ずっと一緒に。
〜前編〜
とんとん。
ちょっと気取って姫発はドアをたたく。いつもはだらけた莫迦殿だけど、きちんとした格好でピシッと決めるとなかなか格好良かったりするのだ。いつもはさっと通り過ぎてしまう女官も、今日ばっかりはちょっと違う。振り返って、あら。という感じで姫発を眺める。
だけど今日の姫発の目的は、そんなちょっとかわいいだけの女の子じゃない。目的の人はドアの向こう。長い髪の、女なんか目じゃないってくらいの美人。いや、仙人は人じゃないか。でもまあそんなことはどうだっていい。相手が超プリンちゃんだってことにかわりはない。
とにかく今日こそは楊ぜんを振り向かせるのだ。
早朝ならいつも楊ぜんにくっついてるお邪魔虫だっていないハズ。
かちゃん、と音がしてノブが回る。
「なに。武王……?」
でてきた楊ぜんはちょっと迷惑そうだ。久々のOFFに朝っぱらから起こされたんだからあたりまえ。今まで寝てたんだろう、髪の毛もなんだかぼさぼさ。目がとろんとしてて、ちょっと色っぽい。はっきりいっちゃ悪いが趣味の良くない変な柄のパジャマも、楊ぜんが着れば可愛く見えた。それに軽く開いた襟元から真っ白な胸がちらちら覗けちゃったりするのだ。早起きしたのは大正解だった。
しかし、ここで鼻の下なんか伸ばしてプリンちゃーんなんて飛びついたら、ただのヘンタイ。嫌われることウケアイである。姫発だって少しは学んだ。女の子に平手打ちされるくらいなら平気だが、哮天犬をぶつけられると目の前にお星様が飛ぶのだ。
「なぁ、楊ぜん。今日ひまだったらさ、俺とデートしない?西岐の街を案内するぜ」
楊ぜんはちょっと考えてるようである。あともう一押し。
「たまには下町歩いてみるのもいいんじゃねーの。昼飯おごるからさっ」
そのとき。
「ほおぅ。おぬしがおごってくれるのだなっ」
下のほうから変な声がして、姫発は嫌な予感を覚えた。見たくねーなーと思いつつも視線を下におろして。そして見たくなかった物を見つけた。
楊ぜんの後ろで、嬉しそうににんまりしてる周軍軍師サマ。
「……何で太公望がここにいるんだよ……」
姫発の心の叫びを無視して、太公望は言った。やけに嬉しそうに。
「楊ぜん、行こう」
それだけならまだしも楊ぜんにぎゅうっと抱きつく。
「やん。やだ、師叔ったら、武王が見てますよ」
「よいではないか」
それじゃ、時代劇の悪代官である。が、楊ぜんもまんざらではなさそうに、お義理程度にぺしゃっと軽く太公望の手をたたいただけだった。
「駄目ですよ、師叔」
目が笑ってる。全然駄目って感じじゃない。
「太公望。お前楊ぜんから離れろっ」
いらいらしてきて叫んだ姫発に太公望は優越感いっぱいにいう。
「なんだ、姫発。男の嫉妬はみっともないのぉ」
「駄目ですよ。師叔。そんなこといったら武王が可哀想ですよ。武王だって師叔のこと好きなんだから」
生真面目な顔で楊ぜんはトンチンカンなことをいった。あんまりといえばあんまりな誤解に武王が固まってる隙に太公望がいう。
「おぬしそんな趣味があったのか……気色悪いのぉ」
楊ぜんの後ろに隠れる振りをして、またぎゅうっ。
「ちがぁうっ。俺が好きなのは楊ぜんだっ!大体、どさくさにまぎれていちいち楊ぜんに抱きつくなっ」
「いちいち抱きついておるのではないっ!いちいち抱きしめておるのだっ」
そんなのどっちだって同じようなものだ。大体朝から人の部屋の前で叫ぶことじゃない。ハズカシクって楊ぜんは真っ赤になった。
「とっ、とにかく朝は近所迷惑ですからもう少し静かな声で」
「ああ、そうだな、悪かった。楊ぜん。じゃ、さ。一刻したら迎えに来るからしたら、二人っきりで食事しよーぜっ」
二人っきりを強調して武王はいう。楊ぜんが返事を返す前に姫発は部屋を出て行った。こうすれば几帳面なところのある楊ぜんが出かけざるをえなくなるのが解っていたので。
部屋に残された楊ぜんはきょとんとする。
「師叔。どうしましょうか」
「あやつ、わしを邪魔者扱いしおって。よい。楊ぜん。一緒に行こう」
「でも武王は二人っきりって……」
「おぬしは武王と一緒に歩けばよかろう。わしは単独でおぬしの隣を歩く」
思いっきりな屁理屈を言って、太公望はにまぁっと笑う。
そういえばこのごろ、楊ぜんに付きまとう虫が増えてきた。退治するにはちょうどいい機会かもしれない。
☆
一刻して姫発が楊ぜんの部屋で見たものは……寝台の上でじゃれてる太公望と楊ぜんだった。
「あ、武王すみません。師叔が支度を邪魔するから……」
「何をいうか、支度を手伝ってやっておるのだろーが」
そう言って、太公望はふざけるように楊ぜんを軽くたたく。左手に櫛を持っているということは、髪をすいてやってるということだろうか。楊ぜんの髪の毛はどうやって編んだのか聞きたくなるくらいのぼさぼさのミツアミもどきになっていた。ちなみにどうして寝台の上で髪をセット――本人達がそう思っているならば――しているのかは、まったくの謎である。
「もぉ、師叔やめてください。髪なんか結わなくていいですから」
「しかしもう少しで完成するのにのぉ……」
太公望は残念そうだ。一体何を完成させるつもりなんだろう。姫発は不思議に思ったがあえて聞かなかった。
ぐしゃぐしゃにかき回された髪ももともとストレートな素直な髪だから、櫛で梳いてやれば元に戻る。何もしなくったって楊ぜんは十分可愛い。最も、着ているのがいつもの道服というのは少し残念だ。なんなら、楊ぜんに似合いそうなもっと上等な服を買ってやったっていい。
お財布の中身、というよりも借金先のリストを頭の中で思い浮かべながら大丈夫、まだ買える。と姫発は思った。
「じゃ、いこうぜ、楊ぜん。太公望なんかおいといてさ」
いうと楊ぜんはちょっと戸惑ってからこくりと頷く。
「楊ぜん、楽しんでまいれよ」
太公望が声をかけたので、姫発はちょっと不安になる。何考えてるんだか知らないけれど太公望はそんなに聞き分けのいい性格ではなかったような気がするのだ。
「おお、そうだ忘れておった」
にんまり笑ってパタパタ楊ぜんに手招き。ぎゅうっと抱きついて――太公望風に言わせれば抱きしめて――チュッとキス。しかもマウストゥーマウスで。おはようのキス。
楊ぜんはぽっと頬を染める。
「やだ。師叔。人前でそんな」
慌てる楊ぜん。よけなかったくせに。
一切のやり取りを見なかった振りをして、姫発は部屋から半ば強引に楊ぜんを連れ出した。
☆
そして、姫発の楊ぜん連れ出してお昼おごって、ちょっと遠出なんかして、そしたら帰るのが遅くなって、船宿かなんかで酒飲んで、ふんわりいい雰囲気になったところをいただいちゃおうという、ありがちな計画が始まった……はずだった。
が。
姫発は自分の右隣で微笑んでるかわいい楊ぜんと、その隣で楊ぜんと手なんかつないで歩いてる全然可愛くない太公望を見てうんざりしたようにいう。
「何で太公望がそこにいるんだよ」
「おお、姫発。奇遇だのぉ。わしもちょうどこっちのほうに用事があるのだ」
しらっと太公望は言ってのける。
「だからってなんでそんなにくっついて歩いてんだよ」
「よいではないか。どうせ方向は同じなのだから」
全然良くない。
なお頭に来ることに、楊ぜんまで太公望にもたれかかるように歩いているのだ。はじめは人目があるからとか言ってたくせに、太公望が肩に手を回すと嫌がるそぶりすら見せなかった。ようは口だけなのである。
肩を抱くっていったところであの身長差。どう見たって歳の離れた姉と弟。歩く姿はかなり滑稽だが、二人は全然気にする様子もない。
悔しいから、太公望の手の上からでも楊ぜんの肩を抱いてみたら、お邪魔虫太公望にぎゅうっと二の腕の内側をつねられた。
「何すんだよ、てめぇっ」
「よーぜんはわしのものだ」
「やだ、そんな、師叔ったら」
そしてまたいちゃいちゃ。
姫発は今度は自分の左隣を睨みつける。
「だっておごってくれるんだろ」
そう言ってにやっと笑った韋護は、だけど目は笑ってなかった。大体ごちゃごちゃした人ごみは嫌いだといって昼寝ばかりしてる男が進んでごちゃごちゃした人ごみに出てきたからには何かお目当てがあるわけで……、そして視線の先には楊ぜん。つまりこいつも楊ぜん目当てなのである。
「いつ俺がお前におごるっていったんだよ」
姫発としては当然面白くない。しかし韋護の次の台詞はさらに面白くなかった。
「だって、今日は武王が城中のもんに昼飯おごるから、みんな好きなもん出前取れって太公望が吹聴してたぞ」
「なっ……。どういうことだ、太公望!」
問いただしながらも、今城には何人勤めてたっけ、と計算に入る。女官に文官に……ああっ、それに今は崑崙の連中まで居候してるじゃねーかっ。
しかしこたえたのは楊ぜんだった。
「みんな喜んでましたよ」
にっこり笑って場の空気なんかものともせずそんなことを言うのだ。
そして、その台詞のせいで、姫発は、城中の奴におごってやるだなんて俺は一言も言ってねーぞっ、という台詞を言い損ねてしまう。
だって男にはプライドというものがあるのだ。
この場合には邪魔にしかならないプライドというものが。
next.
novel.
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