garden----------no.02
「僕がルームメイトの楊ぜんです。もう逃げないでくださいね」
そういって楊ぜんはにっこり笑った。青い長い髪に不思議な色をした瞳。太公望はちょっとどぎまぎした。よく見れば男に見えないこともない。中性的な顔立ち、というのだろうか。左右正対称の綺麗な顔だ。
「太公望だ、よろしく」
そういって太公望が右手を出すと、楊ぜんは驚いたような顔をして軽くその手を握った。白くてやわらかくてひんやりして、男にしておくのはもったいない手だ。
「あなたの荷物、運んでおきました。なかなか帰ってこないし、そのままにしておいてもいけないから」
楊ぜんはそういって大きくドアを開き部屋に太公望を招き入れる。6畳ほどのフローリング。真ん中にテーブルが一つ。箪笥、机がそれぞれ2つずつ。奥に二段ベッドが見える。
「すまなかったのぉ」
ものめずらしそうに部屋の中を見回しながら太公望は言った。
「僕が机と箪笥は勝手に選んでしまいましたよ。嫌だったら言ってください」
「それは別にどちらでも良いよ」
そういいつつ太公望は二段ベッドを眺める。二段ベッドの上の段で寝るのが子供のころからの夢だったのだ。
楊ぜんは太公望の視線に気がつくと、「じゃああなたが上の段使ってください」とてきぱきと言った。
「良いのか?」
「ええ。あなた寝相は悪くないですよね。上から落ちてこられたらたまりませんから」
「そんなに悪くないと思う」
「じゃあ、どうぞ」
話は決まったとばかりに楊ぜんは二段ベッドの下段に腰掛けた。
じっと太公望を見ている。太公望はちょっと落ち着かなくなった。
「おぬしは進級組みなのだろう?」
「はい」
「わしはここは初めてだし、学校のこととか教えてもらえるとうれしいのぉ」
「そうですね」
楊ぜんはちょっと考え込む表情になる。
「僕は逆に他の学校のことを知りませんから断言はできませんけれど、授業の進み方はやはり公立校よりも早いと思います。でも、進級組みの人には補修があるはずですから大丈夫です。それにここの試験を受かったんだからあなただって頭良いんでしょう? ましてAクラスだし」
「A組だとなんかあるのか?」
「Aクラスは特別クラスなんですよ。特に優秀な人が集まるクラスです。転入組みでいきなりAクラスっていうのはあまり聞かないですから。あなたも優秀な人なんだろうと思って。ちなみに僕もAクラスです」
楊ぜんはさらりと言った。優秀な人が集まるクラスといった後で自分もその一員だと言う。普通、そんなこと言うだろうか。太公望はちょっとあっけにとられた。楊ぜんはもしかすると綺麗な顔には似合わずに――あるいはとても似合って――かなりトンデモな性格をしているのかもしれない。
「わしは別に優秀と言うわけではないよ。中学では授業とかも、結構さぼっとったし」
気がつくと何故か太公望のほうが謙遜してしまう。
「いえ。それはありえません」
またもや楊ぜんはきっぱりと言い切った。
「それはあなたが通ってらした中学のレベルが低かっただけだと思います。授業をサボっていてもこの学園に転入してこれたのが良い証拠です」
太公望はとっさに言葉が見つからなかった。姫発は楊ぜんのこの性格を知っているのだろうか。ふとそんなことが頭をよぎった。
「そ、それはともかく。勉強のことだけでなく、こう先生の話とかクラスメイトの話とかそういうのはないかのぉ」
「先生ですか。先生でしたらこの学園には素晴らしい先生がいらっしゃいます!」
楊ぜんはぱちんと手を打った。次いで身を乗り出す。
太公望はちょっと嫌な予感に襲われた。
「古典の先生ですが玉鼎先生です。古典だけでなく漢文や日本史、中国史にも秀でていらっしゃって、質問にはとても丁寧に答えてくださいますし、歴史の先生なんか頼るより玉鼎先生に聞いたほうが何倍も素晴らしいお話を教えてくださいます。人格的にもとても素晴らしい方で生徒の相談にも乗ってくださいますし、優しくて品格があって、とてもステキな……」
「ま、まて」
うっとりした楊ぜんを太公望は慌てて引き止めた。
「なんですか」
「いや、なんつーか。もう良い」
「何が良いんですか? 僕、まだ三分の一もお話していないと思いますけど」
「いや。その。玉鼎先生の素晴らしさはよーく判ったから」
「この程度でわかっていただけるとはとても思えません」
「いや。判った。きっと品行方正が服着て歩いてるような人なのだろう?」
「……」
楊ぜんが考え込んでいるようなので太公望は慌てて付け加えた。
「そ、それに頭がよくて性格がよくて賢くて立派で紳士で格好よくて、それから、えーと、思いやりがあって優しくて、つ、強い?」
しまった。最後のは余計だったか。太公望は考える。
が、楊ぜんはにっこりした。
「よくお分かりですね。その通りなんです!」
よかった……。
太公望はホット胸をなでおろし、慌てて話題をそらせた。楊ぜんに玉鼎先生の話はしてはならないと心の中でメモをとる。
「わしらの担任はどんな奴なのだ?」
話を切り替えるつもりで太公望は言った。
「担任は……噂では太乙先生らしいです」
楊ぜんは内緒話するみたいに声を潜める。
「それは、どんな奴なのだ?」
「彼は……ハズレですね」
またもや楊ぜんは言い切った。
「ハズレ?」
「まぁ、授業のレベルは高いし、人格的にはそんなに……でも性格は……変です」
「おぬしに変と言われるからには相当……なのだろうのぉ」
「どういう意味ですか」
おっと、うっかり口を滑らしてしまったようだ。太公望はふるふると首をふった。
「おぬしが言うからには間違いなかろうという意味だ」
「それなら良いですが……。彼はオタクという人種らしいです」
「人種?」
とても真面目な顔で楊ぜんはこくりと頷いた。おかげで太公望の頭の中には美少女フィギュア持った太った男がぐるぐると回りだした。
「嫌だのぉ……」
太公望は頭の中の映像に酔ってちょっと青ざめる。
「そ、そんなに悪い人じゃないです。優しいし」
勘違いした楊ぜんが慌てて、とりなした。
「それは……」
おぬしが可愛い顔してるからえこひいきしてるだけでは……? 太公望の頭の中には美少女フィギュアな楊ぜんがぐるぐると回って……ってそれは倫理的にマズイ気がする。
だあああっ! やめんかっ!!
太公望はぶんぶんと首をふった。このままだと陸にいるまま船酔いしかねない。
「本人はマニアだと言い張っていますが、姫発がいうにはマニアとオタクは一般社会ではほぼ同義語だと考えて差し支えないと……。あの、マニアだったら大丈夫ですか?」
気がつくと楊ぜんが心配そうな顔で太公望を気にしている。
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのかわからないが、太公望はとりあえずそういった。頭の中のぐるぐるはどうやら納まったようだ。
「どうも先生関係の話題はやばいのぉ。生徒はどうなのだ?」
楊ぜんはちょっと困ったように視線をさまよわせる。
「生徒は……普通、かな」
「姫発とかもか」
からかうように太公望は言った。
「なんだ、姫発のこと知ってるんですか」
楊ぜんが笑う。
「そのせいで遅くなったのだ」
くすくす笑っている。
「あの人、悪い人じゃないんですよ。面白いし」
「そうか。わしはおぬしが騒がれて迷惑がってるのかと思っておった」
「迷惑……なのかなぁ」
楊ぜんはすっと太公望から視線をそらす。
「でも、僕、友達ってあんまりいないから。ああいう臆せず僕と話をしてくれる人は貴重なんです」
「そうか? ファンクラブまであるのだろう」
太公望はからかうように言う。
「ファンはあくまでファンですから」
楊ぜんは寂しそうに視線を落とす。
太公望が何かいいかけた瞬間、ぱっと顔を上げにこっと笑った。
「まあ、それもこれも、僕が美しすぎるのがいけないんですけどね。みんな僕の美しさに気後れしちゃうんですよ。きっと」
太公望はあっけにとられて、結局何もいわないことにした。これは多分慣れなければならない人生の試練なのだ。
「まぁ、そんなわけで僕はあまりクラスの人のこと知らないんですよ」
あっけらかんと楊ぜんは笑った。それからちょっと真面目な顔をする。
「正直なところ、同室があなたみたいな人で良かったです。あなたは普通の人だから」
「そうだのぉ。姫発にも変なこと言われたし」
楊ぜんはくすっと笑った。
「だいたい想像がつきます」
「わしは、その。おぬしに惚れたりとか、ましてや寝てる間におぬしに何かしたりとか、そういうことはないから大丈夫だ」
「そうそう。それが普通の反応ですよね。そういうのがとても貴重なんです」
楊ぜんが手を打って喜ぶ。
「そうでなくちゃ」
「顔がいいのも大変だのぉ」
太公望は冷やかすように言ってみた。
「ええ。まったくです」
楊ぜんはとても真面目な顔で頷いた。
太公望はひたすら慣れるのだと自分に言い聞かせる。
荷物を整理したり、教科書を軽くめくったりしてその日は暮れた。箪笥の中を確かめると制服がかかっている。ブレザータイプのものだ。背が伸びることを見越して――というよりも祈って――大きめのサイズを買ったのでまだぶかぶかかもしれない。
夕食は寮の一階にある食堂でとり、部屋に戻ってきてからはすることがないので太公望は二段ベッドの上の段に早速上って携帯でゲームをしていた。真面目な楊ぜんは新しい教科書を開いて予習をしているらしい。ちらりと横目に楊ぜんの横顔を盗み見る。
青い髪は変な癖もなくまっすぐで艶があって思わず触って見たくなる感じだ。白い顔にはにきびやそばかすなんて一つもなく、ほくろも無い。目は大きくて、でも太公望みたいなどんぐりまなこと言う奴ではなくて切れ長で、鼻も高い。背が高くて姿勢がよくて自信にあふれていて、外国の女優みたいだ。ただ、楊ぜんのほうがもう少し優しい可愛い顔をしている。男に可愛いというのは変だけれどこれは本当なんだからしょうがない。
これで性格があれじゃなかったらのぉ……。まぁそれならホントに姫発が言うみたいにやばいことになってたかもしれんが……
そこまで考えて太公望ははっとした。
なに考えとるのか、わし!! 性格がどうであってもあれは男だ!!
太公望は頭をぶんぶん振った。気がつけばゲームのことなんか頭に入らなくなっている。
そのうち楊ぜんが勉強をやめて寝ると言い出したので、太公望もゲームをやめることにした。
「豆電球、残しときますか?」
「いや、別に良いよ」
「良かった、僕ちょっとでも明るいと眠れないんです」
部屋が真っ暗になる。
「おやすみなさい。太公望さん」
「おやすみ。楊ぜん」
太公望は二段ベッドの上の段で再びぼんやりと考える。
楊ぜんはどうやらいろいろな意味でとんでもない生徒であるらしい。なにしろ楊ぜんと同室であるというだけでファンクラブやらなにやら、とんだ注目の的になってしまったようだ。
明日はいよいよ始業式だし、早く寝てしまおうと思うのだがどうにも目が冴えてしまう。らしくもなく緊張しているようだ。
真っ暗な中で時間だけが流れる。実は暗闇はちょっぴり苦手だった。
「のぉ、楊ぜん。起きとるか?」
どきどきしてきて太公望は楊ぜんに声をかける。
「何ですか?」
とろんとした声が帰ってきた。起こしてしまったのかもしれない。悪いことをしたと太公望は思う。
「早く寝ないと明日がつらかろう?」
「それ、夜中に声かけてくる人の言うことですか」
「そうだのぉ」
「明日は始業式だけですから大丈夫ですよ。明後日からはテスト」
「テスト?」
「ええ。いきなり実力テストです。眠気、覚めてしまいましたか?」
「いや。今更あがいたところでどうしようもないし。まだちょっとは受験のときの記憶が……」
くすくすと楊ぜんが笑う。
「おぬしは余裕だのぉ」
「いいえ。そんなことはないですよ」
笑いを含んだ声で楊ぜんは答える。それから気がついたように言った。
「そうだ。太公望さん」
「なんだ」
「一つ忠告があります。クラスではこういう調子で僕に話しかけないほうが良いです」
きっぱりと楊ぜんは言う。
「なんで? 迷惑か」
太公望は驚いてやや身を起こして下の段を覗き込んだ。暗い中でよく見えないけれどわずかに青い髪を目が捉えたような気がした。
「いえ。部屋ではむしろこの方が僕は嬉しいです。でも、クラスだとあなたが嫉妬されるといけないから……」
「大変だのぉ」
ため息交じりに太公望が言った。これも慣れなければならない試練の一つなのだろうか。
「すみません」
「おぬしが謝ることではないが……そうだ。ではわしもおぬしに一つ頼みがある」
不意に思い立って太公望は言った。
「なんですか?」
「わしのことは師叔と呼んでくれ」
「スース?」
きょとんとした楊ぜんの声が下から聞こえる。
「あだ名みたいなものだ。友達同士で太公望さんではおかしかろう?」
「友達ですか? 今日会ったばかりなのに」
くすっと楊ぜんが笑った。
「そういうことにしておけ」
「変な人」
楊ぜんはそれっきり黙った。
眠ってしまったのだろうか。太公望も目を閉じる。やがてうとうとと睡魔が襲ってきた。
眠りに落ちる直前、
「ありがとう。師叔」
声が聞こえた気がした。
next.
novel.
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