バースディプレゼント
6月24日。誕生日に楊ぜんは目いっぱい困っていた。
ドアを開けたら太公望が立っていたのだ。
それはいい。太公望が尋ねてきてくれるんなら楊ぜんは大歓迎だ。
だけど、その太公望がおかしかったらちょっと考える。
ドアのところでにこにこ笑っている太公望は、とても可愛らしかった。いつもの白い頭巾はかぶっておらず、おたふくかぜのときみたいに、幅の広い赤いリボンをあごから頬にかけて、頭の上で大きなリボンになるように結んでいる。
莫迦っぽいけど妙に似合ってる。
とにかく、ノックにドアを開けたらそんな感じの太公望が居て、楊ぜんは見事に固まってしまったのだ。
一方の太公望は固まっている楊ぜんに全くかまうことなく、ひたすら嬉しそうににこにこして口を開く。
「ハッピーバースディ、楊ぜん!」
「え? あ、ええっと。……ありがとうございます」
まだ、頭が現実についていけていない楊ぜんは、とりあえず太公望が自分の誕生日を祝いに来てくれたのだということを理解して、なんとかそれだけ言った。
太公望は右に左に身体ごと揺らして、楊ぜんの部屋を覗き込む。
「中に入っても良いかのぉ」
部屋の入り口に立ちふさがる感じで呆気にとられていた楊ぜんは、太公望に言われて、あわてて身体をずらした。
「どうぞ」
部屋の真ん中の椅子に腰を下ろして、足をぶらぶらさせながら太公望は注文をする。
「お茶とかケーキはないのかのぉ」
「ケーキはないです。お茶を入れます」
そういうのって僕が用意するものなのか? 混乱の渦中にある楊ぜんは、更に戸惑う。
「じゃあ、わしが取って置きの桃をやろう」
太公望はがさごそと服の中をかき回すと、どこからか大きな桃を取り出した。それをぽんと楊ぜんに手渡す。
「ありがとうございます」
渡された桃はちょっと生ぬるい。
ジャスミンティーを入れながら、楊ぜんは怪訝そうに太公望の赤いリボンを見る。
あれは、突っ込むべきなんだろうか。
でも僕、突込みって得意じゃないし……。でもやっぱり、突っ込んであげるべきなんだろうなぁ。
桃を切り分けて、お茶の用意をして、楊ぜんはテーブルに着く。
だけど、どのタイミングで突っ込んだらいいんだろ。
天化君だったら、きっとドアを開けた瞬間に突っ込みいれるんだろうけど、僕にはそんな高等技術とても無理だし。
今にもため息つきそうに考え込んでいる楊ぜんに太公望はにこにこして言う。
「のぉ、楊ぜん。プレゼントがあるのだ」
「ありがとうございます」
突っ込みに夢中になっている楊ぜんは、妙に作り物めいた笑みを浮かべる。
「おぬし、楽しみじゃないのかのぉ。わしのプレゼントだぞ」
当然それは太公望に伝わって、太公望はすねた。
「いえ、凄く楽しみですよ」
「そうかのぉ。欲しくないのならやらぬぞ」
「欲しいですよ。いぢわるしないでください」
楊ぜんは苦笑する。
「しかたがないのぉ」
太公望はそういうとちょっと間をおいた。
「時に楊ぜん。これをなんとも思わぬのか?」
そういって頭の上のリボンを指差す。
「いえ、とてもお似合いだと……」
ああっ。せっかく師叔が突っ込みのチャンスをくれたのに!
途中まで言ってしまってから楊ぜんは猛烈に後悔する。
そして、意を決して口をひらいた。
「なんで、リボンなんてつけてらっしゃるんですか」
言えた……。
楊ぜんは達成感にため息をついた。
そんな楊ぜんをよそに、むふふと太公望は気味悪く笑う。
「プレゼントはわ・し」
「は?」
楊ぜんはまたもや突っ込む機会を失った。
「だから、楊ぜん。楊ぜんはわしを好きにしても良いのだぞ」
「好きにって……」
何すればいいんですか。僕に何をさせたいんですか、師叔。
ここまで困惑した誕生日は初めてだ。
「お望みとあらば、マッサージとか膝枕とかしてやるぞ」
マッサージはなんか、怖い。
「じゃあ、膝枕でお願いします」
「仕方がないのぉ。甘えんぼさんだのぉ楊ぜんは」
くくくと太公望は笑う。
させたのはアンタじゃないかという突っ込みを楊ぜんはぎりぎりと奥歯でかみ締める。
太公望が寝台に腰掛けて、楊ぜんは釈然としない思いで、そのひざに頭を乗せた。
なんだか凄い恥ずかしい。
「重くないですか? 師叔」
太公望を見上げる事が出来ず、ドアを見つめたまま楊ぜんは口を開く。
「軽いよ」
ん?
「それって、僕の頭の中身が軽いって事ですか」
「そんなこと言ってないであろう?」
するんと太公望が楊ぜんの髪を撫でる。気持ちよくて楊ぜんは目を閉じた。
「これ、わしが傍に居るのに、眠るでないよ」
つんつんっと太公望は楊ぜんの髪を軽く引っ張る。
「だって、じゃあ。何のための膝枕なんですか?」
「わしがおぬしを甘やかすための膝枕に決まっておろう?」
「なんだ、結局師叔のためなんじゃないですか」
楊ぜんは笑う。
「むぅ」
太公望が唸った。
「じゃあ、寝てても良いぞ。でももっといっぱいサービスしてやるのに、今寝てしまうのはもったいなくないかのぉ?」
「サービスって何してくださるんですか?」
「そうだのぉ。桃をあーんして食べさせてやったりとか、キスしてやったりとか、マッサージとか」
マッサージしたいのかなぁ。でも、やっぱり怖いから触れないでおこう。
「恥ずかしいですよ」
「この部屋にはわしとおぬししか居ないのに恥ずかしいのか?」
「はい」
「はずかしがりやさんだのぉ」
太公望はわらって、楊ぜんの頬をつんつんした。
普通恥ずかしいと思うんだけど、違うのかな。楊ぜんは考える。
「僕は師叔が傍に居てくださるだけでいいんですけど……」
「仕方がないのぉ、キスしてやろう」
チュッと太公望が頬にキスする。
「え。言ってないですよ、キスなんて」
楊ぜんは太公望を見上げる。露骨に目が合ってしまって、慌てて目をそらす。
心臓がどきんとした。
「楊ぜんはキスしてほしくないのかのぉ」
「そんなことないですけど」
「じゃあ、良いであろう?」
また頬にキスが降ってくる。
くすぐったくて楊ぜんは笑った。
「いくら誕生日だからって、僕の事こんなに甘やかしていいんですか」
「いいよ」
太公望は笑う。そして莫迦みたいなリボンをするんと解いた。それをゆるく楊ぜんの左手首に巻きつけて、大きなリボンを作る。
「普段してやれない分、目いっぱい甘やかしてやる」
手首に結ばれたリボンを見て楊ぜんはきょとんとした。
「いつも結構甘やかしてもらってるような気もするんですが」
「わしがしたいのだ。こんな戦争に巻き込んで、おぬしには酷い事ばかりしてしまうから、わしがおぬしを不幸にしてしまう分だけ、わしがおぬしを幸せにしたいのだ」
ぱちんと楊ぜんは大きく瞬きをする。
この戦争に勝手に巻き込まれたのは僕なのだけれど。むしろ、師叔をひきずりおろして、軍師の地位に着こうとしたのは僕なんだけれど。そして、師叔についていくと決めたのも、やはり僕なのだけれど。
師叔はなんでも、自分に責任のない事まで自分の責任にして抱え込んでしまう。
それは僕にはとても考えられないことで。
だけど。
あなたが、そう言うのなら。
「じゃあ、僕も師叔が不幸な分だけ、師叔を幸せにしてあげてもいいですか?」
今度は太公望がぱちんと瞬きした。そして笑った。
「おぬしにはもう十分、幸せにしてもらっておるよ」
ああ、じゃあ、僕達は。
世界で一番、幸せなのかもしれない。
楊ぜんはくすくす笑って、太公望の頭を抱え込むとぎゅうっと抱き寄せてキスをした。
「ねぇ、師叔。じゃあ、師叔には僕をあげます。なんでもしてあげますよ、膝枕も、キスも、マッサージも」
太公望はにこにこ笑って。
「ほほぉ、では覚悟しておくのだぞ」
そう言った。
end.
novel.
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