garden----------no.05



 翌日のスケジュールはハードだった。実力テストは主要五教科。それが試験時間50分と休憩の10分の計60分で1時間目から5時間目までぶっ続けで行われる。回答方式はデータシートによる選択式で、全25問。難易度は基本的な問題から、かなり頭を使わねばならない応用問題まで幅広く、早くも試験を投げた生徒が転がす鉛筆の音がからからと実によく響いていた。
 5時間目最後の鐘が鳴るとさすがの太公望もぐったりした。
「きっついのぉ……」
 シャーペンを放り出しぺたんと机に伏せる。
 せめてもの救いは採点のために翌日の授業が休みだということぐらいだ。
 最後の答案を集め終わった太乙はにやにやしながら言った。
「まあ、せいぜい明日はゆっくり休みなよ。マークシートだから明後日には結果が出ちゃうけどね。あ、上位20位まではいつもの通り正面玄関横の掲示板に名前出るから自身のある人は見に行きなよ」
 おそらく楊ぜんの名もそれに載ってくるのだろうなと太公望は思った。
「じゃ、今日は皆疲れただろうから、HR省略で終了。でも他のクラスに迷惑かかるから鐘がなるまでは教室から出ないでね」
 太乙はそういうとさっさと職務放棄して足取り軽く教室から出て行ってしまった。
 太公望はうーんっと伸びをする。背骨が伸びるような気がして背伸びするのは好きだ。
「どうでしたか。テストのできは」
 顔をあお向けると楊ぜんが立っていた。疲れた表情すら見せず微笑んですらいる。
「教室の中でわしと話しては駄目なのではなかったか?」
 小憎らしいのでわざと意地悪なことを言ってみた。
「昨日の一件であなたはすでに目をつけられてますからね。それに、このクラスの人たちは勉強が忙しいですから。変な噂を流して喜んでいる暇なんか持ってませんよ」
 つんつんして楊ぜんは言った。
「ふーん」
 太公望はやる気なく答えて大きなあくびを一つ。
「随分余裕ですね」
「だあほめ、疲れたのだ。おぬしは良く平気だのぉ」
「こうみえてもスタミナはありますから」
 楊ぜんは自慢げに言って太公望を見下した。体力には余り自身の無い太公望としてはいささか面白くない。
「青白い顔してよく言うわ」
「色が白いのは生まれつきなんですよ。ほっといてください」
 楊ぜんは怒った。悪いこととを言ったようだと感じた太公望は即座に話題を変える。
「ところで、おぬしはどうだったのだ? テスト」
「どうって……まあ、そこそこは」
 台詞の割りに楊ぜんは自信たっぷりに微笑んだ。
「わしもそんなもんだのぉ」
「つまらない人ですね」
 何を期待していたのか楊ぜんは本当につまらなそうに言った。
「帰るか」
 ちょうど鐘が鳴ったのを期に太公望は立ち上がる。
「そうですね。人が来ないうちに……と言っても今日はさすがに来ないと思いますけどね」
「そうなのか?」
「ええ。追っかけてくるのは女子ばかりだし。さすがにそんなにタフな女の子はいませんよ」
 なるほどと太公望は頷いた。自分だってぐったりと疲れている。目の前に本物のアイドルタレントが現れたところで追っかける気にはなれないだろう。
 楊ぜんはにこりと笑って続けた。
「昨日が特別多かったんですよ。始業式だったから」
 そんなもんかのぉと太公望は考える。
「春休みの間、僕に会えなかったでしょう?」
 その台詞に太公望はちょっとげんなりして楊ぜんを見上げた。事実なのだろうが、事実なのだろうが、その自信はどこから来るのか。
「疲れたし、さっさと帰って寝る」
 太公望は不機嫌に宣言した。
「ほんっとに、つまらない人ですね」
 楊ぜんは膨れて後をおった。

 寮に帰ると早速楊ぜんは実力テストの答案を出して復習を始める。
 そんな楊ぜんを横目に太公望はごろんと二段ベッドの上の段に横になった。
「よくやるのぉ。テストのすぐ後で復習など」
「いいでしょう。僕がなにやったって。他にすることもないんだし」
「疲れておらんのか?」
 ころんと太公望は寝返りを打って楊ぜんを見つめた。人の頭を斜め上から見下ろすというのは変な感じがする。いつも見下ろされてばかりだからなおさらだ。
「疲れてますよ」
 煩そうに楊ぜんが答える。
「じゃあ、休めばよかろう」
「そういう無駄なことは嫌いなんです」
「無駄って、おぬし……」
「煩いなぁ。邪魔するんならとっとと寝ちゃってくださいよ」
 横暴である。でも、幸いにも太公望はこれくらいのことでむっとするような性格でもめげる性格でもなかった。
「疲れてるときに勉強しても効率はよくなかろう? きちんと休んでからのほうが効率的だと思うがのぉ」
「じゃあ、前言撤回します。疲れてないです」
 楊ぜんは頑固に赤ペンを放さないまま言い張った。頑固者め。太公望は心の中で毒づく。
「じゃあ、勝手にせい」
 太公望はそういってふたたびころんと寝返りを打つと楊ぜんに背を向けて眠ってしまった。

 なんだか見捨てられたような気持ちになって、それを慌てて追いやって楊ぜんは答案に向かった。本当のことを言えばとても疲れているし、眠気も差している。
 だけれど、太公望のように眠ってしまうことはできない。昼寝なんて自分のカラーじゃないと楊ぜんは思っている。人にはそれぞれ行動にも似合う似合わないがあって、昼寝という行為は楊ぜんに似合う行為ではないのだ。
 学園のアイドルである楊ぜんはいつもきちんとしていなければならない。何とはなしに楊ぜんはそう思っている。そして、その何とはなしがいつの間にか楊ぜんの行動をがんじがらめに縛り付けている。そのことに気がついていないわけではないが、今更アイドルのイメージを脱ぎ捨てるだけの度胸が楊ぜんには無かった。
 だから楊ぜんは眠気と戦いながら答案を直して、計算式を立てて。
 そして、でもやっぱり眠ってしまったようなのだ。
「う……ん?」
 目が覚めて部屋の中が真っ暗で、さすがに楊ぜんは驚いた。気がつけば肩には毛布がかけられていた、そのことに嬉しく思うよりずっと先にカッと頬が火照った。
 うたた寝しているところを太公望に見られた。あんなに意地を張って疲れていないと言い張ったのに。怒りにも似た羞恥心が全身を駆け巡っていく。
 そっと太公望のほうを見ると太公望は眠っているようだ。それは少しだけ有難かったけれどなんの解決にもならない。見られた事実は変わらないのだ。今の楊ぜんなら太公望の記憶を消すためならなんだってするだろう。
 そこまで考えて楊ぜんは首を振る。
 何を考えているんだ。冷静にならなければ。
 落ち着いて辺りを見回すと机の上にパンが2つ置いてあった。眠ってしまっていた楊ぜんのために太公望が食堂から持ってきたのだろう。太公望は楊ぜんが眠ってしまったことを他の誰かに話しただろうか。
 癪だったけれどおなかが空いていたので楊ぜんは太公望のパンを一つ齧った。食べながらも、そのことを癪だと感じている自分が情けないような気がした。
 素直に感謝すれば良いじゃないか。どうしてできないんだ。
 情けない気分のまま楊ぜんはベッドに入った。きっと自分は人間として大事な部分がどこかかけているのだ。そう思った。


     ☆


 朝。ぱちりと楊ぜんは目を覚ます。
「起きたか〜!」
 とたん、太公望の嬉しそうな声が聞こえた。思わず後ろに下がったら壁に頭をぶつけた。
 美形は壁に頭なんかぶつけちゃいけない。全く、もう!
「ひ、人の寝顔をのぞくなんて悪趣味ですよ師叔!」
 昨日のこともあって声を震わせて楊ぜんは抗議した。ぶつけた頭がじんじんする。
「す、すまぬ」
 何を怒られてるのかさっぱりわからないと言う顔で太公望は謝りながら言った。
「おぬしが起きるのを待っておったのだ」
「は? どうしてですか」
 楊ぜんはきょとんとする。
「朝食を食べに行きたいのだ」
 太公望は情けない顔でおなかを押さえた。
「一人で行けば良いじゃないですか」
「わしが一人で行くと回りが煩いのだ。昨日だって楊ぜんはどうしたとか、喧嘩したのかとか、煩くてのぉ」
 太公望はげんなりした顔をした。この人はげんなりした顔をすると余計に小さくなってしまったような印象を与える。
「それで、あなたは何ていったんですか」
 おそるおそる楊ぜんは尋ねた。部屋でうたた寝してただなんて広まったら沽券にかかわる。
「部屋で勉強しとると言ったらみんな納得しておったが」
「そうですか」
 ホッとしたのと同時に、申し訳ない気分になった。太公望も楊ぜんのせいでいやな目にあっているのだ。まず第一にそちらを心配すべきではなかったか。
「それはすみませんでした。でも、休みの日の朝は僕食べないんですよ。朝は食べない人も多いし昨日みたいに色々言われないと思いますよ」
「そうかのぉ。しかしせっかくだから一緒に行こう、楊ぜん」
 太公望がぐいっと楊ぜんの手を引っ張る。楊ぜんは慌てた。
「待ってください。だったら僕、支度をしなくては」
 結局楊ぜんの支度が整ったのはそれから30分後で、太公望はその間ぐうぐう抗議するおなかを一生懸命おさえていた。

 朝の食堂は確かに人が少なかった。窓際の席に陣取って太公望は上機嫌でねばねばと納豆をかき回し、楊ぜんは太公望のモーニングセットからいただいたレタスのサラダを突っついた。
 納豆もなんだか美形の食べる食べ物じゃない気がする。本当のことを言うと食べられないわけではないのだが、あのねばねばした食感はどうも苦手だ。太公望が納豆かけご飯を食べている間ぼんやりと楊ぜんは考える。
「おぬし今日はどうするのだ?」
 気がつくと太公望が話しかけていた。
「どうって……勉強かなぁ……」
「おぬしホントに勉強以外する事が無いのか」
 あきれたと言う顔で太公望が言った。
「ないですよ」
 むっとして楊ぜんは答える。
「走ってはどうだ? 陸上やっておったのだろう?」
「いやですよ。盗撮されたら嫌だし」
 太公望はしばらく沈黙する。楊ぜんはちょっと優越感に浸る。
「でも、楊ぜん。おぬし周りの目ばっかり気にしておったら何もできぬぞ」
「別にしたい事なんか無いです」
「そういうのは寂しくはないか」
 太公望が真剣な目で言ったので楊ぜんはちょっとたじろいだ。
 別に寂しくなんか無い。ちっとも。全然。
 モーニングセットを食べ終えた太公望はぽんっと立ち上がる。
「よし。では、今日は外に出よう。楊ぜん、外出許可はどうやって取るのだ?」
 ぽかんとした楊ぜんに太公望は言った。
「おぬしは多分。そのアイドルの仮面を脱ぎ捨てねばならぬ。それにはここから出なくては駄目だ」
「何言って……」
 太公望はにんまり笑った。
「抜け駆けするのだ」
「は?」
「物分りが悪いのぉ。デートするのだ」
 嘘だ。あなたは僕になんかちっとも惚れてないじゃないか。
 湧き上がった自分の思いにぎょっとする。何だ? これではまるで、太公望が自分に関心を示さないことを拗ねているみたいじゃないか。
 だけれど楊ぜんは太公望につられて立ち上がっていた。

next.

novel.