文通



大好きな師匠へ
 

お久しぶりです。とはいっても前回手紙を差し上げたのはまだ3日前のことなのですが。お元気ですか、師匠。僕がいなくなって、何か困ったことにはなっていないでしょうか。
 勿論、師匠が僕がいなくなったくらいで、身の回りのことができなくなるとかそんなことは到底ありえませんが、僕がいないのに師匠が普通の当たり前の生活を送っているというのも、それはそれで悲しいのです。
 ああ、こんなことを書いたらなんてわがままな弟子だろうと師匠はお嘆きになるかもしれません。
 ですが僕はずっと師匠の元を離れないで育ちましたから、こんなに長い間師匠と離れているのはまるで体の一部を引き裂かれてしまったようで、酷く心細いのです。
 天才道士として名をはせる僕も、師匠の前ではまだまだ子供なのかもしれません。

 こちらの生活は概ね順風です。僕は集団生活というものにあまり慣れていないので、ときどきストレスを感じてしまうこともありますが、皆、基本的にはいい人たちです。
 ですが、用もないのに必要以上にそばにこられたり、すれ違いざまにお尻をなでられるのは、どうにも困ってしまいます。地上では当たり前の挨拶なのかもしれませんが、僕にはああいうことはどうしてもできません。

 封神計画の遂行者である太公望師叔は非常な怠け者です。ですが、頭のよさは確かなようです。桃を盗みに行く手はずなど、僕にはこの人が天性の泥棒なのではないかとあきれてしまうことがあります。
 陣の立て方も天才的です。とっさの判断力も頼りになる。悔しいけれど、師叔から学ぶことはたくさんあります。
 でも、時々人の顔をぼんやりと見つめていることがあります。
 僕の顔は師叔にとって眠くなるような顔なのでしょうか。ショッキングな発見でした。

 では、師匠。明日があるので、これで失礼します。
 ちゃんと返事をくださいね。

あなたの愛弟子 よーぜんより






親愛なる楊ぜんへ

 手紙をありがとう。確かに受け取った。
 お前が地上に降りて困ったことといえば、朝おまえの可愛い顔が見られないことだろうか。
 地上の生活に追われて、師匠を忘れてしまいはしないかと不安にもなるが、子供はいつかひとり立ちしていくものだ。師匠はいつもおまえの幸せを祈っているよ。

 それはそうと楊ぜん。お尻をなでるのは挨拶ではないので、はっきりと迷惑だといいなさい。だが、人間相手に仙術を使ってはいけないよ。
 太公望から学ぶのはいいが、桃の盗み方などは習わないように。
 太公望にはあまり隙を見せないことだ。
 困ったことがあったら、ちゃんと師匠に言うように。

 では楊ぜん。次の手紙を待っている。

師匠より






心配性の師匠へ

 師匠。手紙を拝読しました。
 僕は正直、あきれ返ってしまいました。師匠はなんて心配性なのだろうって。
 僕が師匠を忘れるようなこと、絶対にありえません。師匠は僕のすべてなのですから。
 それを師匠がわかっていて下さらなかったなんて、僕は悲しくなってしまいました。

 そうそう。お尻をなでるのはセクハラという行為なのだそうです。
 先日、周公旦君が、やはりすれ違いざまに僕のお尻をなでた文官をハリセンでぴしゃりと叩き、セクハラはおやめなさいと怒鳴りました。周公旦君が言うには、それは性的な嫌がらせで、酷くはしたない行為なのだそうですが、文官は男性でしたから、それはちょっと当てはまらないのではないでしょうか。僕がそれを尋ねると周公旦君は、彼は暖色なのですといいました。確かに彼は赤い色の服を着ていましたが、わけがわかりません。
 とにかく、あれが挨拶ではないと知ってほっとしました。
 ですが、いくら相手が失礼なことをしたからといって、勿論、人間相手に仙術など使いません。
 でも、道士相手になら使っても良いですか?

 それから師匠。僕は師叔から良いところは学んでも桃を盗むような悪癖は学びませんのでご心配には及びません。
 ですが師匠、師叔に隙を見せるなとはどうしてでしょうか?
 確かに師叔は寝坊したり、物を散らかしたりといった悪いことはしますが、決して悪い人ではないのです。もしも前回の手紙が師匠に誤解を生んでしまったようなら、それは違いますと僕は言わなければなりません。
 師叔は僕のことも大変気にかけてくださいます。昨日は僕の部屋まで心配して見に来てくださり、何か困ったことはないかとか、欲しいものはないかとか、いろいろ尋ねてくださいました。
 師叔は甘いものとお酒が大好きで、一緒にどうかと誘ってくださったのですが、師匠もご存知のとおり、僕はお酒にはとことん弱いのです。それを話すと師叔は僕のために仙桃を用意すると言ってくださいました。
 このように師叔は非常にいい人です。

 それから師匠。今日は道徳様のお弟子の天化君と一緒に修行をしました。さすがに道徳様の弟子だけあって、大変力強い戦い方をします。センスも良いようなので、このまま修行を積めばひょっとすると道徳様よりも凄い戦士になるかもしれません。
 僕がそういうと天化君ははにかんだように笑いました。
 まるで、弟ができたようです。

 というわけで、道徳様にもよろしくお伝えください。
 では長くなってしまったので、この辺で失礼します。

かわいい楊ぜんより。






私の楊ぜんへ

 手紙を読ませてもらった。
 すまなかった。おまえを悲しませる気は無かった。
 勿論師匠は楊ぜんを信じているよ。

 ダンショクというのは暖色ではなく男色のことだと思われる。お前は知らなくていい言葉だから忘れてしまいなさい。世の中にはそういう変わった人もいるのだ。
 それから、おまえは道士からも、お尻をなでられるようなことをされているのか?
 師匠は一度、下界に降りようかと思っている。このままではおまえが心配だ。

 太公望に隙を見せるなと書いたのは、太公望がお前に下心があるのではないかと思ったからだ。
 いいかい、楊ぜん。あまりに親切すぎる人には気をつけなさい。
 あと、いくら仙桃とはいえ、お前が人前で酒を飲むのは、師匠はあまり感心しないな。
 しかし、おまえはもう大人なのだから師匠があまり口を挟むのも良くはないだろう。
 楊ぜんが決めたことなら、師匠は何も反対しないよ。

 道徳の弟子は良い道士に育ったようだな。
 いつか、四人で食事でもしよう。
 道徳にも伝えておこう。

師匠より






懐かしい師匠へ

 嗚呼、師匠最悪です。
 僕はきっと最低な弟子です。
 どうか、どうか、それでも僕を嫌いにならないでくださいますね?
 約束ですよ、師匠。
 では、心して次の文章をお読みください。

 師匠がせっかくご忠告くださったのに、僕は師叔とお酒を飲んでしまったのです。
 そして、どうやら、酔っ払って眠りこけてしまったようなのです。
 しかも師叔の部屋で!!
 仕方なく、師叔は寝台を僕のために空けてくださり、ご自分は床でお眠りになったとか。
 僕は恥ずかしさといたたまれなさで気が変になりそうです。
 もう、まともに師叔の顔を見て話すこともできません。
 穴があったら入りたいとはまさにこのことです。
 僕は自分で自分が許せないのです。

 師匠。僕は誓います。
 もう、一生お酒は飲みません。

 嗚呼、どうか、不甲斐ない僕をお許しください。
 そしてどうか、どうか。僕を嫌いにならないでください。

失意の楊ぜんより






愛しい楊ぜんへ

 落ち着きなさい。楊ぜん。
 私がおまえを嫌いになることなど、何があってもありえないだろう?
 楊ぜんこそ、師匠を信じなさい。

 ところで、太公望の部屋で眠ってしまったということだが、太公望になにかされたりはしなかったか?
 酒を飲むなとは言わないが、これからは師匠の前でだけにしなさい。約束だよ。

 ところで、楊ぜん。近々そっちに行っても良いだろうか。
 しかし、私が行ったのではあまりに過保護すぎるといわれてしまうだろうか。
 お前の立場が悪くなるようなことだけはしたくないのだが。

師匠より






大好きな師匠へ

 師匠、先日お送りした手紙を再読して、僕は赤面しそうです。
 なんて支離滅裂な手紙を送ってしまったのでしょう。
 師匠はきっとあきれ果ててしまったのではないでしょうか。
 あんな酷い手紙にお返事をありがとうございます。師匠の優しいお言葉に、僕は力づけられました。

 それから、師匠がこちらにいらっしゃるとのお話ですが、ぜひいらしてください。会っていただきたい人がいるのです。太公望師叔です。
 どうも、師匠は師叔を誤解なさっているようですが、師叔は僕が失礼をしてしまったからといって意地悪をしたり辛く当たったりするような人ではないのです。むしろ、僕が疲れすぎていたのではないかと大変気にしてくださり、その後も何かと僕のことを気にかけてくださいます。
 僕は最近師叔も師匠のような人なのではないかと思うのです。師叔は師匠と違い真面目なことは苦手なようですが、優しいところはどこか師匠に似ています。
 あの人にならば、何でも任せられる。すべてを委ねられる。そんな気がするのです。
 あんな人が師匠以外にもいたなんて。

 だけれど、やはり、あの人は僕にとって師匠とはまた違う存在なのです。
 師匠のそばにいると僕は安らぎます。師匠に見つめられると力が抜けて眠りにつく瞬間のような幸せを感じます。
 でも、師叔のそばにいるのは最近どうも落ち着かないのです。師叔が嫌いなのでは決して無いのです。そばにいて嬉しいはずなのに、鼓動が早くなりめまいがしそうになります。見つめられると胸が締め付けられるように痛くなるのです。これはどうしたことでしょう。
 師匠。僕は、こんなことを言ってはいけないのだけれど、あんなに良くしてくださる師叔が実は苦手なのでしょうか。だから深層心理で身体が拒絶反応を起こしているのでしょうか。
 しかし、師匠に似ているとまで思う師叔を僕が嫌う理由もありません。
 最近の僕は本当におかしいのです。

 あなたの大切な弟子は、ひょっとしたら気が違ってしまっているのかもしれません。
 一刻も早く、師匠に会いたい。
 わがままな弟子をお許しください。

不安な楊ぜんより






私だけの楊ぜんへ

 私の大切な楊ぜん!
 早まったことはしないでおくれ。
 当分太公望には近づきすぎないように。
 今からすぐに行く。

師匠より


end.

novel.