マリオネット



(前篇)



 充電を完了し、電源を入れるとそれは、ゆっくりと目を開き太乙真人の顔を、正確にはその瞳に記される固有の模様を読み取った。一秒ほどそれの中で電流が流れ演算がなされやがてそれは口を開く。
「ご主人様」
 ゆっくりとしたぎこちない口調。
「M1、私がわかるかい?」
「はい」
 認識は出来ている。
「そうだな、じゃあ……コーヒーをいれてきて」
 小さな間。
「かしこまりました」
 それは、ぺこりと頭を下げる。バランスは完璧。二足歩行もとりあえず問題ない。台所に向かって歩いていくそれの後を追って太乙真人も、台所に入る。床に散らばる作りかけの宝貝も器用によける。
 ロボットと言うほど、ロボット然とはしていないけれど、人の歩き方にしてはちょっとぎこちない。改良を加える余地はあるだろう。
 それは、太乙真人がインプットした通りにコーヒーをいれ、危なげなく元きた道を戻り始める。
「こっちだよ」
 声に反応してそれはぴたりと動きを止める。声のした方角を計算し、向きを変え太乙真人を認識する。
「ご主人様、コーヒーです」
「ありがとう」
 完璧だ。上機嫌に微笑んで彼はカップを受け取った。
 家事をするのが面倒だからと、それだけの理由で作ったアンドロイド。家の外に出す予定もなかったし誰かに見せるつもりもなかったのだけれど、なかなか上出来だったから誰かに自慢したくなってきた。
 よく出来上がった宝貝を見せびらかしにいくのは玉泉山の玉鼎真人のところで、生意気な弟子の反応が面白いからわざと意地悪なことを言ってみてはからかった。その綺麗に整った少女のような顔を見るのも楽しかった。
 だけれど、これはあの師弟にだけは絶対に見せられない。ほんの少し罪悪感めいた物をちらりと感じたけれど、それはすぐに消えてなくなった。
 綺麗なモデルがほしかっただけだし、たまたま顔をみる機会が一番多かったのが楊ぜんだったというそれだけの話だ。
 ちょっと考えてから、太乙真人は小さな秘密に道徳真君を引きずり込むことにした。

 面白い物があるからと呼び出された道徳真君はドキドキしながら金光洞の扉を叩いた。なんの実験台に使われるのだろうかと気が気ではなかった。
「何、青い顔してるんだよ。君らしくないね」
 出てきた洞府の主は上機嫌だった。
「入ったら最後、生きて帰れるか判らないだろ。おまえと雲中子の洞府は」
「失礼だね。変人と一緒にしないでよ」
 太乙真人は笑う。
「別に実験に付き合って欲しいわけじゃないよ。ホントに、見せたい物があるんだ」
 そして、太乙真人は洞府の奥に向かって一言、「おいで」と声をかけたのだ。
 青い髪、大きな瞳、少女のような白い肌。否。
 現れたそれに道徳真君は慌てた。
「よ……よう……え?何?」
 ぽかんとして妙に赤くなって口ごもる。
 その慌てように太乙真人は満足げに微笑む。
「違うよ。本人じゃなくてアンドロイド。第一楊ぜん君は女の子じゃないだろ」
 楊ぜんの顔をした少女はぎくしゃくと道徳真君を見つめる。
 直視してさらに赤くなって道徳真君は叫んだ。
「莫迦!服くらい着せとけ!」
 全裸の美しい肢体を恥ずかしげなくさらして、アンドロイドは命令を待っている。
 太乙真人はきょとんとした。ついで笑い出す。
「やだなぁ。これはアンドロイドだよ。そう、判りやすく言えばつまり、ロボット。ただの機械仕掛けの操り人形じゃないか」
「機械でも女の子だろ!」
「別に恥ずかしがったりしないよ」
 道徳真君の言葉におされつつ太乙真人は言う。
「俺が恥ずかしいんだ!」
 太乙真人はけらけらと笑った。
「機械に欲情してどうするんだよ」
「し、してないっ!」
「だって、恥ずかしいってことはそういうことだろ」
「言うなっ!この子の前でこれ以上しゃべるなっ!」
 太乙真人はくすくす笑いながら判った判ったとアンドロイドに上着を羽織らせる。
「じゃ、これで満足?」
「と、とりあえずは」
 まだもじもじ赤くなった道徳真君は眩しそうにアンドロイドを眺めた。
「そう、じゃあ、紹介しておこう。M1」
 呼びかけられて、それははいと返事をする。
「私の友人の……」
 そこまで言って、太乙真人は企むように笑った。
「スポーツ莫迦だよ」
 言ってけらけらと笑い出す。
「おいっ」
 道徳真君はげんなりする。
 それはぎこちなく笑顔を作り、「はじめましてスポーツ莫迦様」とやはりぎこちなく言った。
 太乙真人が再び笑い出して、道徳真君はさらにげんなりする。そういえば、コイツはこういう奴だった。見かけと性格のかみ合わない友人を半ば白い目で道徳真君は眺めた。

「えむわんと言うのは名前か?女の子にしてはやけに変わった名前だな」
 玄関先でしゃべるのもなんだからと案内された金光洞のリビングで道徳真君は、お茶をいれに立ったアンドロイドの後姿を眺めながらそう言った。立居振舞も美しい。
「別に名前じゃないよ。太乙真人作試作品マリオネット第一号。マリオネットのMに一号だから1、つまり型番だね」
「名前くらいちゃんと付けてやれよ」
「別に必要ないよ。それよりどう思う?あれ」
 太乙真人は自慢げに道徳真君を見る。
 道徳真君は腕組みして一言「綺麗だな」と言った。
「うん。二足歩行というのはバランスが難しいんだ。やはりどうしても不安定なんだよ。綺麗に歩かせるのは結構苦労した」
 説明を始めた太乙真人の言葉を道徳真君はさえぎった。 「いや、そうじゃなくてさ」
「え?」
 太乙真人は怪訝そうに道徳真君を見る。道徳真君はM1をぼおっと見つめたまま答える。
「彼女の全てがさ」
 太乙真人は一瞬凍りつき、それから化け物でも見るように道徳真君を眺めた。
「なんだって?」
「ち、違うぞ太乙。俺は別に楊ぜんをどうのこうのと思ってるわけじゃないんだ。ただ彼女がだな、その」
 太乙真人の声に妙に慌てて道徳真君は言い訳する。
「そんなこといってるんじゃないよ。道徳、判ってるのかい?あれは機械なんだ。き、か、い」
「え、ああ。そう、だな。……そうだよな」
 判ってるのか、判っていないのか判らない口調で道徳真君は頷く。少しばかり眉をひそめて太乙真人は道徳真君を観察する。彼はじっとM1を見つめてる。機械に過ぎないM1を愛しそうに。尋常じゃない。そう思った。
 奇妙な居心地の悪さ。いっそ嫌悪感に近い程の。
 それから、妙に道徳真君はもじもじして、M1が給仕したお茶を飲むと、太乙真人の不機嫌を感じ取ったのか名残惜しそうに帰っていった。
「M1」
 道徳真君を帰してから太乙真人は単調に呼びかける。
「はい」
「スポーツ莫迦が君のこと好きだって」
「君とは何ですか?」
「M1のことだ」
「了解しました。登録を完了します」
 意味のないことは登録しないように設定を変えなければ。
「M1」
 不意に思い立って太乙真人は声をかける。
「はい」
「彼のことが好きかい?」
「申し訳ありません。主語を明確にしてください」
「M1はスポーツ莫迦のことが好きか?」
 数秒の間、M1の中で演算処理の行われる音がする。
「そのような情報は登録されておりません」
 なぜか、ほっとしたように太乙真人は笑う。
 所詮、機械は機械でしかない。

 だけれど、翌日道徳真君は金光洞を訪れた。不信がる太乙真人に白い布を押し付ける。
 開いてみればそれは木綿のワンピース。
「何これ?」
「どうせ、おまえのことだからM1にちゃんとした洋服なんて作ってやってないんだろ」
 ふーん。こんなのが好みだったのかというからかうような思いと、拙いことになっているのではないかと言う焦りにも似た思いが同居して太乙真人の頭の中でぐるぐる回った。
「道徳、再三言っただろう。あれは機械だ」
「かまわないよ」
 道徳真君は笑った。
 なんだか太乙真人は嫌な気持ちになった。機械に恋愛感情を抱くなんて不健全で莫迦げている。
「呼んでくれないか?」
「会わせたくないね」
 こわばった顔で太乙真人は言う。
 と、道徳はとんでもないことを言った。
「そうか。……やっぱり。おまえもM1のことが好きなのか」
「なに莫迦言ってるんだい。機械になんか惚れるわけないだろう」
 むきになって太乙真人は声を荒げる。
「じゃあ、楊ぜんに惚れてるのか?」
 道徳真君は不思議そうに聞く。
「私は誰にも惚れてなんかないよ!」
「じゃあ、どうしてそんなに不機嫌なんだよ?」
 困惑したように道徳真君は尋ねる。堰を切ったように太乙真人はしゃべりだした。
「君がおかしいからじゃないか!いいかい。何度も言ってるだろ。M1は機械なんだ。皮を剥いだらなかには鉄くずしか詰まってない。動いてるのはエンジンを積んでるからだし、言葉に反応するのは私がそうプログラムしたからだ。意思のないただの人形なんだよ。私が作ったんだ。私が一番良く知ってる!」
 悲しそうな瞳で自分を見つめる道徳真君に気がついて太乙真人は言葉を切った。奇妙な罪悪感が胸に広がる。
「つまり、まあ。そういうわけだ。M1に夢なんか見ないほうがいい」
 吐き捨てるようにそう言った。
 しばらくの沈黙の後道徳真君は口を開いた。
「じゃあ、どうしておまえはM1をあんなふうに作ったんだよ」
 一瞬。太乙真人は戸惑った。目が泳ぐ。
「人間の形をしているのは……それが一番機能的だからだよ。応用も利きやすいしM1は考えうる限り高性能にしたかったんだ。女性にしたのは単純にそれが綺麗だからだと思っただけだ。顔も、私は絵描きでも彫刻家でもないからモデルが必要だった。たまたま近くにいたから楊ぜんの顔を使わせてもらっただけだ。妲己や竜吉公主をモデルにするわけにも行かないだろう?楊ぜんなら手ごろじゃないか」
「そうか?ばれたら玉鼎は怖いぞ」
 ぽつんと道徳真君は呟く。
「じゃあ、何?君は深層心理で私が楊ぜんに惚れていたから無意識にM1の顔を楊ぜんのコピーにしてそれに女性の身体を与えたって、そういいたいのかい?」
「待てよ、興奮するなよ」
 道徳真君はなだめるように手をあげる。
「興奮なんかしてないっ!」
 十分してるじゃないかと道徳真君は心の中で呟く。
「俺はしんそー心理とかそういう小難しいことは判らない。だから思ったままを言っただけだ」
 太乙真人は珍しくまともに気分を害しているようで、道徳真君をじっと睨みつけていた。
「ご主人様」
 ぎこちない声。はっとして二人の男は振り返る。
 M1が立っていた。長い髪、白い頬、どこかの弟子に似た無表情の美しいアンドロイド。
 散々M1と連呼したせいで自分が呼ばれたのだと勘違いしたM1がやってきてしまったようだ。
「ああ、M1」
「はい」
 太乙真人が何か言うより先に道徳真君はM1の前に進み出る。M1は真っ直ぐに道徳真君を確認する。太乙真人は黙ってそれを見ていた。
「君に服を持ってきたんだ。気に入ってくれるかどうか判らないけど」
「申し訳ありません。主語を明確にしてください」
「え?ああ、だから俺が君に洋服を持ってきた」
「俺とは何ですか?」
「え?」
 全くかみ合わない会話は滑稽で哀れだった。太乙真人は薄く嗤う。
「M1」
「はい」
「スポーツ莫迦がM1に服を贈りたいそうだよ」
 演算処理にわずかのロス。
「ありがとうございます」
 M1はプログラムどおりに微笑むと頭を下げた。
「判っただろう。これは機械なんだ」
 少しばかり意地の悪い気分にひたりながら太乙真人はそう言った。道徳真君は黙って太乙真人を見つめたけれど、何も言わなかった。哀れまれてるような気がして、太乙真人は無性に腹が立った。
「M1」
「はい」
「下がりなさい」
 太乙真人は命令を下す。
「かしこまりました」
 M1は頭を下げる。
「待ってくれM1」
「はい」
 道徳真君の言葉に反応してM1はじっと道徳真君を見つめる。見詰め合う形になって道徳真君は赤くなる。それを半ば覚めた目で見ながら太乙真人は口を開いた。
「M1、聞かなくていい。行きなさい」
「待てよ太乙」
 道徳真君の言葉をさえぎって太乙真人は言った。
「君はもう、あれに会わない方がいい。それから不用意にあれの名前を呼ぶな」
「どうしてだ」
「一つ目の忠告は、つまり君はこれ以上あれに深入りしない方がいいだろうという友人としての忠告。二つ目は……あれにとって名前はこれから命令を下すという合図なんだ。不用意に名前を呼ぶとさっきみたいにこっちに着てしまうし、なによりあれが混乱する」
「そうか、とりあえず一つ目の忠告は聞く気はないな」
 太乙真人はわずかに片方の眉を上げることで不快感を示す。動じることなく道徳真君は言葉を続けた。
「でも、二つ目を聞いて安心した。おまえは彼女を物としてしか見ていないからあれとかこれとか呼んでいたわけじゃないんだな」
 とりあえず今日は帰るよと、道徳真君はさわやかに笑った。
 M1は物だよ、決まってるじゃないかと心の中で太乙真人は嗤った。
 それからとても嫌な気分になった。
「M1!」
 洞府に引き返し大声で彼はその名前を呼ぶ。
「ご主人様」
 M1はゆっくりと現れる。
「M1、遅いじゃないか」
「申し訳ありません」
 八つ当たりだ。判っている。M1は今以上のスピードでは動けない。それでもM1は謝る。プログラムしたから。設定したから。イライラする。
「M1」
「はい」
「笑いなさい」
 腕組みをして噛み付くように太乙真人は命令する。
 M1はぎこちなく微笑む。その微笑を太乙真人はイライラとにらみつけた。
「もういい。下がれ」
 M1は動かない。微笑み続ける。
「M1!」
「はい」
「下がりなさい!」
 なんだか今の自分はヒステリーでも起こしてるみたいだ。
「かしこまりました」
 M1は踵を返す。歩きかけたその華奢な腕を身体の奥から突き上げるような衝動に駆られて太乙真人は乱暴につかんだ。
 M1は振り返る。白い顔、硝子を埋め込んだ無機質な瞳。綺麗な、でもそれだけの顔。なんの感情も読み取れない、なんの意思もあろうはずもない――
 違う。こんなはずじゃなかったんだ。
 言い訳のように太乙真人は考える。
 便利な道具が欲しかっただけなのに。何故こんなにイライラする。
 ぐらぐらと眩暈がして彼は天井を仰いだ。
「……M1」
「はい」
「すまない。具合が悪いんだ。寝室まで連れて行ってくれ」
 ああ、主語が抜けている。これじゃあ、M1には伝わらない……
「かしこまりました」
 M1はそっと太乙真人に寄り添った。合成樹脂の胸。冷たい身体。冷たい……違う。
 わずかに熱を感じて太乙真人ははっとしてM1を見る。太乙真人より頭一つ低いM1の顔。無表情なはずの顔は上から見ると少しだけ悲しそうに見えた。睫が長いから頬に影を落としてそう見えるのだろう。
 そう、これだってエンジンの熱じゃないか。莫迦莫迦しい。
 なんだか急に泣きたくなって太乙真人はM1の肩に手を回した。情けない、すがり付いてるみたいだと思った。

next.

novel.