02.血

 翌朝、太公望は空腹に目を覚ました。日はすでに高く上っているがまだ楊ぜんは起きてはいないようだ。太公望は外に出ようかと考えるが、吸血鬼であるはずの楊ぜんが昨日外にいたことを思い出して少しばかり躊躇した。
 ぐるぐるとお腹がなったところで楊ぜんがふらふらと起きだしてきた。
 げっそりしている。
 顔は青白く、お世辞にも健康的とは言いがたい。目はとろんとして覇気がなく、足取りもふらついている。
「大丈夫か、おぬし」
 楊ぜんは太公望を見止めちょっとだけ微笑んだ。
「ご心配なく。僕は夜行性ですから朝は弱いんです」
「おぬし、起きていて大丈夫なのか。その……灰になったりとかは」
「ああ、あれはデマです」
 楊ぜんはふふふと笑う。
「そういう間違った常識が通用するのは暮らしやすくていいですね」
「でも、それでは外も安全ではないのだな」
「いえ。みんな寝ていますよ」
「おぬしは起きていても平気ではないか」
 楊ぜんは薄く笑う。
「僕は血が薄いのだそうです。人間を狩るのに抵抗を感じるのもそのためだと言われました。できそこないなんです」
「そうか」
「そういうことが、稀にあるそうです。吸血鬼から血を受け継いでも、僕みたいに中途半端になってしまうものや、まったく受け継ぐことのできないものも」
「受け継げなければ死ぬのか?」
 太公望の問いに楊ぜんは残酷そうに微笑んだ。
「飼っておくのだそうです」
「飼う?」
「そう。いつでも新鮮な血が手に入るし、僕たちのことを知った以上里に帰すわけには行かないから。そして、いつかは死ぬのでしょうね」
 ぞくりとした。まるでブロイラーだ。
 楊ぜんは太公望の表情の変化を能面のような顔でじっと見ていた。自分の罪を確かめるように。太公望は首をそむけて表情を隠した。
「行きましょう。家の裏に野生の桃の木があるんです」
 桃の味は申し分なかったが毎日これかと思うといささか辟易する。
「一ヶ月。我慢してくださいね」
 楊ぜんは言う。
 一ヶ月のうちに楊ぜんが何とかするということだろうか。
 それとも。一ヶ月何も食べなければ、この町が滅びると言うことか。
 なんだか楊ぜんはおかしいと太公望は思う。食べなければ生きていけないのならば食べるまでだ。そこに疑問を挟む余地はない。そう太公望は思ってしまう。弱肉強食とでも緊急避難とでも何とでも言えばいい。
 しかし、楊ぜんがそう考えるということは、太公望が楊ぜんに食われるということで、それはやはり嫌だ。だから太公望はもやもやしたものを抱えながら、結局楊ぜんには何もいえない。
 うまく血を受け継ぐことができず、中途半端になってしまった楊ぜん。
 ふと、太公望は気がついた。
「おぬし、もとは人間だったのか」
「ええ。もう200年も前はね」
「200年か。長いのぉ」
「僕は売られそうになってたんです。当時は男の子でも美しければそういう場所に売れましたからね」
 何故だか少し自慢げに楊ぜんは言った。
「ふーん」
 酷い話ではあるが、楊ぜんならば売れたのであろうな、確かに。そう思いながらも太公望は落ち着かない。
「最初に僕を買ったのは背の高い男の人だった」
「な」
 話がそういう方面に転がりだして太公望はあせりだす。そういう話を聞いてしまうと、自分が楊ぜんをそういうふうに見てしまいそうで、嫌だった。綺麗な男だが女の変わりにしたいとは思わない。思いたくない。
「綺麗な黒髪を長く伸ばして。素敵な人でした。僕は髪が黒くないからあの黒髪がうらやましかった」
 懐かしむように楊ぜんは言う。
「あの人は僕の正面に正座して、僕に手も触れずに言ったんです。どうしても逃げたいのなら逃がしてやるって。その代わり人間であることを捨てなければならないって。吸い込まれるような黒い瞳でした。僕は頷いた。何よりあの人と一緒にいたかった」
 多分、今楊ぜんの目にはあの人とかいう奴の姿がありありと浮かんでいるのだ。そう思うと、呼吸が苦しくなったような気がした。それが嫉妬だと気づいてぞっとした。自分はこの妖しに惹かれているのか?
「あの人は僕の首筋に……」
「もうよい!」
 はっとして楊ぜんは黙った。驚いた瞳がとがめるように太公望を見つめている。いたたまれなくなって太公望は目を伏せた。
 しばらくして、楊ぜんはいった。
「ごめんなさい」
「何故謝るのだ」
 怒ったように太公望はいう。
「僕の昔話なんて、面白いものではなかったですね」
 気遣うように楊ぜんが言うので太公望はとたんに後悔した。
「いや」
 幾分落ち着きを取り戻して太公望は言う。
「不思議なものだ。おぬしが吸血鬼にならなかったら、わしらはすれ違うことすらなかったのだな」
「ええ」
「その男は、今もここにおるのか?」
「亡くなりました」
 一瞬の沈黙。
「吸血鬼でも死ぬのか」
 漠然とした疑問が口を着いて出た。
「僕は不完全な吸血鬼でした。だから本来なら人から血という形でエナジイを吸収できずに死んでいたのは僕なんです。あの人は体中の血を僕に分けてくれた。僕がちゃんと生きていけるように」
 命の恩人、と言うわけか。太公望は考える。
 楊ぜんは深く沈みこむような顔をした。
「でも、ずるいです」
 自分だけさっさと死んでしまうなんてずるいです。小さくそう言った。
 吹っ切るように笑う。
「さあ。これから山を調査しなければなりません。あなたが食べるものが一体どれだけあるか」

 が、山で見つかったのは食べられるかどうかも判らない小さなきのこだけだった。本当はもっとあったのかもしれないが、一般的な食事というものを必要としない楊ぜんは食べ物に関してはまるで無知だったし、都会育ちの太公望もその辺の知識は持っていなかった。
「その気になったら何だって食えるよ」
 太公望は笑っていったが、内心は不安だ。餓死するくらいなら、いっそ楊ぜんの仲間になってしまったほうが楽なのではないだろうか。そんなことも考えるが、それは最終手段だ。今は、生きることを考えるのが健全だ。
 人間水さえあれば3日は生きていけるというし、ここにはホットチョコレートもぶどう酒もある。
 そう考えてから太公望ははたと気がついた。
「のぉ、楊ぜん。おぬしらがこの異空間から一切出られないのであれば、ホットチョコレートやぶどう酒はどうやって手に入れておるのだ?」
 楊ぜんは立ち止まって太公望の顔をまじまじと見た。
「ぶどう園があります。ぶどうは食べられますね?」
 それから二人して笑い出した。
 苦労なんか初めからすることはなかったのだ。
 ふたりは手にいっぱいのぶどうを盗み出して当面の食料とすることにした。
「僕たちは消化する力はとても弱くて食べ物は無理だけれど、飲み物は何とかなるんです」
 だから果樹園はそこかしこにあるという。
「だったら、早くそういえばよいものを」
 早くもぶどうをほおばりながら太公望は文句を言う。
「だって、僕たちはあれを原材料とは見ても食べ物とは考えていませんから」
 楊ぜんは膨れる。
「こんなに美味いものが食えぬとはかわいそうな奴らだ」
 楊ぜんは膨れる。
「でもあなたには血の味がわからないじゃないですか」
 言ってから楊ぜんははっとして黙り込んだ。
「人の血って、美味いのか」
 なんでもない風を装って太公望はポツリと尋ねる。
「酩酊したようになります。同族の血は甘いけれど、新鮮な血は酩酊する」
 楊ぜんはうつむいてぼそぼそと答える。
「欲しいか?」
 楊ぜんは勢いよく首を横にふった。
「いらない」
「たとえば、わしが自分の指を自分で傷つけて、そこからあふれた血を器に移し、それをおぬしが飲むのなら、わしは吸血鬼にはならぬし、おぬしは飢えぬであろう?」
 それはとても良い思いつきに思えたが、楊ぜんは冷たく言い放った。
「あなたは、僕に飼われたいのですか? あなたが今言ったことはそういうことですよ」
「わしは……」
 おぬしになら、飼われてもいいと思う。
 その言葉が口をついて出そうになる。でもその前に楊ぜんはくるりと太公望から逃れようと逃げ出した。
「楊ぜん!」
 太公望は慌ててあとを追う。
「なんであなたがそんなことを言うのですか!」
 激昂している。
「狩るものと狩られるものが仲良く一緒に暮らしてゆくなど滑稽だ! どうして僕を蔑んでくれないのです!」
 太公望は唖然として立ちすくむ。
「僕は化け物なのに!」
 悲しい悲鳴だった。
 そっと手を伸ばすと、勢いよく撥ね退けられる。
「僕に触れるな!」
 叩かれた左手はひりひりと痛い。
「あなたがこうやって僕に近づくたびに、僕の頭は無意識にあなたを襲う算段を考えている。どうやって飛び掛ろうか、どうやってその首筋から血を受けるか、なんて浅ましい! 近づかないでください」
「済まぬ。すまなかった」
 楊ぜんはじっと太公望をにらみつけている。紫の瞳は怒りに燃えている。でも、太公望には何故だかその瞳が泣いているように思える。楊ぜんは表情を殺して自分をにらみつけているのに、泣き叫んでいるように思える。
 いつか、人間だった楊ぜん。そして人間であることを自分からやめた楊ぜん。それなのに今、苦しんでいる楊ぜん。おそらくは、人間である自分を、それなのに吸血鬼の理屈をあっさりと理解し受け入れた自分を嫉妬し憎んでいるであろう楊ぜん。
 食うものと食われるもの。
 それでも。
 わしはおぬしをいま抱きしめたいと思う。
「よう……」
 一歩踏み出す。今、抱きしめてしまえば。
 楊ぜんは小さく息をついた。
「ごめんなさい」
 小さく言う。だから太公望は楊ぜんのほうへ一歩踏み出した体制で止まってしまう。
「もうすぐ夕刻です。日が暮れたらあなたが危ない。家へ帰りましょう」
 帰り道、楊ぜんは一言もしゃべらなかった。
 太公望は一言もしゃべれなかった。

 家にたどり着くと楊ぜんはすぐに自分の部屋に引っ込んでしまった。
 太公望は手持ち無沙汰で桃をほおばる。ほおばりながらも動揺している。
 昼間、自分が楊ぜんに感じたあの感情は何だったのだろうか。あの時、確かに太公望は楊ぜんを抱きしめたいとそう思ったのだ。ただ、抱きしめてやりたいと思った。男が男に抱く感情では決してない。しかし女に抱く感情いわゆる性愛ともともまた違う気がするのだ。
 まるで小さな子供を抱きしめてやりたいと願うような……。
 太公望は自嘲する。相手は200年も生きている化け物――この言葉は小骨のように喉につっかかる――で、しかもわしはあやつの餌だというのに。
 否、しかし美しい化け物だ。性別すら超越するほどに。そして強さの中に脆さを孕んでいる。
 違う。今考えるべきことはそんなことではないはずだ。
 今はまだ、逃げ延びることだけを考えればいい。
 思考はぐるぐると回転しだす。太公望はポケットから携帯を取り出す。当然のことながら圏外だ。今は時計の代わりしか果たさない。9時ジャスト。
 呼び鈴が鳴った。
 身体を強張らせ耳をそばだてる。
「マドモアゼル、出て来てくれたまえよ!」
 昨日の男の声だ。
「君は僕たちの血すらろくに受け付けていないじゃないか。喉の渇きは耐え難いだろう? こっちにおいで。君の獲物を横取りしたりはしないよ!」
 太公望はゆっくりと部屋を抜け扉の前まで移動する。
「あはん。お莫迦な公明ちゃん。楊ぜんちゃんはそんなこと信じやしないわよねん」
 くすくす笑うのも昨日の女だ。
「でも楊ぜんちゃん。無理はお肌にわるくてよん」
 太公望は分厚い木の扉にそっと手を当てた。この向こうに、楊ぜんの仲間がいる。
「あなたは血が薄いのだから、ホントは一ヶ月に2回くらいは新しい血を入れたほうがいいのにん。このままじゃ倒れてしまうわよん」
「のぉ」
 太公望は扉を押さえつけるように寄りかかると、扉の向こうに声をかけた。緊張で身体が震えた。
 一瞬の沈黙の後、扉の向こうから笑い声が響いた。
「はーっはっはっは! これは驚いた! 勇気ある獲物君だ!」
「あらん。残念。男の子だわん。わらわ、今度はやわらかい女の子が良かったのにん」
 恐れの中にあっても太公望は少しばかりむっとして叫ぶ。
「わしは獲物君ではない。ちゃんと太公望と言う名前があるのだ!」
「元気のいい男の子は好きよん。で、太公望ちゃんはわらわたちに何のお話があるのか知らん?」
「命乞いなら聞かないよ。僕たちは一ヶ月君が来るのをどれだけ楽しみにしていたと思う?」
「命乞いをするためだけにわらわたちの前には来ないわよ。ねえ?」
 意地悪そうに女は笑う。
 扉の向こうのやり取りを聞きながら太公望は嫌悪感を覚える。
 向こう側の男も女も太公望と会話をしながら太公望を捕食対象として捕らえている。これから自分が犠牲にするであろう人間と悪びれもなく会話する。その異常さが恐ろしい。
 それに比べれば自分自身の存在に嘆く楊ぜんのなんと健全なことか。
 健全? しかし健全とは何か? 自分自身の存在を否定する生き物が健全といえるのか。
 だからおそらく、彼らは扉の向こうの男や女のようなあり方こそが正常なのだ。
 しかし、それならば正常とは何か。
「さあ、何を言いたいの太公望ちゃん。ありきたりなお説教なんて通用しなくてよん。だって、わらわたち、こうしなければ生きていけないのだもの」
 くすくすと女は笑う。
「そんなこと、言いたいわけではない」
「あら。じゃあ何なのん?」
 いかにも意外だと言いたげに、いささか芝居がかった様子で妲己は尋ねる。 「わしが聞きたいのは楊ぜんのことだ」
 一瞬の沈黙。
 それから笑い声。
「聞いたかい? 妲己。獲物君はわれらがマドモアゼルに興味があるようだ」
「ええ、聞こえたわ。可愛そうな楊ぜんちゃんを救ってくれると言うの? あなたが!」
 次の瞬間扉の向こうで起こる爆笑。明らかに莫迦にされているのだ。
 太公望はむかむかした。
「素敵だね! 獲物君。救ってくれたまえよ。マドモアゼルを!」
「素敵だわん。太公望ちゃん。それであなたはどうするのん? 血をくれるのん? それとも――殺してあげるのん」
 冷笑を含んだ声にぞくりとする。
「仲間なのであろう。おぬしら」
「ええ。仲間よん。大事な大事なわらわのなかま」
「君が楊ぜんを殺すと言うのなら、当然僕たちだって君を殺すさ」
「そうねん。どちらにしても太公望ちゃんは助からないのねん。ならさっさとわらわたちの仲間になったほうがよくってよん」
 くすくすと笑い声が響く。

「この人はならないよ。僕がさせないから」

 透き通った声がして振り返る。後ろに楊ぜんが立っていた。ぞくりとした。足音も気配も感じられなかった。まるで幽霊みたいに青白い顔で扉の向こうをにらみつけていた。
「おお! マドモアゼル。会いたかったよ! 美しい顔を見せておくれ」
「まあ。公明ちゃんったらん。わらわが一番じゃなかったのん」
「無論。君が一番さ、妲己! だが、君だって可愛い楊ぜんに会いたいだろう」
「趙公明様が会いたいのは僕よりもお食事でしょう?」
 冷ややかな声で楊ぜんが言い放つ。
「おお。なんとつれない!」
 オーバーアクションで嘆く男の姿が目に見えるようだ。
 苦笑いする太公望を、楊ぜんはきっとにらみつけた。わずかに震えている。怖がっているのではない。その証拠に目には赤い怒りが燃えている。怒っているのだ。
「あなたは何をしているのですか。こんなところで」
「いや。その……」
 静かな怒りを見せる楊ぜんに気おされて太公望はしどろもどろになる。
「大人しくしていないと。本当に食べてしまいますよ」
 そうだ食べてしまうがいいさと男が言った。女は相変わらずの冷笑を続けているらしい。
「すまぬ」
 太公望は素直に謝った。
「おぬしのことが知りたかったのだ」
 その瞬間楊ぜんの瞳に動揺が浮かぶ。しかしそれはすぐに消えた。
「僕は何もしゃべりたくはない」
 そういうと次の瞬間には踵を返す。太公望の腕をつかみ上げ、強引に扉から引き剥がした。
「面倒かけないでください。ただでさえ僕は――」
 言いかけて楊ぜんは首をふった。
「あなたには関係ない」
「ただでさえ僕は飢えと渇きで立っているのさえつらいのだから――そうでしょう。楊ぜんちゃん。無理はやめなさい。自制できなくなるわよ」
 鋭く響く女の声が楊ぜんを背中から突き刺す。ぎゅっと太公望の腕をつかんだ楊ぜんの手に力がこもる。肩がわずかに震えている。多分怒っている。図星なのだろう。
 そのとき、ふっと楊ぜんの肩から力が抜けた。次の瞬間にはぐらりと崩れ落ちた。
「楊ぜん!」
 床にぐったりと倒れた楊ぜんの肩を太公望は揺さぶる。顔色は蒼白で、身体は冷たい。
 しかし、吸血鬼である楊ぜんは元からそうなのだから太公望には何が異常なのか実はよくわからない。扉の向こうの妲己や趙公明に助けを求めようかと思ったものの、扉を開ければ自分が危ない。
 とっさに行動を決めかねていると、ぎゅうっと楊ぜんが太公望の腕をつかみ返してきた。
 意識が戻った。太公望はほっとして楊ぜんの顔を見る。何かが違う。
 何か。
 八重歯が。
 鋭くとがったまるで肉食獣のような。
 ぞくりとした。
 これは別の生き物だ。
 次の瞬間。視界が回転する。背中に衝撃。それが床に酷くぶつけたせいだと思い当たるまでに数秒。正面に楊ぜんの白い顔。焦点の合わない瞳は底が赤い。血のように。押さえつけられ圧し掛かられる。体重となまぬるい吐息。白い歯と紅い舌のコントラスト。
 次の瞬間、はじける恐怖。その恐怖は先ほどの比ではなかった。
 太公望は無我夢中で楊ぜんを押しのける。
「楊ぜん!」
 思い切り手で撥ね退けると、指先に引っ掛かりと生暖かい感覚。
 つうっと、楊ぜんの白い頬から血が伝った。
「あ」
 うめくように楊ぜんが声を上げる。
 こすった指先に赤い血の色。それを見ると、楊ぜんはまるでゼンマイの切れたからくり仕掛けの人形のようにすうっと倒れた。
 太公望はあっけにとられてその一部始終を見ていた。そっと、自分の上で意識を失った楊ぜんの顔を見るともう八重歯は見当たらない。
 冷や汗が流れ出した。鼓動が激しい。息が荒かった。
 化け物と言う言葉の、その言葉の奥に隠れる嫌悪感を、はっきりと理解した。

next.

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