊ぜんさん、お米を洗剤で洗っちゃ駄目ですよ」
 それでも楊ぜんは少しずつ少しずつ家事が上手くなりました。
 小人たちは楊ぜんのためにベッドと椅子を作ってあげました。
 眠るときは誰が楊ぜんの隣で眠るかで、ちょっとした喧嘩になりました。小人たちは楊ぜんが大好きでした。楊ぜんも小人たちが大好きでした。

 

    ☆

 

 その頃お城では……
 パリンと音を立てて妲己が王天ちゃんをもう一枚割ったところでした。
「意外としぶといのねん。あの子」
 最後の一枚の王天ちゃんは小人たちの間で幸せそうに眠っている楊ぜんを映しています。隣に眠ってた小人がそおっと楊ぜんに近づいて、キスしようとしたところを、別の小人にバシンとたたかれました。
『ってーな。何するんだよ、普賢』
『韋護、退場。外で寝てね』
『そんなぁ〜』
『普賢様ぁ。どうしたんですか』
『なんでもないよ、楊ぜん。おっきなゴキブリが出ただけだから』
『嫌ぁ、ゴキブリ〜』
『もう退治したから、大丈夫だよ』
 妲己は莫迦らしくなって、最後の残りの王天ちゃんをついうっかり割ってしまいました。王天ちゃんの破片はパリンと割れてどこかにとんでいってしまいました。
「とにかく、あの小人たちが邪魔なのよねん」
 妲己は考えます。
 そして、妲己は毒りんごを作ることにしました。片側にだけ毒の入った不思議なりんごです。これならば一度食べてしまったら、小人たちがどんなにがんばったところで毒を消すことはできないでしょう。
 妲己は夜のお城の地下室で不思議なのろいの言葉を唱えながら、毒りんごを作ります。

 

    ☆

 

 さて、そのちょうど翌日。
 楊ぜんは毎朝早起きをして、小人たちにお弁当を作って上げます。それから、朝食を用意して、小人たちを起こします。楊ぜんはなんだか、お母さんみたいです。
「あれ、どうして韋護君外で寝てるの?」
「外で寝るのが趣味なんだよ」
 韋護より先に普賢真人がこたえました。
「ふーん」
 黄身の流れちゃった目玉焼きを小人たちはおいしいよ、といって食べました。楊ぜんは嬉しくって、もっと卵を焼こうとしてとめられました。
「そんなに食べられないよ。楊ぜん」
 テーブルの上には、卵焼きと目玉焼きとゆで卵と半分炭と化した何かのお魚が乗っていました。武吉君じこみのご飯だけがほんわかとおいしそうに湯気を立てています。
 それから楊ぜんは小人たちを仕事に送り出します。
「いってらっしゃい」
 楊ぜんが手を振ると。
「おう。行ってくるぜっ」
 姫発が手を振りました。
「楊ぜん、知らない人を家に入れちゃ駄目だからね」
 振り返って蝉玉が注意しました。
 小人たちが働いている間に、楊ぜんはお掃除と洗濯を片付けます。ホウキを使っていると、誰かがドアをノックしました。楊ぜんは困ってしまいます。しばらく、楊ぜんはノックがやむまでじっと待っていたのですが、一向にノックはやむ気配がしません。
「ごめんなさい。お客さんは中に入れちゃいけないって小人さんたちに言われてるんです」
 しょうがなくて楊ぜんは言いました。
「そんなの関係ないりっ。ドアを開けちゃいけないとはいわれてないよっ」
 可愛らしい女の子の声です。それで楊ぜんは油断してしまいました。
「そうだね。確かにドアを開けちゃいけないなんて言われてないし……」
 そして楊ぜんはドアを開けてしまったのです。ドアの外にいたのはロリロリの美少女でしたが、勿論、これも妲己の変装なのでした。
「楊ぜん、綺麗だねっ。喜媚は楊ぜんちゃんにりんごを上げに来たよっ」
 そういって喜媚はおいしそうなりんごを差し出します。
「ごめん、知らない人から物をもらっちゃいけないって言われてるんだ」
 すると、喜媚はすっと手を伸ばして楊ぜんの手をとり握手しました。
「はい。これで喜媚と楊ぜんちゃんは友達りっ。知らない人じゃないよっ」
 楊ぜんは困ります。なんだかとっても強引な気がする。
 すると喜媚はにっこり笑いました。
「友達だから半分こするのらっ」
 そして、りんごの片側をおいしそうに食べてしまいました。
「はい」
 喜媚は半分残ったりんごを楊ぜんに差し出します。そういえば楊ぜんはおなかがすいてきました。それに、喜媚が半分食べて大丈夫なのだからきっと残りの半分だって大丈夫……
 そして楊ぜんは喜媚の残した毒のついた側のりんごを食べてしまったのでした。

 

 仕事から帰ってきた小人たちは倒れている楊ぜんを見つけます。
「ああっ。また」
 小人たちはびっくりして、楊ぜん身体を調べました。また、この間のように毒のついたものを取り去ってしまえば楊ぜんが生き返ると思ったのです。
 しかし。
 いくら探しても、櫛のようなものも、毒のついていそうなものも見つかりません。そして、小人たちはとうとう食べかけのりんごを見つけたのでした。
「ひょっとして、これが毒なんじゃないのかな」
 みんなの不安を代表して太乙真人が言いました。毒がからだの中に入ってしまえば、もう、楊ぜんを助ける術はありません。
「うわぁっ、楊ぜんさんが死んじゃった……」
 純粋な武吉君が泣き出しました。
「畜生っ!」
 天化が怒鳴りました。
 小人たちはみんな泣きました。もう楊ぜんは生き返らないし、にっこり笑いかけてくれることもないのですから。
「お葬式をしてあげよう」
 太乙真人が言いました。
「やだよ、楊ぜんを暗い土の中に埋めるのなんて絶対にやだ。かわいそうだよ」
 普賢真人が反対しました。楊ぜんはまだあたたかいのです。眠ってるみたいにやわらかいのです。
「でもこのままじゃ、楊ぜんは安心して眠れないわ」
 蝉玉は、そっと普賢真人の肩を抱きました。
「ガラスの棺を作ってやろう。それなら、いつだって楊ぜんにあえるだろう」
 姫発が言いました。
「花を入れてやろう。楊ぜんは白い花が好きだから」
 韋護が言いました。
 小人たちはガラスの棺に白い花を一杯敷き詰めて、そこに楊ぜんを寝かせました。一人一人お別れの言葉を言って、楊ぜんにキスしました。
 棺の中の楊ぜんは綺麗でした。眠っているみたいでした。死んでいるなんてとても思えませんでした。
 そして、小人たちが嘆き悲しんでいるところに旅の王子様が現れたのです。

 

 さて、ここで話をちょっと前後させます。
 この旅の王子様は太公望という名前でした。彼はちょっと変わった人で、親から勧められる政略結婚に嫌気が差し、自分で結婚相手を見つけるために旅をしていたのです。その途中で太公望はきらりと光る何かを拾いました。それは鏡の破片だったのですが、どういうわけか太公望を映さず、質素な小人の家で暮らす、一人の可憐なお姫様を映していました。実はこの破片こそが王天ちゃんのなれのはてだったのです。割れた王天ちゃんはずっと、眠っている楊ぜんを映したままで、止まってしまったのでした。
 そして、太公望は鏡に映された楊ぜんに一目ぼれしてしまったのです。
「見てみよ、四不象。綺麗だのぉ、可愛いのぉ、嫁にするならこの子が良いのぉ」
 四不象とは王子様の白馬の名前です。太りすぎがたまに傷でただいまダイエット中なのです。
「確かに綺麗っスよ、ご主人。でも、こんなどこにいるのかもわからない女の子捜すなんてとても無理っス。あきらめて、お城に帰るっス」
「嫌だ。わしは楊ぜんを探す」
「だめっス。帰るっス。ビーナスさんだっていい人っすよ。女の子は顔じゃないっス」
 ちなみにビーナスとは太公望の許婚です。とても気立ての良い……一応個性派の美人といっておきましょうか……。
 太公望はぶるぶる首を振りました。
「何を言うか四不象。おぬし、人事だと思って……。嫌だ。わしは楊ぜんがいい。きっとわしらは前世からの許婚なのだっ。この可愛い顔を見てるだけで心が安らぐのぉ。これはもう結婚しかないであろう」
 太公望は一人決め付けました。
「そんなこといって、楊ぜんさんがご主人を気に入ってくれるかなんて全然わからないっスよ。きっともう、彼氏がいるっス。ひょっとしたら子供だっているかも知れないっス」
「だあああっ。黙れ四不象!おぬしはとにかく楊ぜんを探すのだっ」
 そんなわけで、太公望は楊ぜんをずっと探していたのです。
 そして。ついにやっと見つけたわけなのですが……

  

「まさか……そんな……では楊ぜんは死んでしまったのか……」
 呆然として太公望は呟きます。頭を抱えてしまいたくなるほどのショックでした。楊ぜんの美しい顔はすぐ近くにありますが、その瞳はもう永遠に開かれることはないのです。
「ご主人……」
 いつもは口うるさい四不象も今日ばかりは太公望を気遣います。
「あんた、だれさ」
 楊ぜんを囲んでいた小人の一人が太公望に気が付きました。
「わしは崑崙の王子で太公望という。頼む。楊ぜんを城に連れて行きたい」
「何言うっスか。楊ぜんさんはもう生きてないっスよ」
 爆弾発言に四不象は慌てます。
「それでもかまわぬ。わしはどうしても楊ぜんがほしいのだ」
 小人たちは戸惑いました。
「駄目よ。崑崙なんて遠いじゃない」
「そうだよ。だいたいあいつ、王子様になんか見えないじゃん」
 雲行きは怪しそうです。
「しかし、楊ぜんは何かしら高貴な感じがする。もしやどこかの姫なのではあるまいか」
 太公望は見抜きました。
「そうだけど……でも、また意地悪されたらかわいそうだよ。楊ぜんはお妃様に殺されそうになったんだ」
「わしが、楊ぜんを守る。それに、楊ぜんだって城にいたほうが良いのではないか」
「楊ぜんさんは森が好きだって言ってたさ」
「わしの城にも森はあるよ」
「でも僕、楊ぜんさんと離れるの、嫌です」
「ならば、わしとともにくればよかろう」
 小人たちは顔を見合わせます。話は決まりました。小人たちも結局お姫様なのに城を追われ、森で暮らす楊ぜんをかわいそうに思っていたのです。王子様が連れて行ってくれるのならばそれが一番いいのかもしれない。小人たちはそう考えたのでした。
 棺を運ぶのに小人たちは一生懸命棺を持ち上げます。だけれど背のない小人たちにはなかなか大変な作業で、棺は大きくぐらりとゆれました。そしてその反動で、楊ぜんの咽喉に引っかかっていたりんごのかけらがぽろっと取れたのでした。
 妲己の毒が消えたのです。
 楊ぜんは目を開けます。そしてその瞳はぴったりと王子様の青色の瞳を見つめました。なんて綺麗な色なんだろう。楊ぜんは思いました。なんて綺麗な人なんだろう。太公望は改めて思いました。
 太公望は棺から楊ぜんを抱き上げました。
「楊ぜん。共にわしの城においで」
 太公望は言いました。父である通天教主以外にそんなことをされたことのない楊ぜんはそれだけでぽぉっとなってしまいます。潤んだ楊ぜんの目には太公望はそれはそれは凛々しくかっこよく見えたのでした。
 だけれど。楊ぜんはちょっと顔をそむけました。
「駄目なんです」
 楊ぜんには重大な秘密があったのでした。楊ぜんは太公望のプロポーズを受けたくてもそうすることができないのです。だって、太公望は王子様なのですから。
「へ?」
「僕、本当は女の子じゃないから。王子様の子供を産んで差し上げることができないんです」
 楊ぜんはしくしく泣き出しました。
 太公望はきょとんとしました。四不象は頭を抱えました。
「ご主人。問題外っス。若気の至りとあきらめて今度こそお城に帰るっス」
「ま……待て、四不象。おぬしホントに……」
 ふにっ。
 きゃっ。と叫んで、楊ぜんは胸を抑えました。
「なぁんだ。ちゃんと胸もあるではないか、脅かしおって」
「ご主人……昼間っから破廉恥にもほどがあるっス……」
「どうして……」
 一人胸を抑えてちょっと警戒気味に太公望を見やりながら、楊ぜんは困惑しています。確かに、きのうまで楊ぜんの胸はぺったんこだったはずなのですから。
「きっとりんごの毒の副作用だよ」
 太乙真人が言いました。
「魔女の毒は副作用も強いって言うからね。楊ぜんを女の子にするくらいきっと簡単だよ」
 太公望は喜びます。
「ならば、良いであろう。楊ぜん」
 楊ぜんは顔を真っ赤にして、はい。と小さく頷きました。太公望は楊ぜんにキスしました。小人たちは喜んだり、くやしがったりで大騒ぎです。
 そして、王子様とお姫様は幸せに暮らしたのです。妲己はもう王天ちゃんがいませんから楊ぜんの生死を確かめることはできませんでしたし、何より、崑崙は楊ぜんの母国よりもずっと遠いところにあるのですから。
 そして、ビーナスが家出したり、趙公明が太公望に楊ぜんをかけて華麗なる決闘を申し込んだりと、事件はいろいろとあったのですが。いつだって二人は幸せなのでした。

end.

novel.