ずっと一緒に。



〜中編〜

 

「おいっ。太公望。それに韋護っ。お前らいつまでついてくる気だよっ」
 せっかくの休日なのにこれじゃ計画が台無しである。姫発はいらいらして叫んだ。
「仕方なかろう。方向が一緒なのだから」
 にへら〜っと、しまりのないかおで笑って太公望がこたえる。
「いいじゃん。細かいこと気にするなって。楊ぜんも大勢のほうが楽しいよなっ」
 最後には韋護まで、そんなことを言い出した。姫発と楊ぜんを二人っきりにするよりは、太公望に加勢するつもりらしい。ようは三人で足を引っ張り合ってるようなものだ。
 楊ぜんはちょっと考えてからこたえる。
「そうですね」
 韋護君のおやじギャグはサムイけど、と心の中で付け加えながら。
 姫発と太公望が牽制しあってる中で韋護はといえば、ひたすらくだらないギャグを言いつづけていたのである。韋護としては楊ぜんの気を引こうとしたのかもしれないが、あいにく楊ぜんはそれに気づかなかったようだ。
 つまり暇なんだ。この人。
 代わりに楊ぜんは韋護にそんな評価を下した。
「腹が減ったのぉ〜。姫発。アンマンが食いたい」
 にまっとわらって太公望は店先を指差した。
 朝から何にも食べてないから、確かにおなかがすくのだ。
「何で俺に言うんだよ」
 楊ぜんにならともかく、その楊ぜんにくっついてる太公望におごってやるなんてまっぴらごめんである。
「だって、おぬしがおごってくれるのであろう。のう楊ぜん。姫発は気前がいいのぉ」
 完全に確信犯な太公望はにょほほ〜と笑った。
「師叔。あんまり武王にばっかりお金使わせちゃ悪いですよ」
 楊ぜんが生真面目な顔でそんなことを言う。そしてそんなこといわれたら、普通の男は十中八九こう言っちゃうのだ。
「いいって、楊ぜん。気にするな」
 それにアンマンも買えないくらいケチな男だとは見られたくない。
「そう。じゃ、俺も食う」
「ちょっとまて、韋護」
 誰がお前にも買ってやるっていったんだ。
「だっておごってくれるんだろ」
 韋護もにんまり笑った。
「いいじゃん、武王。気にするなって」
 チクショウ。グレてやるぅっ!姫発は頭の中で叫んだ。でも、我慢。それもこれもすべては楊ぜんとのデートのためである。好印象を勝ち取らなきゃ、ディナーもその後もありえない。この期に及んで姫発はまだそんな夢を抱いていたらしい。
 それに。
 あまいぞ太公望、それに韋護。姫発は頭の中で叫んだ。
 まだ奥の手があるのである。


 

   ☆


 

「楊ぜん、そろそろ腹すかねーか」
 何気なさを装って姫発は声をかける。この辺はちょっとお洒落なデートスポットで、城に暮らしているものの完全におのぼりさんな楊ぜんは、きょとんと辺りを見回していた。仙界暮らしではこういう町は珍しいのだろう。こういうところもカワイイのだ。
 しかし、姫発の呼びかけは完全にバッドタイミングだった。
「でも今、アンマン食べてますから」
 そう。さっき買ってやったアンマンで姫発の計画はまた一つ崩れたのである。本当はこの辺りでちょっとおなかが減ってくるだろうってことを見越して最近おいしいと評判の店に予約入れておいたのに。食い意地のカタマリみたいな太公望がなぜか楊ぜんにアンマンを半分渡したせいだ。
 ちなみにこの街でアンマンぱくついてる、一見美女、実は男、というのはやっぱり珍しかったらしく道行く人々が振り返ってみる。
「もっといいもん食いたいとかおもわねー?俺さ、ちょっといい店に予約入れといたんだよね」
「え、でも」
 戸惑う楊ぜんは太公望と韋護を気にするように見たが姫発はあえて無視した。
「大丈夫だよ、俺ちょっと顔が利くからさ、生臭なしでも作ってくれるって。さ、いこうぜっ。よーぜん」
 楊ぜんの腕をつかんでずんずん歩いていく。当然のごとくついてくるお邪魔虫二人に振り返ってにんまり笑った。
「わりーな、二人とも。二人分しか予約入れてねーんだよ」
 むぅっと太公望が困った顔をしたので、姫発は頭の中でガッツポーズをした。
「師叔」
 楊ぜんは振り返って淋しそうに太公望を見る。
「お別れですね」
 まるで家のために恋人と別れて好きでもない男と結婚させられるありがちな悲劇のヒロインみたいだ。
「楊ぜん。必ずおぬしを迎え行くから」
 太公望はぎゅっと楊ぜんの手を握る。
 しかしここで離れては姫発の思うつぼである。楊ぜんと離れるわけには行かない。なんとかついていかなくては。
「楊ぜん、わしとはなれるのはさびしいか?」
 完全にその場の雰囲気に飲まれた楊ぜんはこくんと瞳を潤ませて頷いた。
「さびしいです」
 太公望はじぃっと楊ぜんの瞳を見つめる。楊ぜんは意外と流されやすいのだ。だからこれはもはや、催眠術のようなものである。後ろでごちゃごちゃわめいてる姫発や韋護の声なんか聞いちゃいない。
「どうしても、一緒にいってほしいかのぅ」
「ずっと一緒にいてください」
 こくん、と楊ぜんは頷く。
「すまぬのぉ、姫発。楊ぜんはわしから離れたくないといっておる」
 優越感いっぱいで太公望がいった。
「あんた楊ぜんに何したわけ?」
 韋護に突っつかれたが知らない振りをした。
 もう、うんざりといった口調で姫発は言う。
「ついてきてもいいけどよ。予約入れてないから二人とも昼抜きだぜ」
「うむぅ……」
 グルグルなるおなかを抱えて太公望は考える。
 だけど楊ぜんには代えられないのだ。
「かまわぬっ」
 断腸の思いで太公望は叫んだ。


 

   ☆


 

 これからどうしたものかのぉ。
 姫発につれてかれた、というか楊ぜんについていったちょっとお洒落なレストランで太公望は考える。
 実は、姫発の「楊ぜん口説いていただいちゃおう」というくだらない計画とほとんど同時進行で、それに輪をかけてくだらない太公望の「二人でいちゃついてるところ見せびらかして楊ぜんについて回る悪い虫を退治しよう」と言う計画もスタートしていたのだ。
 しかしのぉ……。わしも楊ぜんもあんまりべたべたするのは趣味じゃないからのぉ。いざいちゃつくとすると何をすればいいものかのぉ。解らぬのぉ。
 マジで太公望はそんなことを悩んでいたのである。
 とりあえずくっついておればよいのかのぉ。
 ためしに太公望は楊ぜんの腰の辺りをなでまわしてみた。
「きゃっ。ちょっと師叔っ。何するんですかっ」
「どうした、楊ぜん」
 姫発が聞いたが楊ぜんは恥ずかしかったため何もいわなかった。
 うぬぅ。
 太公望は考える。
 これではいちゃつくというより単なるセクハラだのぉ。これ以上やるときっと嫌われてしまうのぉ。
 しかし、何をすればいいのだろう。いっそ姫発みたいに楊ぜんにプリンちゃーんと抱きついてみようか。
 太公望がプリンちゃんについて真剣に検討し始めたころにまたおなかがきゅるきゅるなった。
 しかし腹が減ったのぉ。うまそうだのぉ。
 太公望は楊ぜんと他の二人の料理を見つめる。韋護だって昼抜きのはずだったのだが、姫発と楊ぜんのところに料理が運ばれてきたあと、ウエイトレスがこっそりやってきて。
「あ……あのっ。崑崙の道士さまですよね。これ、サービスです」
 なんてどもりながらも赤い顔して、野菜サラダを置いていったのだ。ちなみに太公望のところには何もなし。
 なぜだっ。わしだって崑崙の道士なのに。
 世の中はつくづく不公平なものなのである。
 姫発は軽く、韋護を突っつく。
「なぁ、今の子、割と可愛かったじゃん」
「んー。そう?」
「そうって……」
「俺、顔は関係ねーから」
 韋護はそう言いつつも楊ぜんにウインクを送るという矛盾した事をした。
「どうしたの、韋護君。目にごみでも入った?」
 が、これも伝わらなかったようである。
「いや……。そういうとこも、あんた可愛いよ……」


 

 楊ぜんファンはよっぽど抜けてるか、寛容じゃないとやってられないらしい。


 

 一方おなかの減った太公望は、じぃーっと楊ぜんの料理を見つめてたりする。太公望にしては悪気はなかったのだろうが、こういう事をされるととても食べにくい。
「師叔。僕のぶん半分あげましょうか」
 しかたなく楊ぜんはそう申し出たが、太公望だって一応男の子なわけで、それなりに意地もある。さすがに楊ぜんからたかることはできない。
「よいよ、楊ぜん。そんなに腹は減っておら――」
 ぎゅるるるるぅ〜っ。しかしそんなときに限っておなかが威勢よくなちゃったりするのである。
「師叔」
 ちょこんと楊ぜんは首を傾げる。
 今のはきっと絶対聞かれた。ハズカシクって顔に血が上るのが解った。
 ううっ。みっともないのぉ。
 くすっと楊ぜんが笑う。お箸でプチトマトをつまんで。
 きょとんとした太公望に。
「師叔。口開けて」
 開いた口の中にプチトマト。
 くすくす笑って楊ぜんがいう。
「昔こうやって師匠が食べさせてくれました。うーんと小さいときですよ」
 そしてまた。
「あーん」
 あーんと太公望も口を開く。
 これは格別にうまいのぉ。と太公望はご満悦。料理がおいしいのか、楊ぜんが食べさせてくれるからなのか、それともその両方なのか。
「よーぜん。今度はそこの杏仁豆腐が食べたい」
「解りました。はい、師叔あーん」
「うまいのぉ」


 

 ちなみにこの間姫発と韋護が何をしていたかというと……。二人とも、見ない振りをしてやけ食いしていた。だって延々三十分にわたってこんな光景を見せ付けられたのである。並みの神経では耐えられない。
 おいっ、と姫発が韋護を突っつく。
「太公望のやろう、夜襲かけて簀巻きにして東京湾に沈めてこねーか?」
「俺はかまわないけどさ。殷周革命はどーすんの」
 うっ、と姫発はつまった。楊ぜんと革命。天秤の針が頭の中でゆれている。
「終わったらってのはどうだ?」
「解った」
 そして密約は結ばれた。


 

 そのころ幸せな恋人たちは。
「はい師叔。さくらんぼですよ」
「あーん」
 ……まだやっていたようだ。
「やだぁ」
 くすっと笑って楊ぜんはいう。
「師叔。頬に何かくっついてますよ」
 白くってきれいな指を伸ばしてごしごしこする。
「おお、すまぬのぉ楊ぜん」
「師叔ったら子供みたい」
「何を言うか。おぬしのほうが子供ではないか」
「嘘ですよ。僕のほうが年上なんです」
「ほおぅ。では夜一緒に寝てやらなくてもよいのだな。ぬいぐるみのひつじさんも要らぬのか?」
 姫発と韋護はぴたっと止まる。前半の台詞はとりあえず置いといて。ぬいぐるみのひつじさん抱いて眠る楊ぜんっていうのは結構……。
 にへらぁっと顔が緩んだ。
「駄目ですよ。いっちゃ」
 楊ぜんはすねる。
「でもね、師叔。夜一緒に寝ると、師叔、僕にイタズラするでしょう。ああいうのって、子供っぽいです」
「子供のぉ〜」
 太公望はにへら〜っと意味深に笑う。


 

 姫発と韋護は……精神的に封神されたようである。

next.

novel.