Happy Merry Christmas



「クリスマスイヴは恋人同士で過ごすものなのよ!」
 どこから仕入れた情報なのか、自信満々に蝉玉はそういった。仕事が終わって部屋に帰ろうとしたところをつかまった楊ぜんは肩布をぎゅっと掴む。廊下なのでひたすら寒い。吐く息だって真っ白なのに、蝉玉はどうやらそんな廊下で楊ぜんのことをずっと待っていたらしいのだ。
「私は当然ハニーと一緒に過ごすから楊ぜんも太公望のこと誘わなきゃダメよ」
 楊ぜんはきょとんとする。それから口を開く。
「でもそれって西洋の宗教の……」
「莫迦ね〜。そんなの口実よ。そんな口実でもなきゃ、あんたから太公望のことなんか誘わないじゃない」
 なんだかバレンタインディーにもそんなことをいわれたような気がするなと楊ぜんは思った。
「別に僕から師叔を誘わなくても」
「あんた、それだからダメなのよね。いつも太公望のことじっと待ってるつもり? いい? オンナは攻めなきゃダメよ」
 蝉玉はそういった後パチンとウインクして続けた。
「あんた男だけど、女みたいなもんよね〜」
「はぁ?」
 今のはちょっと失礼じゃないだろうか。というか、今のが蝉玉が寒い廊下で楊ぜんをひたすら待ってでも言いたいことだったのだろうか。
「あんたたち見てるとなんかさぁ。ほっとけないって言うか、イライラするって言うか……あ、うそうそ、今のはなし。せっかくクリスマス前なんだもん。仕事とか戦争の話ばっかりじゃなくてさ、少しはあったかくなるような話があってもいいと思わない?」
「それはまぁ……」
 楊ぜんは曖昧に頷く。クリスマスと言う行事は知っているが、崑崙で育った楊ぜんにはあまりなじみがない。サンタクロースは知っているが、恋人同士で、というのは初耳だ。
「私はね。クリスマスはハニーと一緒なの。で、幸せなの。だから、あんたも幸せならいいなぁってそう思ったの。なんかさ、あんたって恋する乙女としての戦友って感じがするのよね〜。だから頑張って欲しかったんだ。ごめんね。呼び止めて」
「え、あ……。ありがとう」
 よくはわからないが、蝉玉が楊ぜんのために廊下で待っていてくれたことはよくわかったのでとりあえず楊ぜん、お礼を言う。
「うん。ありがと」
 蝉玉はにっこり笑うと寒い寒いといいながら駆け出していった。そりゃ寒いだろう、あの露出の多い服だし。楊ぜんはあきれながら蝉玉を見送る。
 それにしても。
 恋する乙女としての戦友って……なんだろう。

 恋する乙女としての戦友を悩みながら楊ぜんは部屋に戻る。あんまり悩んでいたのでほとんど寒さなんか感じなかった。もともと崑崙育ちなので寒いのには強い。地上の冬など春のようなものだ。
 夜遅く続いた仕事に疲れ果てていた楊ぜんはばたんと寝台に倒れる。
 も、疲れた。シャワーは朝にしよう。
 目を閉じれば睡魔が襲ってくる。
 蝉玉君ずっと待ってたのかなぁ、クリスマスっていつだっけ。25日? じゃあ、イヴは24日。24日って……明後日じゃないか。じゃあ、明日には誘わなきゃ、ダメってこと? そもそもなんで僕が師叔を……師叔のことは好きだけど、好きだけど……
 すぅっと。楊ぜんは眠ってしまった。

     ☆

 シャワーを浴びて髪を乾かす。道服を着こんで一日が始まる。とりとめもない一日だ。クリスマスなんてなんてことな……
「そこの可愛いぷりんちゃーんっ! クリスマスのお相手に俺を選んでくださいなっ!」
 どこかの莫迦が楊ぜんの脇をすり抜けていった。
「ああっ、もうっ! 私にはっ、あなたより100倍素敵な彼氏がいるんですからっ。えーい、懲りない男ね! このっこのっ!」
 とても嫌な予感がする。楊ぜんは無視して通り過ぎてしまおうかと3秒ほど迷った。
「ああっ! そこの可愛い……」
 ブチッ。
「何やってんですかあなたはっ!」
「んだぁ? 楊ぜん邪魔すんなよ。おまえがいるとプリンちゃんが皆おまえのほうになびくだろ。この色男。クリスマスに困ったことなんかないんだろ! うらやましいんだよ!!」
 頭から血を噴出しつつ憤る武王に楊ぜんはため息を一つ。
「あなたは少しは自分の立場を自覚してください。お手軽にどこぞの女官に手を出していい身分ではないんですよ」
「ちぇー。なんだよ旦みたいに」
「クリスマスなんてどうだっていいでしょう」
「ど、どうでもいいとはなんだよ。いいか。クリスマスと言うのは家族や恋人と暖かーく過ごすための聖なる一日なんだぞ。そんな日に一人でいることのつらさが、おまえにわかるのかよっ! おまえ女に困ったことなんかないだろ!」
 イマイチピンとこない楊ぜんは首をかしげる。
「それならば周公旦君と過ごしては?」
「バカにすんなー!」
 うわぁんと泣きながら去っていく武王に楊ぜんはさらに首をかしげる。
 クリスマスってそんなに大切な一日なのだろうか。
 そういえば女官たちもやけにうきうきしている。文官たちもやけにそわそわしている。
 でも、そんなに大切な一日なら、きっと師叔は一緒にいてくれるはず。誘わなくたって、一緒にいてくれるはず。
「おはよう、楊ぜん」
 元気な声は蝉玉だ。
「ねぇ、もう、クリスマスプレゼント買った? 私はハニーに手編みのマフラーをあげるんだけど、あんたは何にしたの?」
「え、プレゼントなんてあげるの?」
「やあね。クリスマスといったらプレゼントじゃない」
 まだ買ってないのぉと蝉玉は口を尖らせる。
「でも、プレゼントはサンタさんが……」
 あははと蝉玉は笑う。
「サンタさんは大人のところにはこないでしょ? 大人は大人同士で大切な人にプレゼントをあげるのよ。いーい? ちゃんと買うのよ」

 執務室はいつもどおりだった。太公望もいつもどおり。会話は仕事の話と、偶に崑崙の話とか趣味だという釣りの話とか。でもクリスマスの話題はでない。
 もしかしたら師叔はクリスマスを知らないのかも知れない。
 二人きりになったときを見計らって楊ぜんは口を開く。
「師叔は、クリスマスはどうなさるんですか?」
「クリスマスか」
 くくくと太公望は笑った。
「クリスマスはサンタさんになろうかと考えておるよ。天祥にプレゼントをやろうと思ってのぉ」
「天祥君に?」
「なんだかのぉ。孫のようなものだからのぉ〜」
 すっかりジジイオーラを出してにやけている太公望に、楊ぜんは悲しくなる。では、師叔は楊ぜんとクリスマスを過ごしてはくれないのだ。
「楊ぜんは、どうするのだ?」
「僕は……」
 あなたがいなければひとりぼっちですよ。
 悔しい。悔しくて悲しくてこんなにも淋しいなんて。クリスマスなんか大嫌いだ。
「僕は師匠と過ごそうかと考えてます」
「おぬし上に帰ってしまうのか」
 太公望は残念そうだ。
「ええ、でも。一日ですし、もともと休みでしょう?」
「それもそうだが、おぬしと一緒に天祥へのプレセントを選びたかったのだ」
 おぬしと一緒にと言うところにちょっとだけくらくらした楊ぜんだが、まだ太公望のメインは天祥であって楊ぜんではない。子供と張り合ったって仕方ないことはわかっているけど、それでも……悔しい。
 でも、本当に一人になってしまうのも悲しい気がして楊ぜんは言った。
「それでしたら、明日の午前中、一緒にプレゼントを見に行きましょうか。僕も師匠のプレゼントまだ買ってないですし」
「おお、そうだのぉ」
 太公望は嬉しそうににこりと笑った。
 楊ぜんは複雑な気分でにこりと笑い返した。

     ☆

「ちょっとぉ、楊ぜん! 聞いたわよ! 開けなさいっ!」
 夜になると蝉玉が楊ぜんの部屋に殴りこんできた。
「何? こんな夜中に周りの人に迷惑だろう?」
「周りの人なんかどうでもいいわ! 問題はアンタよ!」
 蝉玉はびしぃっと楊ぜんを指差した。
「寝てる人だっているんだからもうちょっと声抑えて」
「判ったわよ。じゃあ、中入れなさいよ」
「何言ってるんだ。僕は男で、君は女で、その上真夜中じゃないか」
「でも、私、叫ぶわよ」
 楊ぜんは仕方なく蝉玉を部屋に上げる。それから、ドアを全開にして固定し、窓も全開にした。
「何よ。寒いじゃない。あんたは昭和のお嬢様なわけ?」
 私が襲うわけないじゃないのと蝉玉はおかんむりだ。
「仕方ないだろ、君が入ってきたんだから。君だって僕と変な噂が立ったら嫌だろ」
「ふん。まあいいわ。それより私、あんたに聞きたいことがあってきたの」
 きっと蝉玉は楊ぜんをにらみつける。
「あんたイヴに崑崙に帰ることにしたって本当?」
「本当だよ」
「どうしてよ」
「別に……どうだっていいじゃないか、急に師匠の顔が見たくなっただけだよ」
「クリスマスイヴに?」
「クリスマスは家族と過ごす日でもあるわけだろ。僕にとっての師匠は家族と同じだよ」
 楊ぜんは蝉玉から視線をそらしてそういった。
「君だって明日は楽しいデートなんだろ、わざわざ僕たちのことに首を突っ込まなくても……」
「そうよ。でも、あんたたちがそんなだと、楽しいデートも楽しくなくなっちゃうじゃない。私、おせっかいなのよ。判ってるわよそれくらい……」
 尻すぼみに小さくなっていく蝉玉の言葉を聞いていると、だんだん楊ぜんも申し訳なくなってくる。
「ごめん。でも蝉玉君が心配してくれる必要はないよ。楽しんでくるといいよ」
「ねぇ、考え直してよ、楊ぜん。クリスマスは崑崙にはないでしょう? 太公望が好きなんでしょう?」
 だけれど楊ぜんは首を振った。
「僕たちまで、地上の風習に染まる必要はないんだ」
「おやすみ、楊ぜん」
 小さく言って蝉玉は部屋から出て行った。窓やドアを開け放ったせいでうんと寒くなってしまった部屋のように、楊ぜんの心の中も冷たくて冷たくて凍えそうだった。

      ☆

 翌日は静かに目が覚めた。楊ぜんは特に普段と変わる様子もなく身支度をして城門の前で太公望を待つ。現れた太公望もいつもどおりだった。
「おはようございます。太公望師叔」
「おはよう。楊ぜん」
 しかし、街は違っていた。クリスマスムード一色だった。ずっと仕事にかかりっきりでろくに城の中から出なかった二人が気付かなかっただけだ。
 大通りにはイルミネーション。街角にはクリスマスツリー。店の前にはサンタクロースや雪だるま。そして何より、カップルであふれかえっていた。
「すごいのぉ」
 圧倒された二人は当初の目的を果たすためおもちゃやさんへ向かう。店の前ではサンタクロースに変装した店員が風船を配っていた。
「メリークリスマス!」
 子供と間違えられた太公望は思わず風船をもらってしまう。真っ赤な風船をゆらゆら浮かばせて太公望はご機嫌だ。
「あれが良いのぉ」
 天祥へのプレゼントにぬいぐるみとそれからパーティグッズコーナーでさっき店員の着ていたサンタクロースの衣装を買って準備は万全。ただ、レジの前には長い長い行列ができており、太公望と楊ぜんはすっかり疲れ果ててしまった。
「クリスマスと言うのも大変だのぉ」
 喫茶店でお茶を飲むがその喫茶店だって30分も並んで入ったのだ。おまけに店の中はカップルだらけ。楊ぜんはだんだん悲しくなってきた。崑崙へ帰るなんていわなきゃ良かった。でも一人で部屋で過ごすのはもっと辛い。
「次は玉鼎へのプレゼントだな。玉鼎への一番のプレゼントはおぬしが崑崙へ帰ることだと思うが、そういえばおぬし、何時ごろ帰るのだ?」
「もうちょっと、ここにいてもいいですか」
 苦しくなって楊ぜんは言った。一秒でも長く太公望と一緒にいたい。離れたくなかった。
「それは良いが……なにしろどこも混雑しておる。早めに出ないと日のあるうちにつけなくなってしまうぞ」
 小さく頷いて楊ぜんは紅茶を飲む。
「どうした? 元気ないのぉ。ホームシックなのか?」
 太公望が心配そうに楊ぜんの顔を覗き込む。
 淋しい。
「実はな、おぬしにもプレゼントを用意したのだ。ホントは夜のうちにそぉっと置いて、クリスマスに気付くようにしたかったのだが、帰ってこないのでは仕方ないな、今渡しても良いか?」
「プレゼント?」
「今日のわしはサンタさんだからのぉ」
 にこにこと太公望は笑う。
 楊ぜんは膝の上でぎゅっと手を握って口を開いた。
「師叔、あの……僕、欲しいものがあるんです」
「なんだ? もう買ってしまったぞ。仕方ないのぉ。あまり高いものはやれんからな」
 ふるふると楊ぜんは首を振った。
「クリスマスに……あなたが欲しいんです」
「ん?」
 太公望はただでさえ大きい目を余計に見開いた。
 楊ぜんは下を向いて小さくなる。
「崑崙に帰るといったのは……あれは……嘘なんです。ホントはあなたと、一緒にいたいんです。我侭だって判ってるんです。あなたは天祥君と約束があるし。それなのに、僕。でも……ひとりは嫌なんです」
「楊ぜん……?」
「ごめんなさい。やっぱり無理ですよね」
 楊ぜんは立ち上がるとぱっと駆け出した。太公望は慌てて立ち上がる。
「お客さん、お会計!」
 店員に捕まっておたおたしている間に楊ぜんは見えなくなってしまった。

 走って逃げ出したのは拒絶の言葉を聞きたくなかったからだ。それはできぬといわれたくなかったからだ。それを聞いてしまったら最後、どんなに頭では太公望が天祥との約束を破れるわけがないと思っていても、ココロは太公望が楊ぜんを選ばなかったことだけで傷ついてしまう。
 天祥か楊ぜんか。そんな選択を迫っていいわけがないのだ。最低だ。
 このクリスマスの浮かれ騒ぐ人々の中で、楊ぜんだけが惨めで寂しい。クリスマスなんか大嫌いだ。
 人ごみに流されて、いつの間にか楊ぜんは広場の大きなクリスマスツリーの目の前まで来ていた。大きな星があちこちにかかり、電飾がキラキラと光る。誰かの囁き声が聞こえる。
 ――このクリスマスツリーね、1時間に一度くらい全部の電飾が消える瞬間があるの。その瞬間に願い事を唱えると、どんな願いでも叶っちゃうんだって――
 ――ほら、もうすぐ――
 何気なく見上げたツリーの電飾が一瞬すべて消えた。その一瞬の間に。
「師叔……」
 無意識に楊ぜん、呟いていた。呟いていたことすら気付いていなかったかもしれない。
 願いを託し終えたカップルたちは次々と離れてゆく。その流れに、楊ぜんも踵を返した。
 崑崙へ帰ろう。師匠に会いたい。
 ぐいっと顔を上げる。そして。
「師叔……」
 その顔を見つけた。
「だあほめ」
 走って楊ぜんを探し回ったのか、その顔は真っ赤になっていた。息が荒い。楊ぜんを見つめて一直線に向かってくる。
「わしはサンタさんだぞ」
 ずかずかと歩いてきた太公望は思いっきり背伸びをしてぎゅうっと楊ぜんの首に手を回して抱きついた。
「それくらいの願い、簡単にかなえてやるわ!」
「師叔……あの……」
「天祥にはサンタさんがプレゼントをやると言っただけだ。枕元にこっそり置いてくればそれで良い。おぬしもベッドで待っておるのだぞ」
「べ、ベッド?」
「プレゼントは枕元と相場が決まっておるではないか。それにおぬし、わしが欲しかったのであろう?」
「え、違、そういう意味じゃ……」
「わしにはそういう意味に聞こえたがのぉ。随分大胆に誘うようになったのぉ」
「違いますよ、それは、あなたが勝手に……」
 ぐいっと楊ぜんは太公望の胸を押した。
「とにかく、恥ずかしいです。こんな公衆の面前で……」
「え……あ……」
 確かに、いつもは他人のことなんかどうでもいいとばかりに自分たちの世界を作り上げているはずのカップルたちが、何故か興味津々に二人を見ている。さすがの太公望も引きつった笑いを浮かべた。
「逃げましょう、師叔」
「そ、そうだのぉ」
 二人はぱたぱたと駆け出した。

      ☆

 夜。楊ぜんはベッドの上で太公望を待つ。ひたすら待つ、自分に言い訳しながら。
 違う。期待してるわけじゃないんだ。そういうことをしたいわけじゃないんだ。ただ一緒にいたかっただけなんだ。誘ったわけじゃないんだ。いや、誘ったけど、でもそーいうことを誘ったわけじゃなくて。ああっ、もう!
 でも、だけど、師叔、早く来ないかな。
 蝉玉君に謝らなくちゃ。
 クリスマスって、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、結構いいかも。

 結局、サンタさんの正体を暴いてやると張り切る天祥君のおかげで太公望はなかなか黄家宅を抜け出せなかった。
 太公望が訪れた頃には楊ぜんはすやすやと深い眠りについていた。頬に小さくキスを落としても楊ぜんは起きようとしない。揺り起こそうと仕掛けた手を止め、太公望はそっと楊ぜんの隣に滑り込んだ。
 クリスマスの朝はプレゼントで一日が始まるのだ。

end.

novel.