tea for you



 穏やかな昼下がり。ほんわりと温かい日差しが辺りを包み込むようなそんな午後。廊下を疾走する影が一つ。
 それはパタパタと足音を立て、これ以上ないくらいの平和で美しい午後を完全に踏みにじっていった。
「なあに?あれ」
 思わず出てきてしまったあくびを抑えながら蝉玉は僅かに眉をしかめた。
「何って、太公望だろ」
 仕事をサボって、暇を楽しんでる武王がつまらなそうに言う。
「それ位わかってるわよ」
 そんな台詞にこくんと頷いて、護衛だから仕方なく武王について回ってるものの、端から見たら一緒に遊んでるとしか思えない天化がつぶやいた。
「本気で走ってるスースなんてはじめて見たさ……」
 そう、今日は一大事だったのだ。少なくとも太公望にとっては。


 

    ☆


 

 太公望がやっとのことでその部屋にたどり着いたときには、事態はすでに遅かった。と、いっても何があったわけでもない。そこには穏やかなティータイムが繰り広げられていただけだ。
 いきなりノックなしで開けられた扉に、楊ぜんと普賢真人の二人は驚いて振り向く。振り向いたタイミングは面白いことに全く同じだった。
「望ちゃん!」
「師叔?」
 はいってきたのと全く同じ勢いで、太公望は、いつのまにかテーブルクロスのひいてある本来は机だったものに手をついて、普賢真人にくってかかった。
「どぉーしておぬしがここにおるのだ」
 その様子に全く動じることなく普賢真人は笑顔でこたえる。
「だって、全然こっちに呼んでくれないから」
 はい、とティーカップを差し出す。思わず受け取ってしまった太公望は勢いをそがれて、とりあえず空いてる椅子に腰をおろした。
「連絡ぐらいしてから来てはどうだ?」
 太公望はご機嫌斜めだ。
「したら、やめろっていうんじゃない?」
 それはそのとおりだったので太公望はむぅ、とうなる。
「おぬしわしが何でここにおるのかわかってるのか?」
「んーと。ももを盗むため」
 太公望はじろぉっと楊ぜんを睨んだ。
「僕は別に師叔がいっつもももを盗んで周公旦君に怒られてるなんて一言も言ってませんよ」
 慌てて楊ぜんがいう。
「望ちゃんの行動パターンなんて大体わかってるんだよ」
 墓穴を掘ったね。と普賢真人は笑った。それから楊ぜんに向かって話しはじめる。
「修行中もね、ももを盗んだのが元始天尊様にばれて……うぐっ」
 最後の妙な音は太公望が無理やり手で口をふさいだ音。
「うぐっ……ぐぐぐ……ぐ……」
 最初は眼を真ん丸くしていた楊ぜんはちょっと慌てる。
「師叔。ね、苦しそうですよ」
「あ」
 ようやく開放された普賢真人は、はあぁっとため息をつくと涙目になって太公望を睨んだ。
「痛いよ、望ちゃん。何するの」
「おぬしが余計なことを言うからであろうが」
「余計なこと?楊ぜんは聞きたいよね」
「そんな話、聞く必要はないっ」
 にっこり微笑んでる普賢真人と、どうやら怒ってるらしい太公望を見比べて楊ぜんは小さく頷いた。
「ほらぁ」
 ほんの少し勝ち誇ったように普賢真人は笑う。じゃれるようにギュウっと楊ぜんを抱きしめたので、楊ぜんは真っ赤になる。
 あ、あ、あ。だからこやつには降りてきて欲しくなかったというのに。楊ぜんも楊ぜんだ。どうしてそこで赤くなる!
「何怒ってるの?僕が楊ぜんとおしゃべりするのって気に入らない?」
 くすくすくす。それだけなら天使のような微笑で。だけどこれは誘導尋問。引っかかってなんかやらない。
「別におぬしらが仲良くするのはかまわぬが……」
 そこで自分の、しかもハズカシイ話が出てくるのはゴメンだ。
「ふうん」
 ほんの少しつまらなそうに普賢真人は言う。
「別に望ちゃんの失敗談をねたにしてたわけじゃないよ」
「ホントに……?」
 疑い深い……というより十中八九嘘だろうと思ってるような眼で太公望はいう。
「うん」
 普賢真人はにっこり笑った。
「大丈夫。初恋の相手が竜吉公主だったことも、間違って玉鼎に告白しちゃったことも言ってない」
 見事に凍りついた太公望と楊ぜん。ほんの一瞬アクマの尻尾が見えた気がした。
「……師叔。うちの師匠に気があったんですか……?」
 神妙な顔でとぼけたことを言う楊ぜんに、普賢真人はけたけた笑う。そんな幼馴染の様子を太公望はじろおっと睨んだ。おなかを抑えてひくひくしているけど助けてやろうとは思わなかった。
「そーではない。だから、ほら、なんつーか、二人とも髪が長いしその……」
「だ……だからって、普通、間違えないよね」
 ひくひくしながらも、普賢真人は遠慮なくそれだけ言う。
「だって、あの時は緊張しておったから、その……だあぁっ。もおよいっ。とにかくこの話は忘れろ!」
 ぐしゃぐしゃ、頭をかきむしって太公望は叫んだ。
「普賢!おぬしはわしに会いに来たのであったな」
「え……?うん。そうだけど……」
 とにかくこの場は楊ぜんと普賢を離さなくては。何を言われるか、わかったもんじゃない。
「ならばわしと一緒に来い。西岐を案内してやろう」
「えーっ。いいよぉ。僕もう少し楊ぜんとおしゃべりする」
「だっておぬしはわしに会いに来たのであろう?」
「そうなんだけどぉ……」
 ほんの少し考えて普賢真人は言う。
「わかった。じゃ、案内して」
 普賢真人は立ち上がる。お客様が立ったので楊ぜんも当然立ち上がって。
「楊ぜん、またね」
 遅れて部屋の外までついてきた楊ぜんにチュッと軽く音を立ててキスをした。よおく、聞こえるように。
「ああーっ!」
 ひっくり返った悲鳴に思わずにんまりしてしまう。
「おぬしわしの楊ぜんに何をするかっ!」
 くすくすくす。笑みがこぼれる。
「やっといったぁ。ね、楊ぜん。聞いたでしょ。今、わしの楊ぜんっていった!」
 嬉しそうに言い放つ普賢真人の言葉にどうやら自分は思いっきり誘導されたらしいと気がついたものの、もう太公望に打つ手はなかった。しょうがないから、ぐいぐい普賢真人を引っ張って歩く。一秒だってこんな恥ずかしい空気、絶えられそうもない。



 

 あとには一人、真っ赤になった楊ぜんがとり残された。
 お部屋の中にはまだ湯気の立つティーポット。甘い香りのローズティーは普賢真人、ご持参のもの。
 あのどうしようもなく甘い幼馴染という輪の中に、自分もいつかはいれる日が来るのだろうか……?

end.

novel.