ペルソナ 02



 結局奈海が姿を現したのはその3日後だった。いつもどおり、食料庫近く。木の影に隠れるようにたっていた。
「あ、あのぉ」
 太公望に気がつくと恐る恐る近づいてくる。
「どうした? おぬしらしくもない」
「そういう日もあるんですよ」
 言い訳するように奈海は言う。
「ところで、おぬし。まだわしが好きか?」
「はい。もちろんです」
 頬を赤くして奈海は頷く。
「じゃあ、明日一日開けておけ」
「え?」
「デートするのだろう? わしと」
「あ……はい」
 うつむいてしまった奈海に太公望はにやりと笑う。
「そうだ。ついでに接吻でもしてみるか?」
「そ、そういうのは……まだ……」
 奈海はうつむいたまま首を振る。
「そうだのぉ。明日のためにとっておこうか」
 大きな目を潤ませて、奈海は太公望を見つめる。
「ああ、そうだ、奈海。あしたは髪を下ろしておいで。そのほうがきっとよく似合うよ」
「意地悪ですね」
 ぽつんと小さく奈海は呟く。聞き取れないほどの小さな声。
「どうして?」
 太公望は笑う。
「なんでもないです」
 奈海はくるんと身を翻して走り去ってゆく。
 その日の夜。自室に帰る途中で、気づかないほどの気配を感じて太公望は振り返る。
 真っ青な長い髪が翻るのが見えた。太公望は密かに笑みを深くした。

 翌朝。太公望が食料庫についたときにはすでに奈海は木の影に隠れるようにして太公望を待っていた。長い青い髪を後ろに垂らして。
「おはよう」
「おはようございます」
 幾分緊張した面持ちで奈海は太公望を見上げる。
「そうかしこまらずとも良いよ」
 太公望は笑う。
「それにしても、そうやって髪をおろしておると随分、似ておるな」
「誰にでしょう」
 ぎこちなく奈海は微笑む。
「さあ、誰だったかのぉ」
 太公望は言って歩き出した。
「随分と珍しい色の髪をしておるが、おぬしはどこの生まれだ?」
「北です」
「年は?」
「16」
「自分の姿は気に入っておるか」
「時々、憎らしくなるくらい」
 太公望は笑った。
「面白いことをいうのぉ。何故だ?」
 奈海は大きな目でひたと太公望を見つめた。
「あなたが私を選んだから」
 太公望は真正面から見つめ返す。
「それは謎かけか?」
「そのままの意味ですよ」
「つまらぬことを申すな。わしはおぬしの中身に興味があるだけだ」
「それはそれは」
 奈海は小さく呟く。
「両親はどうしておる」
「母はとうに亡くなりました。父はいません」
「それは悪いことを聞いたのぉ」
「悪いだなんて、思っていないくせに」
「つっかかるのぉ」
 太公望は苦笑する。
「ねえ、私ばかり質問攻めに会うのは酷いです。太公望様のことを聞かせてくださいよ」
 そういって奈海は太公望の顔をにらみつけた。
「父も母も兄弟も人狩りで死んだよ」
 さらりと太公望は言った。
「妲己様はお嫌い?」
「あやつの考え方は好かぬな」
「妖怪も嫌い?」
「それはまた別の話であろう。だが、妲己に加担する妖怪は敵だよ」
「嘘」
 短く奈海は言う。大きな瞳はゆるがない。
「私は妖怪なんて、大嫌いです。この世からいなくなってしまえばいいのに」
 言ってしまってから奈海は小さく呟いた。
「おかしいな。もっと楽しい話をしようと思ってたのに」
「わしと話すのはつまらぬか」
 奈海は首を振る。
「そうじゃなくて。私、おしゃべり、下手だから」
「おぬしがか?」
「あんまり、人と会ったこと無いんです。実は」
「箱入り娘と言う奴かのぉ」
「からかわないでくださいよ」
 奈海ははにかむ。
「のぉ、何故、わしなのだ?」
 唐突に太公望は言った。
「え?」
「何故、おぬしはわしを選んだのだ?」
「それは……、何故でしょうね。人を好きになるのに理由なんて要りますか?」
「後付の理由でもかまわぬよ。おぬしなら選り取りみどりなのではないか、男も女も」
 奈海は少し考えていたが、やがて口を開く。
「あなたといるときが、一番安心するんです。そういうのじゃ、ダメですか?」
「そうか。……その姿でもか」
「……。ええ」
 奈海はそういって斜めに太公望を見上げた。ちょっと挑戦的な表情。
「太公望様は私に何を言わせたいんでしょう? 何をご存知なんですか?」
「さあ、わしは何も存じておらぬよ。おぬしがどこの誰でどこから沸いて出たのかもさっぱり判らぬ」
 太公望はとぼけた。
「こんなに性格の悪い人だとは思わなかったですよ」
 奈海は膨れる。
「まあ、いいです。つきあってあげます。私は心が広いんですからね」
「それはそれは」
 太公望は笑った。

 近頃流行のヘルシーブームに則った菜食料理店で早めのランチを食べてから、桃園で桃狩り。主人にいくら園内食べ放題とはいえそんなに食べられちゃ商売にならないと泣きつかれたところで、奈海にひっぱられるようにして桃園を退園。近くの公園のベンチで一息ついた。ちょうど真正面に見える噴水を眺めながら、奈海はちょっとすねたような口調で呟く。
「あんなに恥ずかしかったことって初めてです」
「桃となると、つい……うう。すまぬ」
 太公望は一応反省して奈海の様子を伺う。未だに頬が上気してちょっと可愛い。
「あんなにお城の桃を食べてまだ足りないんですか」
「食べ放題ときくと血が騒がぬか」
「騒ぎませんね」
 奈海は冷たく言い放った。あんまり心は広くなかったようだ。
「どうしたら、機嫌を直してくれるかのぉ」
「もう、お城の桃を盗まないっていったら」
「判った。おぬしがそう望むなら盗まぬ」
 太公望は宣言して奈海をみる。
「じゃあ……許してあげます」
 遠くで子供の声が聞こえる。公園の中にグラウンドでもあるようだ。太公望と奈海がいるのは入り口付近なので、たまに聞こえる子供の声以外は静かなものだ。風に揺れる木々のざわめきが聞こえるほどに。
「太公望様は子供好きですか?」
 唐突に奈海は口を開いた。
「ああ、好きだよ」
 太公望はのほほんと言う。ひときわ元気な声が響く。男の子だろうか。
「欲しいですか?」
「ぬ?」
 太公望は固まった。
「産めますよ。私。たぶん」
 未だ固まり続ける太公望の隣でとてもいいことを思いついたと言うように、奈海は笑う。
「だからこれで、良かったんですよ……。ねぇ、……太公望様」
「何が良かったのか判らぬが……随分大胆なことをいうのぉ」
「そうですか」
 奈海はきょとんとしている。
 太公望は引きつった笑いを浮かべながら、試しに言ってみた。
「つくるか?」
「はい」
「今」
「できるんですか?」
 素で奈海は聞き返してくる。
「うう……」
 太公望は罪悪感にとらわれて、うめいた。
 太公望の様子に奈海はきょとんとする。
「すまぬ。冗談だ」
「なーんだ」
 つまらなそうに言う奈海に、もはや太公望は苦笑するしかなかった。
 子供の声はいつしか聞こえなくなる。もうじき、日が暮れるのだ。
「ねえ、太公望様。私は太公望様が好きです」
 奈海はそういって立ち上がった。
「なんだ突然」
 太公望は奈海の横顔を見上げる。
「太公望様は私を好きになってくだいますか」
「今でも好きだよ」
 太公望は言う。
「誰よりも?」
「誰よりも」
「良かった」
 そういった割りに奈海はさびしそうに笑った。それからくるんと太公望を振り返る。正面に立つ。何かを決意したような表情で、小さく太公望の額にキスをした。
 太公望は奈海を見上げる。微笑んだ顔は誰かに似ている。ああ、この角度から見れば、すぐにわかったのに。
「のぉ、無理はやめぬか」
 太公望は語りかける。
「おぬしはわしが好きなのだろう」
「ええ」
「わしもおぬしが好きだよ」
「はい」
「本当の、おぬしが好きだよ」
 奈海は小さく肩を震わせた。微笑もうとして失敗する。
「せっかく……せっかくあなたのためにこの姿を創ったのに……何がお気に召さなかったんですか」
「だっておぬしはわしより背が低くないし、胸だってぺちゃんこだし、もっとわしを怒るし、いやみばかり言うし、こんなにコドモじゃないくせに変化で創った自分の姿に嫉妬するほどコドモっぽい」
「言いたい放題ですね」
 奈海は泣き出しそうな顔で微笑んだ。
「もう、やめよう。楊ぜん。そんな姿でいなくても、わしが好きなのはおぬし一人だよ」
「ダメですよ。今は奈海です」
「じゃあ、こっちにおいで」
 太公望はそういって、自分の隣を示す。
 ベンチに座って自分より顔が低いところにある奈海の楊ぜんに太公望は小さくくちづけた。
 楊ぜんは赤くなる。
「ダメではないか楊ぜん。キスをしたら、魔法が解けるが物語の常識であろう?」
 もう一度くちづけると楊ぜんは変化をといた。
 今はもう自分より高いところにある楊ぜんの瞳に太公望は語りかける。
「ほれ、これが本当のおぬしだ」
 楊ぜんは小さくうなずく。
「あなたに愛して欲しくて、少女の姿をまとったのに、あなたが奈海と楽しそうに会話するたびに、僕は苦しくて仕方なかった」
「だあほめ」
「ねぇ、師叔。魔法が解けても……僕がこんなに卑怯でも……あなたは僕を好きだといってくださいますか」
 太公望は笑って、それから思いっきりぎゅうっと楊ぜんを抱きしめた。
「そんなの。決まっておろう」

end.

novel.