ネガイゴト



「ハッピーバースディ楊ぜんさん!」
 ぱんっとなるクラッカーの音とともに、さまざまな色のリボンが飛び交う。
 庭に出されたテーブルにはナマグサ厳禁の仙道のためにさまざまな精進料理がこれでもかと並べられ、下界にいる仙道や西岐の役人達が舌鼓を打っていた。その真ん中で楊ぜんはにこにこして差し出されるプレゼントを受け取っている。その様子を横目に見ながら太公望は用意されたお皿に山盛りの料理を盛り付けている。
「そんなに欲張らなくても料理は逃げたりしないよ」
 柔らかい、耳になじみのある声にふと顔を上げれば、ほわほわした髪の幼馴染が微笑んでいる。
「おぬし、わざわざ降りてきたのか?」
 太公望は怪訝そうに普賢真人を見た。
「うん。楊ぜんに渡したいものがあったしね」
「楊ぜんに渡したいもの?」
 太公望は眉をひそめる。普賢真人は見た目の可愛らしさにもかかわらず太公望の中では危険人物リストにランクインしている。
「別に望ちゃんのハズカシイ写真とかじゃないから安心して」
 にこっと普賢真人は笑った。
「なっ。おぬし、そんなもの持っておるのか!」
「うん、僕の宝物」
「だあああっ。そんなもの宝物にするでないっ!」
 箸を振り回してぎゃあぎゃあと太公望がわめく。
「だって、望ちゃん可愛いんだもん」
「こらっ。可愛いとか言うでないっ。わしはかっちょよい男を目指しとるのだ。かっちょよいのだ」
 太公望の台詞には何も答えず、普賢真人はただ微笑を返した。
 むぅと太公望はうなる。
「では、おぬしが楊ぜんに渡したいものとは何なのだ?」
「楊ぜんに渡す前に望ちゃんに見せるわけにはいかないよ」
 釈然としない顔の太公望をよそに、普賢真人は丁度近くに来ていた楊ぜんに声をかける。
「あっ。楊ぜん。誕生日おめでとう!」
「普賢真人さま。わざわざお越しいただいてありがとうございます」
 楊ぜんは軽く会釈した。
「これ僕からのプレゼント」
 そう言って普賢真人が取り出したのは――木の枝だった。
 一応プレゼント用のピンクのリボンが結んである。でも、どこからどう見てもただの木の枝。
 えーと。
 楊ぜんは必死になって考える。
 何故プレゼントに木の枝? ひょっとして師叔と仲のいい僕への嫌がらせなのか? いや、でもこの人はそんなわかりやすい事をする人じゃない。こんな大勢の目の前で木の枝を僕にプレゼントするとしたら、これは本当に価値のあるもののはず。とすると、一見ただの木の枝に見えるけど実は価値のあるもの……例えば、そう。香木? なるほど、それはあり得る。でも、見るからにただの枝……
「だあほが、木の枝なんぞ貰って何が嬉しいのだ」
 しかし、楊ぜんが必死になって考えたのもむなしくあっさりと太公望が突っ込みを入れた。
「木の枝は木の枝でもこれはちょっと特殊な木の枝なんだよ」
 にこっと普賢真人が微笑む。
「願いをかなえるんだ」
 太公望と楊ぜんはきょとんとした。
「願いをかなえる木の枝? そんなもの聞いたことないぞ」
「うん。僕も始めて聞いたんだけどね。竜吉公主さまお墨付きだから」
 普賢真人の言葉に、太公望と楊ぜんはもう一度木の枝を覗き込む。普賢真人の言葉だけなら胡散臭いが、竜吉公主となると信じてもいいような気になるから不思議だ。
「願うだけなら害はないはずだし、叶ったらラッキーって思えばいいんじゃないの?」
「それは、そうですね……」
 興味深々に木の枝を見つめながら楊ぜんは頷く。
「とにかく今夜にでも試してみてよ」
「はい。わかりました。ありがとうございます普賢真人さま」
 にこりと笑って楊ぜんは木の枝を受け取った。

 その夜。
「願い事ってどうすればいいんですかね?」
 木の枝を枕元において楊ぜんは必死に考えている。
「そんなん、普通に拝めばよいのではないか?」
 あっさりと太公望が口を開く。
「そんな簡単でいいのでしょうか。例えば、燃やすとか……」
「だあほが、それでは呪いがかってしまうわ!」
 楊ぜんは首をかしげながらも太公望に言われたとおり、正座して木の枝に手を合わせた。
「のぉ、何を願ったのだ?」
「教えません」

      ☆

 翌朝。楊ぜんは違和感に目を覚ました。
 なんだか身体が熱っぽいような気がする。風邪かなと思って寝返りを打つと、隣で寝ている太公望の頭が妙に大きく感じた。ぱたんと身を起こすと、目線の高さがいつもより低い。嫌な感じがして寝台から抜け出そうと毛布をめくると小さな足が見えた。
 子供の足……。
 どきどきと鼓動が早くなる。
 まさか。まさか。まさか!
 そっと自分の頭に手をやると、明らかに髪が短くなっている。そして、髪の間からひょこんと生えた堅いもの。
 冷や汗が流れる。
 慌てて寝台から降りる。立ってみれば余計に際立つ目線の違い。ぱたぱたと裸足で姿見の前に立って、呆然と立ちすくむ。
 子供の頃の自分の姿がそこにあった。
「よーぜん?」
 どれくらいそうしていただろう。不意に聞こえた太公望の声にはっとして楊ぜんは振り返る。
「おぬし楊ぜんか? なにやっとるのだ?」
 にまにまと太公望は笑った。
「ずいぶんと可愛いらしいのぉ」
 どうやら太公望は楊ぜんの姿を、変化によるものだと勘違いしているらしい。楊ぜんはふるふると首を振る。
「せっかくだから、こっちにおいで」
 太公望はそう言って手招きをした。そして、いまだ動けない楊ぜんの側によると、ぎゅうっと抱きしめた。
「小さいのぉ。可愛いのぉ」
 気が済むまで楊ぜんをぎゅうぎゅうと抱きしめて、そして太公望は漸く楊ぜんの異変に気づく。あの楊ぜんが、さっきから一言も言葉を発していない。
「楊ぜん、どうしたのだ?」
 楊ぜんの目線の高さにあわせてしゃがみこむと、太公望は小さくなった楊ぜんの頭をそっと撫でた。
 小さな楊ぜんは目をまん丸に見開いて太公望をじっと見つめている。
 漸く太公望は気がついた。
「おぬし、まさか……変化ではないのか」
 こくんと楊ぜんが頷く。
「雲中子から何か貰って食べたとか……」
「そんな卑しい事しません!」
 その日初めて発した声は子供っぽい幼いもので、じわっと楊ぜんの瞳に涙が浮かんだ。
「なんで……こんな……」
 くすんとすすり上げる楊ぜんを、思わず太公望は抱きしめる。
「ああ、よしよし泣くでないよ」
「泣いてません! 子ども扱いしないでくださいっ!」
 太公望の腕から逃れようと楊ぜんはじたばたした。

      ☆

 女の子と見紛うような可愛らしい顔、肩のところでばさりと切りそろえた髪、細い手足、1メートルにも足りない背丈。
「きゃあーっ! 可愛いっ! 楊ぜん、うちの子にならない?」
 興奮した蝉玉が叫ぶ。
「小さい子でも女の子がいると華やかだなぁ」
 悪気があるのかないのか、黄飛虎が豪快に笑う。
「オヤジ、性別はたぶん変わってねーさ」
 そして、いつものごとく天化が冷静に突っ込む。
 姫発の子供の頃の服を着せられて、楊ぜんは憮然とした顔で膨れた。
「あのねぇ、君たち。僕は外見はこんなでも中身は変わってないんだよ! ほら、サボってないで、さっさと仕事するっ!」
「子供の癖に堅い事言うなよ。子供は遊ぶのが仕事だぜ!」
 あっけらかんと言って、楊ぜんの頭をぽんぽんと叩いた姫発を楊ぜんはじろりと睨みあげた。
「武王。僕が言った言葉聞いてました?」
「しかし、中身は大人といえど、身体は子供。大人に混じって仕事をするには体力も必要です。楊ぜんさんはしばらく休暇をとっていただいたほうがいいでしょう」
 周公旦が珍しく姫発の肩を持った。
「そうだのぉ……しばらく休んどれ、楊ぜん」
 太公望にまでそういわれて楊ぜんは膨れる。
「僕は平気です!」
「子供みたいなわがままを言うでないよ」
 あっさりと太公望にそういわれて、楊ぜんは言葉に詰まった。
「そもそも、何でこんな事になったんさ? 昨日雲中子は着てないし……」
 むくれてる楊ぜんをよそに天化が口を開く。
「あっ。あれじゃない? 普賢真人が持ってきた願いをかなえる枝!」
 蝉玉の言葉に、一同ははっとして楊ぜんを見た。
「何だ楊ぜん。子供になりたかったのか?」
 姫発の言葉に楊ぜんはふるふると首を振る。
「直接的に子供になりたいではなくても、甘えたいとか、守られる存在でいたいと言う思いが姿を子供に変えてしまうと言うこともあるかもしれませんね」
 真面目な顔で周公旦が言った。
「そんな事思ってません! 僕は師叔を支えられるように強くなりたいんです!」
 楊ぜんの言葉に姫発と周公旦は顔を見合わせる。
「違うんじゃねーの、旦。真逆だぜ」
「そのようですね」
 周公旦派ため息をつく。
「そもそも、あんた一体あの枝に何をお願いしたのよ?」
 興味深々で蝉玉が尋ねた。
「それは……」
 困ったような顔で考え込みながらも、楊ぜんははっとした顔をした。
「ま、まさか……」
「何か思い当たったさ? 楊ぜんさん」
 天化が身を乗り出す。
「いや、でもそんな……」
 楊ぜんはそうつぶやいてチラッと太公望を見上げる。
「もぉっ、じれったいわね。何をお願いしたのかさっさと言いなさい!」
 ぴしゃりと言った蝉玉の言葉に、楊ぜんは顔を紅くしながら小さな声で答えた。
「僕は、その……師叔の願いが早く叶うようにと、お願いしました……」
 視線が一気に太公望に集まった。
「スース、あーたって人は……」
「最低ね、太公望」
「お前そう言う趣味だったのか……? ショタコンっていうの、女好きの俺には一生わかんねーや」
「全くです」
「え、ちょ、ちょっと待て」
 一斉に非難を浴びて太公望はおろおろする。その太公望の背中をどんっと黄飛虎が叩いた。
「まぁ、ばれちまったモンはしょーがねぇよ。気にすんなよ、太公望殿! 俺にもわかんねーけどな」
「違うわっ!」
 思わず太公望は叫ぶ。
「そりゃ確かに、楊ぜんがわしよりもうちょっと背が低ければよいのぉとか思っとったがここまで小さくなられては何もできぬではないか!」
 あきれたような視線が集まる中鋭い視線を感じて太公望は振り返る。
 楊ぜんが子供とは思えないほどの凄まじい視線で太公望を睨みつけていた。
「よ、よーぜん」
 太公望が声をかけると、楊ぜんはぷいっと顔をそらす。
「師叔なんか知りません!」
「だ、だって。わしとて楊ぜんをぎゅうっとしてみたかったのだ!」
 おろおろしながらも太公望は叫んだ。
「で、どうするんさ、師叔。ずっとこのままって訳にもいかないっしょ」
「ううっ。そうだのぉ。楊ぜん当分変化で大人の姿に戻っていてはくれぬか?」
 が、太公望の言葉に楊ぜんはますます膨れる。
「できたら最初からやってます!」
「できぬのか?」
「悪かったですね!」
 せっかく子供の可愛い姿だと言うのに、楊ぜんはつんつんしてとげとげしている。太公望は悲しくなった。
「嫌われてしまったのぉ……」
「誰のせいでこんな事になったと思ってるんですか」
 自分でお願いした事を棚に上げて楊ぜんは膨れた。
「うう」
 太公望は小さくなる。
「ねぇ、その枝のお願いって、一回きりなの?」
 ふと蝉玉が口を開く。
「もう一回、今度は楊ぜんが大人になれますようにってお願いすればいいんじゃ……」
 それだ!
 蝉玉の言葉に楊ぜんはぱっと顔を上げた。
「僕、お願いしてきます!」
「ああっ。楊ぜん、せっかくだからもっと楽しんでから……」
 楊ぜんのあとを追いかけようとした太公望を、すぱーんっと周公旦のハリセンがしとめる。
「莫迦なこと言ってないで仕事ですよ!」

 しかし。
 翌日になっても楊ぜんの姿はそのままだった。
 楊ぜんの機嫌は絶不調。半ば八つ当たり気味に、太公望は普賢真人を下界に呼びつけた。
「これは随分と可愛いことになっちゃったね」
 事の重大さがわかっているのかいないのか、普賢真人はのほほんとした顔で微笑んだ。膨れた楊ぜんの頬をつんつんと突っつく。
「これっ、止めぬか!」
 慌てて止めには言った太公望は、楊ぜんに睨まれておずおずと後ろに下がった。
「あの枝の事を公主に聞いてきたよ」
 そう言って普賢真人はメモを取り出した。
「えーっとまず願い事は何回でもできる」
「でも、僕は元に戻れませんでした」
 楊ぜんはぷくーっと膨れたまま普賢真人を見上げる。
「うん。でも、願い事には条件があって……前の願い事の取り消しはできない。つまり、楊ぜんを大人にする願い事は前の願いの取り消しになっちゃうからできないんだ」
「そんな……」
 楊ぜんはしゅんとする。
「僕は一生このままなんでしょうか……」
 そしてじろりと太公望を睨んだ。
「師叔のせいで」
 ううっ。と太公望は小さくなる。
「だけど……」
 そんな二人をよそに普賢真人は小さくつぶやいた。
「願いをかなえる枝に、こんな即効性はないはずなんだけどなぁ……」
 そのつぶやきは結局、二人には聞き取られることなく終わった。

「のぉ、楊ぜん」
 その夜、膨れて膝を抱えている楊ぜんに太公望は話しかける。
「どうにかなるか判らぬが、一度きちんと雲中子に見てもらったほうが良かろう?」
「嫌です。師叔のせいでこうなったんだから、師叔が何とかしてください」
「困ったのぉ……」
 苦笑いで太公望はつぶやいた。

      ☆

 結局、楊ぜんは一週間たってもそのままだった。
 さすがにいつまでもすねていても仕方ないと気がついたのか、楊ぜんは子供用の椅子を置いてもらって執務室で仕事をするようになった。子供にはおやつが必要! という太公望の案で10時と15時にはおやつが出る。それをなぜか太公望も一緒になってもしゃもしゃ食べる。
 食事は仙道用のナマグサを使わないオコサマライス。しかし、太公望の興味津々の瞳に負けてこっそり食事を取り替えたりした。
 お風呂には、これもなぜか太公望が必要と言い張って聞かなかった黄色いあひるちゃんを湯船に浮かべて。そしてシャンプーハットで太公望に髪をごしごし洗ってもらう。
 夜には太公望が怖い話をして、自分で眠れなくなったりしていた。怖がりの太公望にぎゅーっと抱きしめられて楊ぜんはうとうとする。
「のぉ、楊ぜん。いい加減わしを許してくれたかのぉ」
 太公望がこつんとおでこをくっつけて、楊ぜんを覗き込んだ。
「許しません」
 小さな手でぺちゃっと楊ぜんは太公望を叩く。
「だから、ずーっとこのまま、責任とってください」
 眠りに落ちかけた楊ぜんが、うとうととつぶやいた。

      ☆

 が、事件はその後あっけなく解決した。
 楊ぜんの異変は願いの叶う枝でもなんでもなく、いつもの雲中子の薬だったのだ。
 ただ、今回彼はやけに悪知恵を働かせて、病気で言うならば潜伏期間を一週間ほどもたせていた。つまり誕生日の一週間前に仕込まれた薬で、楊ぜんは子供になっていたのだ。
 悪びれなく大成功と言い張った雲中子を、元に戻った長い足で思う存分蹴り上げて楊ぜんはため息をついた。
「全く、何考えてるんですかね、あの人は」
「雲中子はおぬしがお気に入りのようだからのぉ」
「全然嬉しくありませんね……」
 楊ぜんは再びため息をつく。
「ともかく。わしのショタコン疑惑は解決したのだ。何か言うコトがあろう、楊ぜん?」
 太公望はそう言って楊ぜんの顔を覗き込む。
「疑って済みませんでした……」
 楊ぜんは恥ずかしそうに頭を下げる。
「でも師叔。少しだけ嬉しかったんですよ。師叔の願いが僕に関する事だったから……結局、違ったんですけどね」
「あれが、嬉しかった態度だとはとても思えぬが……」
 ひたすら太公望にだけ膨れていた小さな楊ぜんを思い出して、太公望は恨みがましく口を開く。
「照れてたんですよ」
「そうかのぉ……。でもわしは結構おぬしの事を考えておるよ」
「ええ、師叔。封神計画の次にね」
 静かに言う楊ぜんの額に太公望は背伸びして口付けた。
「計画が終わったら……おぬしの事だけ考えてやろう。うざったくなるくらいにのぉ」
 にょほほと太公望が笑う。
「それは遠慮しておきます」
 そういいながらも、楊ぜんはどこか嬉しそうに微笑んだ。

end.

novel.