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1st. 出会いはいつも唐突に
「だからっ。そういうものを学校に着けてきちゃいけないって生徒手帳に書いてあるだろっ」
楊ぜんはそういって王天君を睨みつけた。3年A組。廊下の真中である。
「るっせえんだよ。そんなもん読んでんのキサマくれーだろうがっ」
「この学校の生徒なら読め。ちゃんと読んで丸暗記しろっ!」
「はあ?」
生徒たちは楊ぜんと王天君を取り囲んでいる。楊ぜんは長い髪を一つに束ねた美少年。対する王天君は不良そのものといった態だ。
「楊ぜん、止めとけよ」
一応学級委員の姫発が止めに入る。
「嫌ですよ。僕、生活委員なんですからねっ」
楊ぜんはほんの少し嫌味を込めて姫発を睨んだ。2年までずっと学級委員だった楊ぜんは3年になってわずか一票差で姫発に負けたのだ。
「とにかく、先生に相談して」
「どうして、この莫迦が目の前にいるのに先生に相談しに行かなきゃなんないんですかっ」
楊ぜんは膨れて姫発を睨む。
「だから、おまえは、危機感がないって言うか、いくら幼馴染だからってさ」
楊ぜんと王天君は家が隣同士である。ちなみにこのクラスでまともに王天君としゃべれるのは楊ぜんくらいしかいなかった。
「何やってるんですか、そこ」
声をかけたのはもう一人の学級委員の邑姜。
「もうすぐ、朝礼が始まるんだから早くしなさい」
「朝礼?」
楊ぜんはきょとんとした。
「おう、教育実習生がくるんだとよ。このクラスにも来るらしいぜ」
「へえ」
楊ぜんはしみじみといった感じで姫発を眺める。
「だから、そんな奴にかまうなって、おじょーさん」
「お嬢さん?」
じろりと姫発を睨む。お嬢さんというのは影で囁かれる楊ぜんのあだ名で、実は去年の文化祭で無理矢理セーラー服を着せられたのが所以だった。
「あ、いや。それはだな」
姫発は笑ってごまかそうとし、その頭に思いっきりスリッパが命中した。
「何やってるんですか。早くしなさい」
「邑姜てめぇっ!」
姫発は恨めしそうに邑姜を睨み、それから楊ぜんへ向き直った。
「とにかく早く行こうぜ」
「あ、うん」
楊ぜんはこくんと頷いて、王天君を振り返る。
「ちゃんと、ピアスは外してくるんだよ」
王天君は楊ぜんの話を聞いた様子もなく、楊ぜんの顔を見ようともしなかった。
「言ったってどうせきかねぇよ」
「もぉ」
楊ぜんは仕方なく、姫発と一緒に歩き出した。
☆
「……それで、これから二週間皆と一緒にやっていくことになった太公望だ。皆よろしく頼む」
SHRの終わりに、やけに偉そうな口調で教育実習生は話を終えた。
楊ぜんはぼんやりと教育実習の先生を眺める。まず背が低い。下手をすると中学生にでも抜かれそうだ。ついで目が大きい。切れ長というよりも縦に長い。はっきり言って童顔である。子供のようだ。一部女子生徒から可愛いっという声が漏れた。本当に大学生だろうか。
教育実習の太公望先生は一通り教室を見回した後楊ぜんの方を見る。楊ぜんは目が合わないように、わずかに視線をそらした。たまにいるのである。ちょっと目が合っただけで自分に惚れているのだと思い込んでくれるお莫迦さんが。
太公望先生は男であるが、だからって楊ぜんの容姿の場合、男も油断できないのだ。バレンタインディーに男からチョコレートをもらっちゃうという悲しい経験のある楊ぜんである。気を抜くと靴箱の中に男子生徒からのラブレターなんかが入っているのだ。
「楊ぜん、ちょっと来て」
担任の太乙真人に呼ばれて楊ぜんは顔を上げる。いつのまにかSHRは終わっていて太公望はどうやら女子の質問攻めに会っているらしい。楊ぜんは招かれるまま廊下に出た。
「なんですか」
「王天君はどう?」
「全然。僕の言うことなんか聞きませんよ」
楊ぜんは首を振った。
「でも、君と一緒のクラスになってから漸く学校来るようになったんだからさぁ」
「そんなの知りませんよ。偶然です」
「そうかなぁ。私は違うと思うんだけど。でも、王天君とまともに話ができるのは君だけだから」
楊ぜんは困った顔をする。
「それは僕だって、心配してますけど」
「へぇ、心配なんだ」
「な、何言い出すんですかっ」
人の悪い太乙真人の笑みに楊ぜんは慌てる。
「自分で言ったんじゃないか」
「そう、ですけど……」
楊ぜんは口篭もった。
「まあ、今日は学校にきてるからね。放課後呼んでみるよ。あ、楊ぜん放課後は暇?」
「受験生なんですけど、僕」
「じゃ、暇だよね。放課後、王天君の後で呼ぶからちょっと待ってて」
楊ぜんは少しだけ膨れた。
「王天君のことをさ、教育実習の先生にも話しとこうと思うんだけど、私だけより君がいたほうがいいかと思って」
「僕、ただの生徒なんですけれど」
「生活委員だろ」
「ただの生活委員なんですけど」
「ついでにモデルやってくれたらケーキおごる」
太乙真人は美術部の顧問である。
「そっちが狙いでしたか。ケーキじゃ嫌ですよ。映画くらいおごってくれないと。あれ疲れるんだから」
「それじゃ、援助交際じゃないか」
楊ぜんはじろりと太乙真人を睨んだ。
「僕、高いですよ?」
「生徒に手を出すほど飢えてないよ。まさか……やってないよね楊ぜん」
「そんなわけないでしょう!僕男ですよ、男!」
「それが通らないことは君自身よく知ってるじゃないか」
駅で痴漢にあったといったら、この教師はおなかを抱えて大爆笑したのだ。楊ぜん、一生の不覚である。
「先生の莫迦っ!」
楊ぜんは怒鳴って教室に帰った。
入れ違いに太公望とすれ違う。
「おぬし、何をしておったのだ?」
声をかけられて楊ぜんは立ち止まる。
「放課後呼び出されたんです」
「何かやったのか?」
「やるのは向こう」
太公望はきょとんとした顔をした。それで、楊ぜんはほんの少し機嫌が直った。
☆
クリップボードとシャーペンもって太公望は教室の一番後ろで授業を見ている。教育実習の最初の頃は教師の実際の授業を見学することだ。
いまやってるのは享保の改革。江戸の三大改革の一番最初。日本史の授業なのである。三年生は受験があるため真面目である……と思っていたらそうでもなかった。英語の辞書片手に内職してる生徒。ちゃんと予習をやっていなかったらしい。
日本史だって受験に使うからとっているのであろうに大丈夫なのだろうか。いささか太公望は心配になるが、そんな太公望自身高校生の頃はまともに授業なんか聞いちゃいなかった。
それから太公望は楊ぜんを見る。楊ぜんはぼんやりと窓の外を眺めている。窓際の席なのだ。どうやら席は名簿順になっているらしい。
女子よりも綺麗な男子生徒。じっと見つめているとなんだか変な気分になってくる。髪を結っているせいで見えるうなじのあたりの後れ毛とか、白い華奢な指先とか。
太公望はぶんぶんと首を振った。駄目だ。あれは男なのだ。
太公望は無理矢理目をそらし、教室を眺めて、ふと、自分のように楊ぜんを眺めている男どもが多いことに気がついた。
――なんだ。皆わしと同じではないか。
多少の好みはあるにせよ、綺麗なものは誰が見ても綺麗なのだ。
あやつ。恋人とかいるのかのぉ。
いるとしたら、男なのか女なのか。
ふと、鋭い視線を感じて太公望は振り返った。
一人の生徒がじっとこちらを睨んでいた。比較的真面目そうな生徒の多い学校に明らかに浮いている不良然とした少年。
――あれは、確か。王天君といった。
SHRで名前を呼ばれて、太公望は一通りの生徒は覚えていた。暗記は得意なのである。
――なに見てんだよ、てめぇ。
わずかな唇の動きを読み取る。
何なのだ?あやつ、楊ぜんに惚れておるのか?
まるで対極にいるような二人なのに。
next.
novel.
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