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07. 同居生活



「あ、おはよう。太公望先生」
 朝、職員室に顔を出した太公望を見つけ、太乙真人は声をかけた。
「おはようございます」
 一本調子で太公望は答える。昨日の楊ぜんを思い出すだに、挨拶するのも癪だったがさすがに指導教官を無視するわけにも行かない。
 太乙真人はきょとんとした。
「何?なんか怖いよ。太公望先生」
「朝は調子が良くありません」
 不機嫌そうに太公望は言った。
「あれぇ、太公望先生も低血圧?あはは、楊ぜんと一緒だね。じゃあ、二人して今日大変だっただろう」
 太公望はじろりと太乙真人を睨む。
 びくりと太乙真人は顔を引きつらせた。
「な、なに?」
「おぬしがどうして楊ぜんの低血圧を知っておるのだ!おぬしはただの教師であろう!」
 ぎゅいぎゅいと太公望は太乙真人につめよる。押されて太乙真人は後ろにあった机に手をついたため、山積になっていたプリントがばさりと落ちた。
「ああ……だって従弟だから」
 落ちてしまったプリントを気にしながら太乙真人は言った。
「へ?」
 太公望はきょとんとする。
「お、おぬし。楊ぜんと付き合ってるのではないのか?」
「うわ。莫迦」
 太乙真人は太公望の口を押さえた。
「ここ職員室だよ。冗談でもそういうこと言っちゃ駄目」
「え?あ。しかし。だが写真!」
 怪訝そうに太乙真人は太公望を見下ろす。
「一緒に楊ぜんと写真をとったであろう!ほれ、海岸で」
「従弟と海岸に行って写真をとっちゃいけないのかい?」
「う……いや……」
 太公望は言葉に詰まった。つまり、楊ぜんの片思いなのだろうか。そういえば、昨日の夜の楊ぜんの台詞も片思いだと思ったほうがしっくりくる。
「そうか」
 急に明るい顔になった太公望を気味悪そうに眺めて太乙真人は言った。
「それがどうかしたの?」
「では、おぬし楊ぜんのことなんとも思っておらぬのだな」
「はぁ?」
 怪訝そうに太乙真人は眉をしかめる。
「いや、なんでもない。そうか良かった」
 心の中で太公望はガッツポーズをとった。楊ぜんのことを考えれば不謹慎な話ではある。
「まあ。君がその調子なら楊ぜんのほうは大丈夫だったんだね」
「うぬ。あ、楊ぜんから王天君の家庭の事情は聞いた」
「そうか。ただの教育実習生をこんなことに巻き込んじゃって悪いね」
「しかし、実際に教師になればこのようなことまたあるやも知れぬ。体験しておくに越したことは無かろう?」
「それはいい心がけだ」
 太乙真人はそう言って歩き出す。
「太公望先生。ちょっと歩きながら話そう」
 言われて太公望は太乙真人の後を追った。
「王天君はとりあえず自宅謹慎だ。今朝の職員会議で報告する。下手をすると退学になるけど、王天君の場合は成績がいいからね。どうなるかわからない。うちは進学校だから偏差値は上げておきたいし王天君は全国でもトップクラスだからね」
「偏差値などもうなくなったのではないか?」
「学習塾では残ってるんだよ。細かくランク分けされてる」
「王天君が退学になったら、楊ぜんも辛いだろうな」
「そうだね。ただ自宅謹慎にしてもあの家じゃ、かえって状況は悪化しかねない。しばらく私が預かろうかと思う」
「そうか」
「あとでその辺の話は楊ぜんにもしておくよ。太公望先生も実習のほうにも力を入れないとね」
「ああ、そうだのぉ」
 それからしばらく会話が途切れた。
「さっき」
「え?」
「さっき、君。私が楊ぜんのことなんとも思ってないのかってきたよね」
「あ、うぬ」
 太公望はきょとんとする。
「並みの女の子、いや、その辺のアイドルよりも綺麗な子だよ。なんとも思わない男がいたらお目にかかりたいね」
「な……」
 唖然としてる太公望に太乙真人はちらりと流し目を送る。
「まぁ、まだ子供だからね。あと……そうだな。あと3年後くらい……」
 太公望は顔を引きつらせて固まった。
 なんだか今。異様に怖かった。
 っていうか、狙っておる。楊ぜんが危ない。
「なにしてるの、太公望先生?そろそろ職員室に戻らないと」
 太乙真人は振り返る。太公望は慌てて後を追った。
「だ、駄目だ。おぬしに楊ぜんは渡さぬ!」
「いつから楊ぜんは君のものになったの?」
「そのうちなるのだ!」
「それは凄いね。私に勝てるの?」
「おぬし。まだ子供だともうしたではないかっ」
「そうだけど、楊ぜんは私のこと好きだよ」
 まさにそのとおりらしいので、うっと太公望は言葉に詰まった。
「何故そんなに自信があるのだ!」
「楊ぜんは子供の頃から知っているからね。それくらいわけないよ」
「え?」
「人の恋愛感情なんて結構単純なんだ。若い男女が一緒にいれば恋に落ちる。これは当然。運命でもなんでもないよ。まあ、楊ぜんは男だけど同じことだね」
 太公望は今度こそ立ち止まった。
 子供の頃からって。

 ……ロリコン。だろうか?



      ☆



 その日は何事もなく過ぎていった。
 太公望は教師の授業を見てメモをとり、レポート形式の報告書を作った。楊ぜんのクラスにも顔を出した。楊ぜんは真面目に授業を受けていた。王天君の席は空席だった。
 報告書を提出し、指導教師の注意を受けて美術室に行くと、楊ぜんはいなかった。今日はさすがにそのまま帰ったらしい。考えてみれば包帯を巻きつけた肩でモデルは無理だろう。
 教室に顔を出しても誰もいない。先に帰ってしまったようだ。考えてみればそれも当然で、もうすぐ5時になろうとしていた。小さな部屋で楊ぜんが一人両足を抱え込んでいるのが頭に浮かんで、太公望は早く帰らなければいけないような気分になる。
 普段は使わないバスがきていたので、それに乗り込んで家の近くで降りた。鍵は渡していないが合鍵の場所は教えておいた。
 ドアをノックする。
「楊ぜん?」
「はあい」
 と声が聞こえて鍵が開く。
 人のいる家に帰ってくるのはいいものだ。
 鍵を開けてお帰りなさいといった楊ぜんに太公望は微笑んだ。
「ただいま」
 太公望は靴を脱いで部屋に上がる。
「おぬし一人で淋しくはなかったか?」
「それが……」
 言いにくそうに楊ぜんは口篭もった。
 太公望は不思議に思って顔を上げる。そして固まった。
「よぉ、世話になるぜ」
「なんだとぉー!」
 王天君が部屋の隅にだらしなくもたれかかってにやにやと笑った。
「楊ぜん!おぬしこれはどういうことだっ」
「だ、だって先生二人っきりになるなとは言ったけれど、三人は駄目って言ってないし」
 楊ぜんは手のひらをぎゅっと握り合わせた。
「そういうことを言っておるのではない」
「だって、太乙先生の家、学校から遠いから大変だし、それに。ほら大丈夫ですよ!狭くても三人なら眠れます!」
「だからそういうことを言っておるのではないっ」
「楊ぜん止めとけよ。ジジイは頭固いから無理だ」
「だ、誰がジジイだと!」
 太公望は王天君に突進した。
「あんたしかいねぇじゃん。頭わりぃんじゃねぇの」
 軽蔑したように王天君は言った。
「わしはジジイではないっ。まだ若い!」
「気だけはな」
 うざったそうに王天君は太公望から目をそらす。
「止めてよ王天君!居候なんだから」
 慌てて楊ぜんが止めに入った。
「楊ぜん、やっぱおまえん家行こうぜ」
「駄目だ。おぬしのような危険人物と楊ぜんを一緒にしては置けぬ!」
「危険人物ねぇ。どっちが危険なんだか」
「太公望先生、王天君は危険人物なんかじゃありません」
 楊ぜんの声は空しく響く。
「楊ぜん、こういうな。いかにも親切そうな顔してる奴が一番腹ん中じゃきたねぇこと考えてるんだぜ」
「お主何を言うか!」
 太公望は叫んだ。王天君は嘲笑う。
「こうやってイイコぶりながら、おまえの裸想像してるような奴なんだよ。頭ン中で何回犯されてるか知れねぇのにお気楽な奴だな、楊ぜん」
「王天君、何言うの」
 楊ぜんは真っ赤になった。
「それはおぬしであろう」
「見たくなったら直接脱がすさ。なあ」
「莫迦なこといわないでよ!」
 肩にかけられた手を楊ぜんは勢い良く払う。
「いたっ」
 急に動かしたのがいけなかったのか楊ぜんは小さく呻いた。
「大丈夫か楊ぜん」
 太公望はそっと楊ぜんに触れる。
「キサマ、さわるんじゃねぇよ!」
「そんなこと言ってる場合ではなかろう」
 ケッと王天君は畳の上に横になった。
「くだらねぇ」
 楊ぜんは太公望の手をそっと握って小さな声で大丈夫ですと呟いた。
「もぉ、王天君はね。そういう冗談ばっかり言うから……」
 困ったように楊ぜんは笑う。近くにあった丸いクッションを引き寄せて抱きしめた。
「ほんとに冗談かのぉ」
 太公望は大人気なくまぜっかえした。
「俺は楊ぜんのこと好きだぜ。てめぇは可愛いからよ」
 楊ぜんはまた変な冗談を言ってという表情でため息をついた。
「なにをぬかす。おぬしなど相手にされておら〜ぬ」
「その莫迦面いちど叩き割ってやろうか。そうすりゃ少しはマシな面になるかもな」
「ほぉ。おぬしは少し審美眼が狂っているようだのぉ」
「ナルシスとかよ。だったら一人で××××でもしてろ」
「何を言うかっ!わしは楊ぜんが好きなのだぞ!」
「やっぱり楊ぜんを×××××に使ったんじゃねぇかっ」
「今日初めて会ったのに使えるわけなかろう!」
 太公望はとんちんかんなことを叫んだ。
 王天君は太公望を指差す。
「楊ぜん。これがコイツの本性だ」
 楊ぜんはいささかげんなりして王天君を見た。
「じゃあ、王天君使ってないんだ」
「……使ってる」
「莫迦莫迦しい。僕だって男だし、それが汚らしいなんて思わないよ。下ネタ叫びあうの止めてよ」
 太公望はまじまじと楊ぜんを見る。
「おぬしも××××などするのか」
 そのとたん楊ぜんは思いっきり太公望に抱えていたクッションを投げつけた。
「変態!どすけべ!痴漢っ!」
 太公望は見事にひっくり返る。
 それをみてげらげらと王天君は笑い出した。
 次に楊ぜんが吹き出すように笑い出し。
 最後に太公望がじんじんする鼻の頭をこすりながら起き上がった。
 もう寝ようかと楊ぜんが言い出し、誰が楊ぜんの隣に寝るかという醜いいがみ合いを太公望と王天君はまた繰返し、もういいかげん面倒になった楊ぜんが真中に寝る!と宣言してその日は川の字になって眠った。
 楊ぜんは幸せに目を閉じた。

next.

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