手紙



prologue
 とある名もない兵士の会話part1



「可愛いよなぁ楊ぜん様」
「だよなぁ。こないだ目が合ったぜ、俺」
「バーカ。俺なんか話し掛けてもらったぞ」
「そうそう、コイツ槍を自分の足に落っことしてさ。軽蔑の篭った目で大丈夫ですかとな」
「ちげーよ。あれはいたわりだって」
「違わねーって」
「いいなぁ。楊ぜん様」
「触りたいよなぁ。あの髪」
「っていうか、襲いてーな」
「その前に刻まれるだろ。あの人は容赦ねーぞ、結構」
「だから、何とか仙気封じの術とかさ」
「じゃ、まず仙界に入んねーと」
「入れるかよっ」
「そこ、何、犯罪計画立ててんだよ。知ってるぞ、おまえが楊ぜん様に犯罪じみた手紙贈ってんの」
「犯罪じゃなくて、俺のピュアな思いをだな、こう、つらつらと……」
「嘘つけ」
「嘘じゃねーって。思いは本当」
「じゃ、ますます犯罪じゃん」
「っていうかさぁ。邪魔だよな、軍師様」
「邪魔ってな。あの方は……」
「知ってるよ。いい人だよ。でもな、楊ぜん様攻略には邪魔なんだ」
「そりゃあ……確かにな」
「くっつきすぎって言うか」
「付き合ってるんだろ、やっぱり」
「うわぁ。止めてくれー。俺の恋心を踏みにじるなー!」
「現実を見つめろ。軍師様に勝てるか?おまえ。あの人はあれでも仙界のナントカってじいさんの一番弟子だとさ」
「ううっ」
「泣くなよ」
「でな、俺はせめてもの嫌がらせにな」
「嫌がらせかよ。おまえ友達なくすぞ」
「いいもん」
「うわ。気色悪い言い方するなっ」
「嫌がらせにどうしたんだ」
「ラブレターをしたためた」
「なんだ」
「軍師様に」
「なにっ。おまえ、そうだったのかっ」
「だから、嫌がらせだよ」
「嫌がらせかよ」
「うん。嫌がらせだ」







 いつもより遅く太公望の部屋に入ろうとした楊ぜんはふと足を止めて、下を見た。白い手紙。楊ぜんはそれを取り上げる。ひっくり返して軽く嗤う。
「師叔にラブレターが着てますよ」
「は?」
 一瞬ぽかんとして振り返った太公望はもう寝巻きに着替えていた。寝台の上から楊ぜんを見上げ少しふくれる。
「おぬしにであろう。全く……」
 ぶつぶつと文句をいう。不機嫌そうな太公望に楊ぜんは笑った。
「いちいち不機嫌になるの止めてくださいよ。でもこれ、本当に師叔にですよ。ほら、愛しの軍師様へって」
 楊ぜんはそう言ってしげしげと宛名書きを見つめる。
「女の子みたいですよ。丸文字ですね、これ」
 太公望に手紙を渡しながら、いまどき丸文字使う人なんているんですねと呟いた。
「別に読まぬよ」
 楊ぜんの手前、太公望はそう言って渡された手紙を机に放る。
「駄目ですよ。ちゃんと読んであげなきゃ」
 楊ぜんはふくれて寝台に腰掛けた。
「おぬしは読まずに捨てておるではないか」
「僕の場合は多すぎて読めないんです。誰かのを読んで誰かのを読まないのは不公平でしょう。だからはじめから読まないんです」
 それに、半分は男性からだし……と楊ぜんは小さく付け足した。
「とにかく師叔がラブレターもらえる回数なんてそうそう無いんですからちゃんと読まなきゃ駄目です」
 ごまかすように楊ぜんは決め付けた。
「それなら、おぬしがくれればよいのだ……」
 小声で太公望は言ってみる。とたんに楊ぜんは真っ赤になりもじもじした。
「そんな、今更……」
「ほしいのぉ」
 上目遣いで太公望は楊ぜんを見る。
「のぉ」
「だって、何書いていいか……」
 楊ぜんは困って真っ赤になる。
「愛してると書けばよいのだ」
 なんだか、いじめてるような気分になりながらも太公望はこの状態を楽しんでいる。困っている楊ぜんは可愛くて、太公望はぎゅうっと楊ぜんを抱きしめた。
「書かなくったって、判ってるでしょう」
 楊ぜんは甘えるようにこつんと太公望の肩に額を押し付ける。
「判ってても、欲しいのだ」
「師叔はくれないくせに」
「欲しいのか?」
 楊ぜんの額に自分の額をコツンとぶつけるようにして太公望は聞いた。
 楊ぜんは困って黙って、それから小さな声で呟く。
「……欲しい、です」
 太公望は楊ぜんの髪を指に絡めたり解いたりしながら囁いた。
「なら書くよ。そうしたら、おぬしもわしにくれるな」
 楊ぜんは小さくこくりと頷いた。太公望はその額にちゅっとキスをする。それから頬に口付けようとしたところで、楊ぜんにぐいっと胸を押されて阻まれた。
「師叔駄目ですよ」
 楊ぜんはさっきまでの甘い雰囲気を一切感じさせず、真面目に言い切った。
「何が駄目なのだ?」
 残念そうに太公望は言う。
「あなた、うやむやにしようとしてるでしょう」
「何を?」
「ラブレターです」
「くれるのであろう」
「そうじゃなくてあれ!」
 楊ぜんはそう言って机の上のラブレターを指差す。
「女の子が一生懸命思いを込めて書いたんですよ。その気が無くてもちゃんと読んであげなきゃ駄目です!」
「お、おぬし!」
 突然太公望は涙目で叫んだ。
「わしが恋文を貰っても、嫉妬とかせぬのか!」
「何で嫉妬するんですか」
 楊ぜんはきょとんとした。
「恋文だぞ。恋文!」
 太公望はわめいた。
「誰か一人でもおぬし以外にわしのことを好きだという奴がおるのだぞ!不安になったりはせぬのか」
 楊ぜんはちょっと黙って、それから太公望を睨んだ。
「僕は、師叔が僕のことを、その、あの……愛していてくだされば。他の人がどうしようとかまいません」
 太公望はまじまじと楊ぜんを見つめて、それから少し笑った。
「ありがとう、楊ぜん」
 楊ぜんは赤くなってにっこり笑って、それから手紙を太公望に渡した。
「それにどうせ、僕に勝てるわけありませんから」
 太公望はぱちぱちと瞬きして楊ぜんを見つめた。

 太公望は楊ぜんに渡されたはさみでチョキチョキと封を切り、封を開ける。開いた手紙は上品な薄紫で香が焚き染めてあり、宛名と同じ丸文字が並んでいる。

 ――拝啓
 ――愛しています。

 太公望はちょっと引いた。

 ――ひと目見たその日から、あなたの赤い花びらのやうな唇に接吻し、その白い柔肌に触れ身体の線をこの指先でなぞる日を夢に見――

 太公望は黙って手紙を丸めると、そのままゴミ箱へ――
「ちょっと、やだ。何してるんですか師叔」
 楊ぜんに腕をつかまれて太公望はひぃと奇妙な悲鳴をあげた。
「師叔?」
「よ、楊ぜん。あれは何なのだ」
「ラブレターでしょう」
「あんなのもラブレターか、っていうかあれは女か?」
 わたわたと太公望は楊ぜんにしがみついた。
「へ?」
 楊ぜんはきょとんとし、失礼しますよといって手紙を取り上げた。
「えーと、『貴方のその細くか弱い体をこの胸に抱き、その深奥にひめられたるちひさき薄紅のつぼみを』」
「読み上げるでなーいっ!」
「わぁ。師叔凄いですよ、これ」
「おぬし喜んでおらぬか?」
 明らかに喜んでいるとわかる表情で楊ぜんは言った。
「僕でもこういうのはあまり貰いませんからね」
「た、偶に貰うのか?」
 太公望は焦る。
「えーと、やらせてくれなきゃ輪姦してやるみたいなのなら結構ありますけど……」
 あっけらかんと楊ぜんは言った。
「お、おぬしにそんなこと言う奴がいるのか!わしが斬り捨ててくれるわ!」
「その前に僕が殺りますよ」
 楊ぜんは薄く微笑む。太公望は少し顔を引きつらせた。
「ま、まさかもう……」
「まだ、やってないです」
 楊ぜんは残念そうにため息をつく。
「襲ってきたらいつでも刺身にしてあげるのに」
「そういう時は、わしがやるから、楊ぜんが手を下してはならぬよ」
 太公望はとりあえずそう言った。それから少し考えて付け加える。
「おぬしの綺麗な手がそんなやからの血で汚れるのは嫌だからのぉ」
 楊ぜんは、やんっと太公望に抱きついた。
「とにかくあの手紙は、御払いして、刻んで、火で燃やして灰を川に流してしまおう」
「そこまでしますか?」
「気味が悪いではないか」
「そうですか?まだマシなほうですよ」
 太公望は何か言いかけて、結局言わないことにして黙った。聞かないほうがいいような気がしたからだ。
 代わりに太公望はぎゅっと楊ぜんに抱きつく。
「とにかく一緒に寝るのだ」
 チュッとキスして二人は横になった。





 翌日。
「旦、頼む助けてくれ」
 太公望と楊ぜんはひたすらくっついていた。
 姫発に泣きつかれた周公旦はちらりと二人を見る。太公望と楊ぜんは一つの机に椅子を二つ並べてお互いが邪魔になるんじゃないかってほどぎゅうっとよりそっていた。
「助けろといわれましても……」
 周公旦としては真面目に仕事をしてる、ましてや楊ぜんにハリセンを振り下ろすわけにも行かない。
「小兄様が気が散るそうですのでお二人とももう少しお離れになって……」
 仕方なく周公旦はそういった。
「しかし、旦よ。怖い人がわしを狙っておるのだ」
 太公望は目をうるうるさせた。
「僕も狙われてるらしいです」
 太公望に倣って楊ぜんも目をうるうるさせた。
「おお、可哀想にのぉ楊ぜん。ではわしが守ってやらねばのぉ」
「じゃあ、師叔のことは僕が守って差し上げますね」
 そしてぎゅうっ。
 とたん我慢の限界に着たのか姫発が叫ぶ。
「お、おめーら。自分で自分の身ぐらい守れるだろっ!第一執務室で誰が襲ってくるかよっ」
 太公望はびしっと姫発を指差した。
「おぬし」
「楊ぜんはともかくおまえは襲うかっ」
 姫発はわめく。
「師叔。僕襲われるみたいです」
 楊ぜんはぎうと太公望に抱きついた。
「大丈夫だよ、楊ぜん。わしが手を握っていてやるからのぉ」
 ぎゅっと太公望は楊ぜんの手を握る。
「師叔が左利きで僕が右利きですから手をつないだままでも仕事に支障はありませんね」
 楊ぜんは嬉しそうに微笑んだ。それからちゅっとほっぺたにキス。
「うわあああっ」
 ついに切れた姫発は頭をかきむしって木簡を放り投げると、執務室から逃げ去った。
「あ、オウサマ待つさ」
 慌てて天化が後を追う。
 はぁと周公旦はため息をついた。
「何だ旦。おぬしは追わぬのか?」
 不信そうに太公望は尋ねる。
「今回ばかりは小兄様が哀れですからね。私も自室に下がってもよろしいでしょうか」
「お、おぬし。熱があるのではないか?」
「そうかもしれませんね」
 投げやりに言って周公旦は去っていった。
 きょとんとして太公望は楊ぜんを見る。それからにまぁっと笑った。
「よおぜーん。これでうるさいのがいなくなったから二人で思う存分いちゃつけるのぉ」
 ちゅっと楊ぜんの頬にキス。
「やあん。師叔、仕事しなくちゃ駄目ですよ」
「しかし、昨日は怖い手紙を貰ったからどうもやる気がでぬのだ」
「師叔ったらしょうのない人ですね」
 楊ぜんはそう言って太公望の額に口付けた。
「楊ぜん、もう一回」
「駄目ですよ、もぉ」
 楊ぜんはくすくす笑って相手にしてくれない。ので太公望は自分から無理矢理楊ぜんに口付けた。
「あん。師叔、駄目」
「今日は一日いちゃつくのだ」
 太公望は宣言する。
「あんな手紙をわしに書くからにはそれなりの罰を受けてもらわぬとのぉ」
 にやりと太公望は嗤った。
「師叔?」
「なんでもないよ、楊ぜん」
 そう言って太公望は楊ぜんのわき腹をこちょこちょとくすぐったので身体をひねった楊ぜんは椅子から落っこちてしまった。
「もぉ、師叔の莫迦っ」
「よいではないか〜」
「駄目ですよぉ」
 くすくすと笑い声が執務室から響いた。



epilogue
 とある名もない兵士の会話part2



「あ、そういやさ。おまえがやった嫌がらせ、あれどうなったんだよ結局」
「あれか。あれな……」
「でも今日。ますますくっついてなかったか。視察にも楊ぜん様と一緒に太公望様までくっついてきたし」
「ううっ」
「泣くなよ」
「めげないもん」
「まだ、なんかやんのかよ……」

end.

novel.