garden----------no.01
正面玄関前の掲示板は人ごみでごった返していた。新学年でのクラス分けと部屋割りが発表になったのだ。
ここ、私立崑崙学園は中高一貫教育が売りの全寮制の進学校だ。クラス替えはともかく部屋替えはさすがに毎年行われるものではないが、中学から高校へ進む際には新たに入試を受けこの学園の生徒となった編入組みを加え、建物自体も中等部から高等部へと引越しとなる。その際大々的に部屋の入れ替えが行われるのだ。
高等部へ進級する生徒たちにしてみれば、無論クラス替えよりも部屋替えのほうが大問題である。というのも、この寮というのが二人部屋であるからして、ここで万が一性格的に合わないものと同じ部屋になってしまった場合、高校生活は絶望的になってしまうからだ。
さて、そんなわけで生徒たちの喜びや絶望の声のあふれかえる中、一人の男子生徒がため息をついた。
「見えぬ……」
彼の名は太公望。小柄で貧弱そうな体つきにやたらと大きな瞳が印象的な黒髪の少年である。新中学生のように見えるがこれでもれっきとした新高校生で、まさにこの春から崑崙学園へ編入してきたところだ。
「困ったのぉ」
ぴょこぴょこ跳ねてみるものの一向に掲示板は見えない。仕方なく人が空くのを待とうとトランクを引きずり木陰に異動した。学園の全貌を見渡す。学園内は木で覆われその中にひょこひょこと白い建物が見える。最近新しく校舎を建て直しただけあって見た目にも美しかった。
「あーた新入生さ?」
遠目にも太公望がキョロキョロしてるのが判ったのだろう。気がつけば人のよさそうな生徒が声をかけてきた。顔の真ん中にある傷がちょっと気になるが喧嘩してつけた傷というわけではなさそうだ。
「おお、そうなのだが」
とりあえず助かった。太公望はホッとした。掲示板の前は依然空きそうにない。
「なら残念だけど、中等部はあっちさ」
悪びれなく生徒は言う。少し頭にきたものの、親切は有難いので太公望は許してやることにした。
「いや、わしは高等部から編入なのだ」
「へぇ。なら、あーた先輩さ」
少しびっくりした後、生徒は笑った。
「俺っち天化って言うさ。よろしくな、先輩。編入生なら入学案内の紙もらってるさ?」
「おお、もっとるような気がする」
心もとなく太公望は言い、がさごそとトランクを探った。天化も手伝って紙は何とか見つかった。
「それにクラスと部屋が書いてあるさ」
「んーと。クラスがA組、部屋番号が312か」
「じゃあ、ついでに相部屋が誰か見てきてやるさ。先輩、名前は?」
立ち上がって天化は尋ねる。
「太公望」
言うが早いが天化は掲示板まで走っていってしまった。
わしの後輩っつーことは、あいつ中学生か。
太公望は考える。
さっき天化が言ったように高等部と中等部は地理的に少し離れている。
何でこっちにおるのかのぉ。
木の下でぼんやり考えていると天化が帰ってきた。困ったような戸惑ったような不思議な表情だ。
「あんたの相部屋。楊ぜんさんだったさ」
そういうとうかがうように太公望の顔を見る。
「どんな奴か知っておるのか?」
何気なく問うと天化は笑った。
「そっか、先輩編入だもんな。当然楊ぜんさんのことしらねーさね」
「有名なのか」
「先輩なら大丈夫だと思うさ。でも変なこと考えちゃダメさ」
太公望はきょとんとした。
変なことって……なんだ。
天化と別れて奥にある寮へと向かう。
312号室ということは3階というわけだろう。寮にはエレベーターがついており太公望はちょっと感心した。
「すごいのぉ」
しかしエレベーターの前は掲示板同様ごった返している。ちょっと悩んだものの太公望は階段を使うことにした。
3階くらいなら何とかなると思ったのだがトランクの重さをすっかり計算違いしていた。部屋の前についた頃にはもうへとへとだった。
トランクの上に腰掛け、恨みがましく扉を見る。
そういえば天化が変なことを言っていた。先輩なら大丈夫ってどういうことだろう。もしかして楊ぜんという人物はものすごく性格が悪いとか、人格が破綻してるとか、引きこもりとかそういう何かしら問題のあるような人物なのだろうか。
うーん。と太公望は悩む。確かにここは進学校だし、受験で精神的に不安定になってしまうような人間もいるだろう。
そういえば、変なこと考えるなとかも言ってたのぉ。
太公望はどきりとした。もしや自殺とか……?
否、否! わしはそんなことする人間ではない。ではないが、一見そんなことしそうにない人がそういうことをぽんっとしちゃうのが世の中の常というもので……
大丈夫だろうか、わし。
太公望はちょっと不安になった。
不安にはなったのだが、いつまでも不安でいるわけにも行かない。大体、実際のところ楊ぜんがどういう人物なのかはさっぱりわかってはいないのだ。
意を決して太公望はトランクから降りると、ドアを軽くノックした。
「た、たのもー」
声が弱弱しい上に台詞が間違っている。
音もなくドアは開き、開いた瞬間。
「すまぬ!」
今度は大声で、太公望、謝ってしまう。それからくるりと回れ右して一目散に走り出した。
わしとしたことがなんと迂闊! 女子寮と男子寮を間違えるとは!!
顔を出した人物の長い髪を見たとたん太公望はそう思ったのだ。しかも、かなり長い間あの部屋の前で太公望はトランクに座りながら悩んでいた。女子寮に男子が紛れ込んでいるだけでも十分異様なのにその上、一つの部屋の前でずっと座り込んでいたのだ。これは異常と思われても仕方がない。
進学早々大失態だ。寮なんてそう面白いこともないから次の日には女子寮に堂々と侵入したヘンタイとして太公望のことが噂になっているかもしれない。
その場の勢いで階段を一階まで駆け下りる。
「ああっ」
太公望は両手で頭を抱えた。抱えてから気がついた。
「しまったー! トランク忘れたー!!」
叫んでしまってから太公望はキョロキョロした。キョロキョロして……あれ。
「なんで男子がここにおるのだー!!」
そう、見渡すと今の太公望の叫びに怪訝そうな顔をした男子生徒がうようよといる。
「何でって言われてもなぁ」
一人が友人を突っついた。
「ここ男子寮だしな」
突っつかれた一人が答えた。
「そ、そうなのか」
恐る恐る太公望は会話に割り込んだ。
「そりゃそうだろ」
屈託なく一人が答えた。
「し、しかしわしの部屋に女子がおるのだ」
そういうと二人は顔を見合わせ、そしてにへらんと笑った。
「お前、部屋、312号室?」
「そ、そうだが」
太公望はいささか押されて頷く。
「うおおぉ。良かったぁー」
男子生徒は今時珍しいガッツポーズをとり、それから響き渡るような大声で叫んだ。
「おおーい。コイツが太公望だって!!」
おおっ。というどよめきがあたりを支配し、太公望に視線が突き刺さる。
「なっ」
太公望は一歩後じさった。
何でわしの名前を知っておるのだ! ついでに言うと部屋番号を知っているのも変だ。
「そうかー。お前が太公望かー。いやー良かった」
満面の笑みで背中を叩かれる。
「いっ、痛いのぉ」
「そうかー。痛いか。貧弱そうだもんな」
初対面で貧弱そうと言われ、太公望はむっとしたが、むっとした太公望なんかよそに、喜びモードはどんどん広がっていく。
「こんなちっちゃいのならなー」
「ちっちゃい!?」
「襲えるわけないもんなぁ」
「お、襲う!?」
何だ何だ、何の話だ?
「歓迎するよ、太公望。いや、ホントお前で良かった」
そういうわけで……というか実際のところ太公望には何が何だかさっぱりわからなかったのだが、太公望は引きずられるようにして寮の一角、一階の隅の部屋に案内されたのである。一角には十数人の生徒がすでに集まっていた。
「ではこれから、17年度第一回プリンちゃんを守る会の開会を宣言する。司会進行は俺、姫発が勤める。でははじめに、この会に強制参加となった太公望君を紹介しよう」
「きょ、強制参加……?」
太公望はたじろいだ。ぱちぱちと軽い拍手が鳴る。
「こ、これはどういう……?」
尋ねた太公望に姫発はにやっと笑った。
「そう堅苦しいもんじゃ、ねーんだ。はじめは単純なプリンちゃんのファンクラブみたいなものだったんだけどよ」
「何故そんなものに、強制参加しなければならぬのだ」
「まぁ、話は最後まで聞けよ。去年楊ぜんが中等部に編入してきてから話がちょっとややこしくなったんだ。いいか、楊ぜんってのは男だけど超プリンちゃんなんだよ。判るか?」
「わからん」
きっぱりと答えたとたん、ブーイングの嵐が起こった。
「だ、だって。男なのであろう?」
太公望はあわてて言った。
「お前だって女と見間違えたんだろう?」
「わしは長い髪しか見ておらぬ。そうだ、男が髪を伸ばすのは校則違反ではないのか?」
「俺たちが学校側と掛け合ったんだよ」
「なんと、こんなアホそうな会にそんな力が?」
太公望が心底驚くと姫発は笑った。
「いや、教師の中にも隠れ楊ぜんファンがいるからなぁ。それに一応女子のファンクラブだってあるし、あっちのほうが人数多いぜ、やっぱり」
太公望はあっけにとられた。
「アイドルみたいだのぉ……」
「実際アイドルだろ。うちの寮は週末しか出歩けないし、テレビも勉強の邪魔になるからって置いてないんだ。まあ一部共有スペースにないこともないし小さいのなら黙って持ち込めばバレねーけどさ。って、なんか話がずれたな。とにかくそんなアイドルみたいな、楊ぜんがわれらが寮に入ってきたんだ」
「で、この会が楊ぜんの男子ファンクラブもかねておるわけか」
「いや、それだけなら、女子ファンクラブと統合しちまえばいいだろ。俺らには俺らにしかできないこともあるんだよ」
「はあ」
太公望は興味なさそうに相槌を打ったが、姫発は身を乗り出して熱弁を振るっている。他の生徒も頷いたり真剣そのものである。太公望はちょっと気味悪くなった。
「いいか、この寮には致命的な欠陥がある。なんだかわかるか?」
「さあ」
「考えろよ。考えてから言えよ。今、お前全然考えてなかったろ。ま、いいや。この寮の致命的な欠陥とはな、ずばり二人部屋であることだ。わかるか」
「わからん」
「おまえなー。いいか。万が一ヨコシマな思いを抱いた誰かが楊ぜんと同室になったらどーすんだよ。俺たちはなそういうヨコシマな野郎から楊ぜんの貞操を守れって女子ファンクラブにも要請されて発足してんだよ」
「だって男同士であろう」
太公望はきょとんとする。
「だーかーらっ。あいてはあの楊ぜん何だって。って、あー!! そういやお前楊ぜんの顔ちゃんと見てねーんだよな」
こくんと太公望は頷いた。
「そーか。判った。なら見るな。間違っても見つめるな。惚れるから」
「はあ?」
「惚れちまったら、この会に来いよ、毎週水曜日。この部屋だ。間違っても変な気起こすなよ! もうダメだと思ったら俺の部屋に来い、とめてやるから。212号室だ。覚えとけ」
「な、なんか知らんが。惚れなければよいのだな」
太公望はようやくそれだけ言った。
「まあ、そういうことだ」
「では、わしはもう帰って良いかのぉ」
「おお。でも俺が言ったこと絶対忘れんなよ」
「わかった」
異様な雰囲気の個室を後にして小さく呟く。
「ほれるわけなかろう」
男子校ならまだしも共学で男に惚れるものか。
「なんか、変なところに来てしまったのぉ」
とぼとぼと歩いて一階玄関へ戻る。頭の中はまだ混乱中だ。階段を使おうかと考えたが、思い直してエレベーターを選んだ。なんだかとても疲れてしまったのだ。
3階の部屋の前にたどり着くとトランクがなくなっていた。部屋番号を確かめる。312号室。間違いない。軽くノックをすると、ドアが大きく開いた。太公望はちょっとだけ緊張して身構える。
「あなたが太公望さん、ですか」
そういってにっこりと微笑んだ人物は、じっくり見ても何故か女性に見えた。
next.
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