ウソツキな日。
「楊ぜん、お前何太公望に送るか決めたか?」
後ろからそんな声をかけられて楊ぜんは振り向く。
「なんですか?」
振り返った先にいたのはにやけた顔した姫発だった。護衛の天化が怪訝そうな顔で後ろに控えている。
「だからさぁ。今日は太公望の誕生日だろ、お前なんか送んないの?」
楊ぜんはちょっときょとんとした。
「そうなんですか」
「あれっ、お前知らないの?そっか、あいつ恥ずかしかったから教えなかったのかもな」
楊ぜんはちょっと複雑な顔をする。太公望の誕生日を自分だけが教えてもらってなかったっていうのは、あんまり面白い話じゃない。そりゃ、楊ぜんだって聞こうとしたことはなかったけれど。でも、あんまり長く生きてると、誕生日だってどうでも良くなってしまうものなのだ。
師匠はバースディ・パーティーなんてやるような人じゃなかったし……。
そういえば昔、玉鼎真人に師匠の誕生日はいつですか、と問い詰めたことがあったけれど、解ったのは師匠が自分の誕生日も忘れてしまうくらい長生きだってことだけだった。
だから楊ぜんには誕生日を祝う習慣がない。昔、師匠が今日はお前がこの洞府にあずけられた日だよって、二人だけで小さなパーティーをしたこともあったけれど、それもいつのまにかなくなってしまった。
だけど、師叔の誕生日となれば話は別である。
「武王たちは何か送るんですか?」
「んー。ま、俺たちはそれなりに」
「パーティーとか開いたりするんですか?」
「いや、あいつはそーゆーの好きじゃないかなと思ってさ。お前と二人っきりですごしたほうがいいだろ」
聞いたとたん楊ぜんは赤くなる。
「やっ、やだ。どうして、僕と師叔が二人っきりだなんて……」
慌てふためく楊ぜんに、そっか、こいつも隠してるつもりだったのか、と姫発は思った。以前、太公望でも同じ反応が見られたからである。ある意味、お似合いなのかもしれない。
「ま、とにかくそーいうコトだから」
「あ、はい。解りました」
赤い顔していそいそと楊ぜんは出て行った。
「何だよ、あれ。カワイイじゃん」
にまにまして姫発は天化のほうを振り返る。
「ちょっと妬けるよな」
「それより王サマ、あーた、良くスースの誕生日なんか知ってたさね」
不思議そうに尋ねる天化に姫発はにんまり笑った。
「いや。しらねーよ」
「でも、今日が誕生日だって……」
「あれ?嘘。だってホラ、今日って四月一日、エイプリルフールだろーが。罪のない可愛い嘘ってやつだよっ」
「罪のない」という台詞に天化は思いっきり首をひねった。
「でも楊ぜんさんたぶん信じてたさ」
「そーなんだよな。楊ぜんなら太公望の誕生日くらい知ってると思ってたんだけどなーっ。やばかったかな」
「きっとあとで引っかかれるさ」
自分は関係ないとばかりに天化はタバコの煙をくゆらせる。
「なんだよ。脇で見てて止めなかったんだからお前も同罪だろう」
「何でそうなるさ?」
「と、とにかく、楊ぜんのあとつけよーぜっ。どーなるか見届けよう」
「嫌さっ。何で俺っちが、そんなストーカーみたいなことしなきゃなんねーさ」
「莫迦。大声出したら気づかれるだろーが」
そして姫発は半ば強引に天化を引っ張って、楊ぜんの後を追った。
☆
こっそり厨房に忍び込んで、ボウルを持って腕まくり。
誕生日のプレゼントに何をあげたらいいのか、あれこれ悩んだ挙句、何かお菓子でも作ってあげることにした。あの人は甘いものが好きだから。
それに形の残るものをあげるのはなんだか恥ずかしい。
ケーキにしようか、タルトでも焼こうか。ちょっと楊ぜんは考える。
「和菓子って言うのもあるよね……」
季節でいうなら桜餅とか。
でもあの人は桃が好きだから。
桃を使って何か作ってあげたい。
「クラフティにしよう。桃のクラフティ」
こんなごくごく簡単なお菓子じゃ、僕が焼くのはちょっともったいないかな。だけど、桃の風味を一番良く引き出してくれるお菓子って、これのほかにはちょっと思い至らない。
髪を束ねて、手を洗う。料理は清潔が第一だから。
あの人は喜んでくれるだろうか。それとも、桃はそのまま食べるのが一番うまいのだとか、屁理屈をいうのだろうか。でも、いったところであの人はきっとおいしそうに食べてくれるだろう。だったらそれでいい。
たまごを割って、お砂糖入れて。コーンスターチに、牛乳と生クリーム。
バニラビーンズがあるといいんだけど……。
ちょっと捜してから楊ぜんは考える。
代わりにブランディーを多めにいれておくことにした。酔っ払ったらそれでいい。いっそ幸せに酔えればいい。
なんだか、自分が小さな女の子になってしまったようで、楊ぜんは軽く笑う。太公望を好きになってからも、自分が女の子だったら良かったなんて思ったこと、一度もないのに。
でも、こういう気分も悪くない。
泡だて器でシャカシャカかき混ぜて。オーブンを暖めておく。
なんて言って渡そうか。誕生日おめでとうございますじゃ、ありきたりすぎるだろうか。でも、じゃあ、なんていう?
考えながら、桃を切る。小切りにした桃に、さっきのソースをかけて。あったまったオーブンにいれて後は待つだけ。
ほぅら、そろそろいいにおいが……
「何をやっているのだ?」
えっ?思わず振り向いて。
振り向いた先にはにっこりした太公望。
「ほぉぅ。うまそうだのぉ」
そのままオーブンまでよっていこうとする太公望を慌てて引き止めた。どうやらお魚さんは、においに釣られてあちらからやってきてしまったようである。
「駄目ですよ、師叔」
なんだか無性に恥ずかしくなって楊ぜんは引き止める力を少し強くする。
「なぁんだ。つれないのぉ。何を焼いておるのだ?」
「なんだっていいでしょう」
答えた台詞も少しつっけんどん。
「わしのためではないのか?」
太公望は上目遣いにじろぉっと楊ぜんを睨む。
そんな風に言われてしまうと、素直にはなれないもので。だけど、太公望のためではないとも言いきれない楊ぜんは、結果的に黙り込む。
「楊ぜんがあんまり嬉しそうな顔をするから、てーっきりわしのためだと思ったのだが……、そうでないとすると、カナシイのぉ」
太公望はさめざめといった。これ見よがしにはぁっとため息をつく。
「別に……あなたのためじゃないとは、言ってませんよ」
小さな声で楊ぜんはいう。
「ホント?」
こくんと楊ぜんは頷く。
「誕生日のプレゼントくらい、あげてもいいかなーって、思っただけです」
「誕生日のプレゼント?」
怪訝そうな顔の太公望。それに楊ぜんは不安になる。
「やっぱりタルトの方が良かったですか?でも、手抜きしようと思ってこれにしたんじゃないんです」
太公望は早口でまくし立てる楊ぜんをなんとか押しとどめる。
「いや、そーではなくて」
「ああっ。じゃ、何か残るものの方が良かったですか?でも、それだと何送っていいのか良くわかんなかったし、それに、なんか、残るものって恥ずかしいじゃないですか。趣味とか合わなかったら迷惑なだけだし、それにね。それに、そういうものって、なんか相手を縛り付けるような気がして、嫌じゃありません?」
「いや……おぬしに縛られるのならそれはそれで……」
「でも、僕が縛り付けて師叔が僕のそばにいてくれるんなら、それって、僕がみじめでしょう?」
「ああ……そういう考え方も……」
「で、だから、あなたの好きな桃で何かおいしいもの作ってあげたいなーって。あっ。でも、桃を料理に使うのは邪道ですか?やっぱりそのまんまの桃のほうが師叔は良かった?」
「と、とにかく落ち着け、楊ぜん!」
半ば押されて太公望は叫んだ。さすがにそれは効果があったようで楊ぜんはぴたっと口を閉じる。それから、恐る恐る、口を開いた。
「……あの、師叔。……ひょっとして、怒ってる……?」
「怒ってはおらぬよ。だが一つ誤解がある」
とりあえずほっとした楊ぜん。
「なぜそう思ったのか知らぬが、わしの誕生日は今日ではないぞ」
きょとんとした楊ぜん。
「え……でも、だって……」
そのとき。
もぞっと何かが、テーブルの下から這い出した。うわぁ、と軽く悲鳴をあげて楊ぜんは太公望にくっつく。
「それはだなっ」
出てきた何かがいった。
「すまなかった、楊ぜん。あれは無邪気で可愛い嘘だったんだ。おいっ、天化。お前も出てきて謝れよ」
と、もう一つ何かが出てくる。
「どーして俺っちがこんなことしなきゃなんねーさ。大体嘘ついたのは王サマだろ」
「……嘘……」
楊ぜんは気の抜けた声を出して太公望にもたれかかった。
「今日は四月一日だろ、エイプリルフールって言って、誰がどんな嘘ついても笑って許してやろうって日なんだ」
「王サマ、それ微妙に違うさ……」
天化の言葉を軽く無視して、姫発はあははははと笑う。
「ほぉぅ、ではおぬしらが楊ぜんを騙したのか」
「やっ、やだなぁ。騙しただなんて人聞きの悪いことはいうなって」
ほんの少し怒りかけてるような、太公望の袖を楊ぜんは軽く引っ張る。耳元で囁いた。
「でも、いいです」
「楊ぜん?」
ほんの少しはにかんだように、楊ぜんは答える。
「あなたのために料理するの、楽しかったから」
ああっ、なんて可愛いことをっ。
ぎゅうっと太公望は楊ぜんを抱き寄せた。
「なぁ」
ちょっとげっそりした感じで姫発がいう。
「なんか思いっきり見せ付けられてねーか?」
「そんなの前からさ」
きっぱり言いきって天化は厨房を出て行く。出て行きざま振り返っていった。
「ところで楊ぜんさん。オーブンのほうは大丈夫さ?」
あっ。と慌てて楊ぜんは駆け出した。
☆
ちょっと焦げたクラフティはそれでも結構おいしかった。
end.
novel.
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