蜥蜴



第八章 三番目の蜥蜴



 その日。楊ぜんは、普賢真人の持ってきてくれた着物を着ると彼と一緒についさっきホテルに帰った。ホテルで大騒ぎになっているとすれば仕方がないし、普賢真人がずっとついていると宣言したからだ。
 太公望は一人事務所で普賢真人が調べてくれたメモを読んでいる。家族構成まで聞いたのはほんの老婆心だったが、しかし。
「これは……あまり、聞かせたくないのぉ。楊ぜんには」
 よくもここまで普賢真人は調べたものだ。情報収集なら普賢真人に頼めば間違いない。しかし、一体どうやって聞き出すのだろう。まさか自白剤でもこっそり飲ませるわけではあるま……。
 ありえるか。
 太公望は頭をぶんぶん振ってそのちょっと恐ろしい考えを振り払った。
 そして、そのときいきなり電話が鳴ったので飛び上がるくらいに驚いた。
「心臓に悪いのぉ……。もしもし、こちらは崑崙探偵事務所。探偵はただいま居留守中だ」
「なんだって?だってそこに居るじゃないか太公望君は!」
 なんなのだ。このハイテンションなしゃべり方は。
「お、おぬし誰だ。まず名前をなのらんかっ」
 ったく礼儀のなってない……。
「ああ、すまなかった。急いでいたものでね。僕は貴公子張公明だ」
 貴公子……。
「で、その貴公子様がわしに何のようだ?」
「すぐにそこから出たまえ」
「なんだと?」
「金鰲の秘密を探ることは止めるんだ。しかし、今はそんなことを言っているときじゃない。うちのお嬢さんを連れて早くそこから出るんだ。出たら走れ。全速力だ。君が僕に逆らって死ぬのは勝手だが、うちのお嬢さんを殺すわけにはいかない。そこに居るんだろう」
「おぬし何を知っておる?」
「僕は金鰲の人間だが団長のやり方は好きじゃない。それだけだ」
「わかったとにかくいったん外に出よう」
 電話を切ると太公望は半信半疑で外に出る。趙公明に従ったというよりは、彼に興味があった。事務所に居ても得るところは何もないし、ホテルに戻ってその男と話をしてみるのもいいかもしれない。
 普通に歩いて電信柱一本分ほど歩いたところだっただろうか。
 衝撃がきた。風と破裂音と。
 太公望は急いで振り返る。
 事務所は、燃えていた。窓から火を噴いて。

 これがつまり団長のやり方か。

 太公望と楊ぜんを抹殺するために?

 そこまでして守りたかった金鰲の秘密は。
 結局。それが。
 蜥蜴の正体か。

 太公望は燃えている事務所には見向きもせず、車を拾ってホテルへといそがせた。普賢真人と楊ぜんは無事だろうか。
 そうだ。武吉に電話せねば。

 もう、許してはおけぬ。



     ☆



 ホテルのロビーでは趙公明が待ち構えていた。
「普賢と楊ぜんは無事か?」
 趙公明は軽く笑う。
「団長も自分の周りでことを起こすほど莫迦じゃないよ。事務所はどうなった?」
「燃えておる」
「そうか。金鰲の秘密はわかったのかい」
「おそらく、のぉ。おぬし楊ぜんのことは知っておるのか」
「まあね」
「何故とめなかった?」
「言ったじゃないか。僕は金鰲の人間だ。僕が何を言っても団長にもみ消される」
「済まぬが、団長のところへ案内してはくれぬか?」
「何をするつもりだい?」
「蜥蜴の正体を暴く。わしもおぬしの団長のすることは好きになれぬ」
 趙公明はにやりと笑うとそのまま歩き始めた。太公望はそれについていく。団長の部屋は楊ぜんと同じ、最上階にあった。
 その道すがら楊ぜんと会うことができた。
「良かった。楊ぜん。無事であったか」
 太公望はにっこりと微笑む。
「酷いよ。望ちゃん。僕は心配してくれないんだ」
 脇から普賢真人が口をはさんだ。
「なんだ。おぬしおったのか」
「望ちゃん。あとで逆さ吊りね」
「普賢様」
 楊ぜんが慌ててとりなそうとするのを普賢真人は笑っていった。
「望ちゃん。この子に何とか言ってあげてよ。僕と望ちゃんが恋人なんじゃないかって言うんだよ」
 楊ぜんはふわっと赤くなった。
 太公望は目をぱちぱちさせる。
「だって楊ぜんこれは男だぞ」
 太公望にこれ呼ばわりされた普賢真人は面白くなさそうにばしっと自分を指差す太公望の指を叩いた。
「だって、僕のことも、あなたはその……。だから男とか女とかあんまり気になさらない方なんじゃないかと……」
 恥ずかしそうに楊ぜんは言った。
「うぬぅ。そういう方面のことを否定する気はないが……。わしはこやつの性格を知っているから手を出す気にはなれぬのぉ」
 普賢真人はじろりと太公望をにらんだ。
「そんなことしてたら今ごろ簀巻きになって魚の餌にでもなってるんじゃない?」
 太公望はわずかに冷や汗を流し楊ぜんは真っ白になった。
「それより望ちゃん。事務所で考え事するんじゃなかったの?もう。犯人がわかったとか?」
 けろりと普賢真人は話をかえる。
「犯人など端っから分かっておる。だが、そのことなのだがのぉ、普賢。事務所は燃えたよ」
「は?」
「火を掛けられた。おそらくガス爆発でも装ったのであろう」
「嘘ぉ。あのソファー気に入ってたのに」
「蜥蜴だ」
「蜥蜴?イメージに合わないけど。蜥蜴って暴力的なことはやらない気がする」
「うぬ。三番目の蜥蜴だ」
「さんばんめ」
「妲己の手下ですか?」
 楊ぜんが口をはさむ。
「妲己って」
 普賢真人が声をあげる。
 太公望はそれを制した。
「いや。それとは別だ。だが、根っこは同じだし、ある意味それが大本だ」
「望ちゃん。わけわかんないよ」
「わしは、今から蜥蜴を退治に行く」
「太公望君、まさか、団長が蜥蜴だとでも言うのかい?」
 今まで黙っていた趙公明がゆっくりと口を開いた。
 楊ぜんが息を呑む。
「僕も……僕も行きます」
「来ないほうが良い。おぬしはきっと傷つくから」
「それでも。僕がやったことの最後は僕が見届けます」
 真剣な瞳で楊ぜんは太公望を見つめる。太公望は仕方なさそうに頷いた。
「おぬしの好きにすると良い」

 だが。

 だが、この事件の根本は楊ぜんが生まれるずっと以前から始まっているのだ。



      ☆



「なんの用だ。趙公明。こんなに大勢連れてきて」
 通天教主の部屋はほぼ楊ぜんの部屋と同じつくりだった。考えてみれば妙なことだ父親と娘が別々の部屋をわざわざとるなんて。
「お父様。太公望先生がお話があると」
「楊ぜん?」
 通天教主は眉をひそめる。
「先生はもう、何もかにもご存知です」
 太公望は一歩踏み出した。
「ったく。人の事務所をふっとばすとは……。修理代と慰謝料はきっちり払ってもらうからのぉ」
「何の話だ?」
「ほぉ、とぼけおって。おぬしがわしの事務所を吹っ飛ばしたのはわかっておる。わしが楊ぜんの秘密を知ったからか?娘もろとも消してしまわなければならないほどの秘密も、わしがすべて暴き立ててやるから覚悟せいっ」
「わけがわからん。根も葉もない中傷だ。帰ってくれ」
「それはどうかのぉ。少なくともおぬしが楊ぜんにした罪は消えることではあるまい。調べさせたが、おぬしと楊ぜんは実の親子なのだのぉ。そうでなければ、まだ救われたが」
「何の話だ?」
「とぼけないでくださいっ!」
 悲鳴のような声がした。楊ぜんだった。
「お父様は僕を……あなたは……」
「楊ぜん、よい。止めよ」
 あまりの痛々しさに太公望がとめに入る。が。
「よくありません!この人は……。この人は僕を無理やり……無理やり慰み者にしたのです!」
「楊ぜん。もういいから」
 普賢真人がそっと楊ぜんの肩を抱きしめた。
「愛し合うもの同士の抱き合うののどこが悪い?それがたまたま親子だっただけのこと。楊ぜん、愛しているよ。おまえだって本当はお父様を愛しているはずだ。私を困らせたくてそんなことをするのだろう。太公望のこともそうだ。悪い子だよ、楊ぜん。事務所を焼いたのは確かに私だ。おまえにはおしおきが必要だった」
「おぬしはどこまで自分勝手なのだっ!」
 たまらなくなって太公望は叫ぶ。
「それにおぬしの愛しているのは楊ぜんではない!」
 通天教主は太公望をみる。
「おまえは楊ぜんを抱いたのか」
「な……?」
「おまえはこのかわいそうな化け物を愛せるのか?」
 楊ぜんはぎゅっと唇をかみ締める。
「楊ぜんは化け物などではない。ちと珍しいがただの病気だ。半陰陽という。病院に行けばすぐにわかるし、手術で直すこともできる」
 太公望は楊ぜんに向かってにっこりと微笑んだ。
「だから、おぬしは化け物などではないよ」
 楊ぜんはそっと、両手で顔を覆った。
 太公望は通天教主に向き直る。
「そうだ。楊ぜんの病気は病院に行けばすぐにわかったはずだ。それなのにどうしておぬしは楊ぜんを医者に見せようとしなかった?おぬしは楊ぜんの病気がなんなのか、知っていたのではないか。知っていてわざと医者に見せなかったのではないか?」
 通天教主は黙っている。太公望は話を続ける。
「半陰陽は偶然でももちろん起こるが、その確立が高くなる場合がある。おぬし、年の離れた妹がおるな。名は妲己という。14で実家を出奔しておる。今から16年前の話だ」
 楊ぜんは目を見開いて太公望を見つめた。
「太公望先生。まさか……」
 太公望はこくりと頷いた。
「金鰲の家は旧家だそうだな。そういう家では起こりがちなことだが、血を濃くしようと近親婚を多くする。半陰陽が現れやすくなるのはまさにこの近親婚を繰り返した結果だ。それだけでも、半陰陽の子供が生まれる率はかなり高くなる。まして、楊ぜんは、おぬしと妲己。親子の次に血の濃いもの同士の子供であろう」
「そんな……」
 楊ぜんは手をぎゅっと握り締めてつぶやいた。
「本当なのですか、お父様!」
「言っただろう。愛し合うもの同士が抱き合うことのどこが悪いと」
「ほぉ、開き直ったか。しかし、当の妲己はまだ14歳。おそらくこっそり楊ぜんを産んだあと家出同然に家を飛び出しておる。とても愛し合った結果とは思えぬのぉ」
「気持ち悪い……」
 こっそりと普賢真人がつぶやく。
「おぬしが隠したかったのは、金鰲の近親相姦の歴史だ。こんなもの、表に出したら金鰲はそれだけで終わりだからのぉ。だがこれはすべてわしが暴いた。さぁおぬしはどうする?さらにおぬしのしたことは、もっと別の悲劇を増徴することになる。今世間を騒がせている蜥蜴は妲己だ」
「ほぉ、あの妲己は生きているのか」
 通天教主の顔が不意に輝く。普賢真人は顔をそむけてその様子を視界から追い出した。
「では。僕の母とは……」
「済まぬ。楊ぜん。おぬしには聞かせたくなかったのだが」
 だが、楊ぜんと妲己。並べてみれば違いのほうが強すぎてかえってわからないが、しかし。奇妙な符号。確かにこの二人は似ているのだ。
 楊ぜんは蒼白な顔で自分の父親を見つめている。にらみつけている。どきりとするほどに、美しい。

 そのとき、声が響いた。

『ひどいじゃない。太公望ちゃん。わらわを抜きにして話を進めるなんてん。それじゃあ名探偵は勤まらなくてよん』

next.

novel.

※ 近親相姦と半陰陽のくだりは、捏造です。