偽王子と魔法使い 1.
崑崙国の南側には真っ黒山という大きな山があります。
真っ黒山のてっぺんのお城には、小さなとんがり帽子の魔法使いが住んでいて、名前を太公望といいました。太公望はその姿に似合わずとても偉大な魔法使いだったのですが、とても臆病でした。毎日、強い魔法使いが魔法勝負を挑みになんか来たらとっても面倒だのぉなんて考えていました。
そこで、太公望は魔法を使ってうわさを流しました。真っ黒山の魔法使いはとても悪い魔法使いで、ちょっとでも真っ黒山に近づいた者は魔法で桃に変えてしまって、頭からバリバリ食べてしまうのだと。この太公望のもくろみは見事に成功して、真っ黒山には70年近く誰も足を踏み入れませんでした。
今では崑崙国の国民もすっかりこのうわさを信用していて、地震が来ても台風が来ても雷が落っこちても、皆太公望のせいだと思い込んでいたのです。
そんなある日のこと。王様はついにお触れをだしました。真っ黒山の太公望を捕まえたものは、金貨100枚を与えてお姫様のお婿さんにすることにしたのです。
さて、このお触れを聞いて太公望は悔しがりました。
「崑崙のお姫様はわしもねらっとったのに〜」
このお姫様は名前を竜吉公主といいまして、美人で有名だったのです。
「わしが、わしを捕まえて王様のところに行けば、金貨100枚とお姫様をもらえるかのぉ」
莫迦なことを言い出した太公望にぴしゃりと言い返した声がありました。
「そんなわけないでしょ。牢屋に入れられて一生出てこられないよ」
声の持ち主は普賢といって、太公望の幼馴染であり、たった一人の太公望の友達でもありました。
「しかし、わしはホントはなにも悪いことはしておらんのだぞ」
太公望はすねたように言いますが普賢は容赦ありません。
「地震も台風も雷も全部望ちゃんがやったことになってるんだよ。いまさら違いますなんて言ったって誰も信じてくれないよ」
「わし、そんなこと一言も言っておらぬ」
「黙ってたら、認めたのと同じだよ」
二人は顔を見合わせて、はぁとため息をつきました。
「これから、望ちゃんをやっつけるために刺客とか殺し屋とか正義の味方とかがうじゃうじゃ来るよ。どうするの? 望ちゃん」
腕組みして普賢は太公望を見ました。
「やっつけられるのは嫌だのぉ」
太公望は悲しそうに言いました。
「じゃあ、やっつけるしかないよね」
「やっつけるのは可哀相だのぉ」
太公望はもっと悲しそうに言いました。
「いい加減にしなさいっ!」
ぴくっとこめかみを痙攣させて普賢は叫びました。太公望はおびえてお布団の中に隠れました。
「もう! 望ちゃん! 誰も殺せだなんて言ってないでしょ。ちょっと怖がらせてやればいいんだよ」
太公望はお布団の中からそっと顔だけ出してもごもごといいます。
「わしはどうしても血が駄目なのだ。アレを見ると貧血を起こすのだ。だからやっつけるなんてとっても無理。おお、そうだ、普賢! おぬし、ちと奴らを脅してきてはくれぬか?」
なんて情けないんでしょう。普賢はあきれました。
「僕は魔法使いじゃないんだよ。望ちゃんは偉い魔法使いでしょう。血を流さなくったって、できることがあるでしょう」
「むぅ……」
普賢の剣幕に押されて、泣きそうになりながら太公望は必死で考えました。そしてふと思いつきました。
「そうだ! 幻覚をみせよう!」
「幻覚?」
「真っ黒山の森に入ったとたんに、怖い化け物が出たように思い込ませるのだ。戦ったって幻覚には勝てぬし、怪我をしても幻覚だから血は流れぬ。これでわしは今までどおりぐうたら暮らせるぞ、普賢!」
「うん! 最後の聞いてちょっと萎えちゃったけど、凄いよ望ちゃん!」
ほめられて太公望は張り切りました。
そして次の日には、幻覚を見せる黒い霧を開発したのです。この黒い霧はそれだけでもかなり不気味でしたので、二人は森いっぱいに霧をまき、霧を怖がって逃げなかった人にだけ幻覚を使うことにしました。いつ刺客や殺し屋や正義の味方が来てもいいように、交代で水晶球で見張ることにしました。
はじめの一週間はたくさんの人が森に着ました。中には10人くらいのグループで訪れる人々もありました。そういう場合は上手く幻覚を見せないと同士討ちしてしまうので多少厄介です。気をつけていてもけが人が出てしまった場合は、普賢がこっそり手当てに行きました。
懲りずに何度も来る人もいるので、幻覚のパターンも増やしました。
そんな二人の努力が実って、一ヵ月後には森を訪れる人はほとんどいなくなりました。黒い霧のおかげで、真っ黒山の太公望は恐ろしい悪魔を召還できるという新しいうわさが加わったのです。
「さらに、悪い魔法使いらしくなったね。望ちゃん」
苦笑する普賢に太公望はのんびり答えました。
「わしはだらだらできればそれでよい」
そして大好物の桃をかぷりと食べました。
最近ではずっと水晶球を見ているのも面倒なので、森に人間が入り込むとベルが鳴るようにしてあります。太公望は片手間に魔術の研究をしながら日がな一日ぐうたらしてすごしました。
ビーッ。あるときベルが鳴りました。おねぼうの太公望が狸寝入りをして起きようとしないので、仕方なく普賢が水晶球を覗き込みました。
「うわぁ。望ちゃん! 見て見て見て!」
水晶球を覗き込んだ普賢は、興奮して太公望をたたき起こしにかかりました。
「うるさいのぉ」
太公望はもぞもぞとお布団に絡まっています。
「いいから、見てよ」
ばさっと容赦なく普賢は太公望からお布団を剥ぎ取りました。
「だああっ。何するのだ普賢! お布団がなければわしは死んでしまう!」
「いいから見て!」
「んー」
興味なさそうに太公望は水晶球を覗き込みます。白馬に乗った王子様がおりました。
「な」
ブロンドでこそありませんでしたが、青く長い髪を風になびかせ、白いマントを羽織った正真正銘の王子様です。
「王子様って、攻撃してもいいのかなぁ」
普賢が不安そうにつぶやきました。
「幻覚をみせるだけなのだから、良いのではないか?」
太公望が恐る恐る返します。
「でも、つかまったら絞首刑にされちゃうかも」
それはあまりいい想像ではありません。
でも、太公望としてもこのままつかまるわけには行きません。
「こうなったら、望ちゃん。直接行って追い返してきなさい」
「な、何を言う。わしは武術とかからっきし駄目なのだぞ。直接行って勝てるわけなかろう!」
「剣で王子様に勝てなんて言ってないよ。口八丁で丸め込んでって、言ってるの」
「お、おぬし……」
悪い魔法使いの正体はひょっとしてこやつではないかと太公望は思いましたが、怖いのでなにも言いませんでした。太公望は仕方なく滅多に使うことのない古ぼけた杖を振りました。
ほわんと音がして次の瞬間には太公望は森の中にいました。
いきなり王子様の真正面に出るのは怖いので、こそこそと藪の中から様子をうかがいます。
王子様はものめずらしそうに黒い霧を見上げています。馬から下りて、警戒するように銀の剣を握り締めました。
一方の太公望はじぃっと王子様を観察です。背は高いけれどそんなに筋肉がついているようには見えません。案外弱そうだのぉと太公望は自分を棚に上げて考えました。しかし、うかつに近寄ることは出来ません。何しろ太公望は下手をすると女性に体格で負けるほど小さいのです。
――ちっとばかり、脅かしてやるかのぉ。
にまっと笑って太公望は呪文を唱えて小さく杖を振りました。
どんっ! と太公望が隠れているところとは全く別の方向から火柱が上がりました。王子様ははっとして剣を構えます。
――おお。驚いとるのぉ。
太公望はご満悦です。
――では。ここでわしが厳かに登場するとするかのぉ。
太公望は呪文を唱えるとまた杖を振ります。たちまち太公望は長身の紳士の格好になりました。魔法使いというよりも錬金術師といったいでたちです。
「わしに何か用かな」
太公望は精一杯格好つけて王子様の前に現れました。
「師匠……? なにやってらっしゃるんですか、そんなところで」
怪訝そうな王子様の声が耳に響きました。
「は?」
太公望は思いがけぬ展開に、まじまじと王子様を見つめました。
――何いっとるのだ。わしは弟子などとった覚えはないぞ。
いや、それよりも。光が透き通ったような青い髪。白い肌。逢魔が時の空を写した、大きな瞳。
どっきーんと太公望の胸が高鳴りました。
――綺麗だのぉ。こんなに綺麗なのは見たことないのぉ。お人形さんみたいだ。
ぽーっと見とれている太公望をよそに王子様はどうやらご立腹のようです。
「僕のことが心配でついてきちゃったんですね。全く。僕は一人で大丈夫ですって言ったでしょう?」
どうやら、王子様は師匠とか言う人と太公望を勘違いしているようです。魔法で作った姿が偶然にてしまったのでしょう。しかしこれはチャンスです。
どんなに綺麗でも、敵は敵。あきらめて帰ってもらわねばなりません。太公望は王子様の師匠らしく出来るだけ尊大な口調で言いました。
「王子、帰るのです。ここの魔法使いは大変偉大で、おぬしには荷が重過ぎる」
「王子? おぬし?」
王子様は怪訝そうな顔をしました。
「師匠、随分と変な言葉を使われるようになりましたね」
太公望はぎくっとしました。当然のことながら太公望は楊ぜんの師匠なんて知りません。言葉遣いまでまねることなんか不可能です。
「だいたい、僕は王子じゃないし……」
――げっ。そうだったのか。だったらわざわざわしが出向くことなどなかったのでは。
「師匠のくれたこの服のおかげで、僕が道中王子様と間違えられてどれだけ迷惑したことか!」
握りこぶしで偽者の王子様は訴えます。
「その上、へんてこなしゃべり方して。僕のことからかってらっしゃるんですねっ!」
――こやつ、わしが偽者だってこと、まだ気づいておらんのか。
太公望はちょっとあきれました。
「ち、違う。本当に君には荷が重過ぎると……」
「君?」
――君でもないのか。じゃあ、なんだ。あなた? おまえ? それがし? まさか!
「よもや弟子の名前もお忘れですか」
――んなもん、知るかっ!
太公望は莫迦らしくなって魔法を解きました。するすると背が縮んでもとの太公望に戻っていきます。とんがり帽子に黒尽くめ。元に戻った太公望は今度は偽王子を見上げることになりました。それでも、精一杯太公望は見得を切ります。
「ふっ。まんまと騙されたようだのぉ。わしこそが偉大な魔法使い太公望様だっ」
「なっ! こんな子供が変化の術を使うなんて……」
明らかに殺気だった偽王子に太公望は一瞬ひやりとしました。それでも言い返さなければならないことが一つあります。
「だあほっ。わしは子供ではないぞ。おぬしなんかより、ずーっとずーっと長生きなのだ! もっと他の魔法も使えるのだぞっ」
「うるさいっ! 変化の術だけで十分でしょうっ!」
ヒステリックに叫ぶと、さっと偽王子は剣を抜きました。そして電光石火の早業で太公望に襲い掛かります。
「ひぃっ」
実践向きでない太公望は慌てて杖を掲げてシールドを出しました。剣は防ぐことが出来ましたが、強い力で打ち込まれたせいで腕がじんじんしびれます。
――女みたいな顔してるくせに、何でこんなに力が強いのだっ。
そのままさらに打ち込まれるとやばいので、太公望はばたばたと逃げました。太公望がいきなり逃げ出すと思っていなかった偽王子は一瞬よろけると、すぐに体勢を立て直しました。
「待ちなさいっ。僕を侮辱した罪は重いですよ」
――わしが、いつおぬしを侮辱したのだ!
太公望は泣きそうになりながら茂みの中へころころと転がり込みました。小さい太公望は隠れるには有利です。
「卑怯者! 出てきなさい!」
――おぬしみたいな、力の強いのが、わしみたいにか弱い魔法使いを剣で追い回すほうがずーっと卑怯ではないか。
太公望は様子を伺います。正々堂々と戦っては太公望に勝ち目はありません。
――ちと、かわいそうだが仕方ないのぉ。顔は傷つけんようにするからうらむでないぞ。
太公望は小さく呪文を唱えます。そして杖を振りました。
青い青い晴れ上がった空に急に暗雲が立ち込めました。
「なにっ?」
偽王子が空を見上げた瞬間。
稲妻が光り空気を裂くような音がしました。太公望が魔法で雷を出したのです。
「うわっ」
慌てて剣を離したときにはすでに遅く。偽王子はぴくりとも動かず森の中に横たわっていました。
太公望は恐る恐る偽王子にちかづきました。
つんつんっと杖の先でつついてみます。それからそおっと偽王子の顔を覗き込みました。気を失っているようですが、息はちゃんとあります。火傷もありません。首に手を当てて脈を取りました。正常です。太公望はほっとしました。
――脅かすでないよ。ちゃんと加減して撃ったのだからな。
間近で見ると偽王子の顔は本当に綺麗です。
――惜しいな。女だったらわしの嫁にしてやるのに。
――っていうか、女じゃないのかのぉ。
ふと希望的観測に駆られて太公望はきょろきょろとあたりを見回しました。大丈夫誰もいません。偽王子も起きる気配はありません。太公望はそおっと偽王子の胸の辺りをまさぐりました。
――ないのぉ。Aカップもないのぉ……。硬いのぉ。
「う……ん……っ」
偽王子が嫌がって身をひねったので慌てて太公望は手を離しました。起きてしまったら厄介です。早々に引き上げるに越したことはありません。でもなんだか名残惜しくて、太公望はいけないと思いつつも偽王子の服から銀のボタンを一つもぎ取りました。
――名前、なんというのかのぉ。また着てくれたら嬉しいのぉ。
太公望は未練がましく偽王子を見つめた後、えいっと杖を振りました。
「おかえり、変態」
真っ黒山のてっぺんのお城では、普賢がにっこりわらって太公望を迎えました。
「なっ。おぬしまさか」
太公望は偽王子のボタンを後ろでに隠し、引きつった笑いで応じます。
「うん。全部見てたよ。望ちゃんが破廉恥なことするとこも全部。まさか望ちゃんがあんな趣味があったなんて思わなかったなぁ」
「ち、違う。あれは、女かと思って」
「だったらなおさらでしょう!」
ぴしゃりと普賢が雷を落としました。威力はさっき太公望が放ったものよりも数倍上です。
「眠ってる女性にあんなことしたら、それは変態通り越して犯罪だよ。この犯罪者!」
「でも、女じゃなかったし……」
「触る前はどっちかわかんなかったんでしょう!」
「ううっ……おっしゃるとおりです」
「犯罪者の望ちゃんは三日間おやつ抜き!」
普賢は厳かに刑を宣言しました。
「うぅ……そんな。普賢……」
「そんな情けない顔したって駄目だよ。絶対駄目!」
こうなったら普賢はてこでも動きません。
「普賢のだあほめー!」
泣きながら叫んで太公望はお布団の中に隠れました。
――覗きだって絶対、犯罪者であろうがっ。
だけどおやつ抜きが五日間になったらたまりません。太公望は泣く泣く引き下がったのでした。
next.
novel.
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