garden----------no.06
校門を出て思いっきり伸びをすると太公望は歩き出した。
慌てて楊ぜんが後を追いかけてくる。
「待ってください。どこに行くんですか」
「遠く」
太公望はそれだけいってさっさと歩き出す。
「遠くじゃわかりません」
楊ぜんは膨れる。目的地もわからず歩くのは苦手だ。
「電車に乗って遠くまで行くのだ。おぬしのことを知ってるものがいなくなるまで遠く。案外そう遠くでもないかもしれぬぞ」
「はあ?」
「世間はそんなにおぬしに注目しておるわけではない」
太公望の言葉に楊ぜんは膨れる。
「井の中の蛙で悪かったですね」
「違うよ。そういうことをいいたかったわけではないのだ。ただおぬしはもうちょっと肩の力を抜いたほうが良いと思ったのだ」
楊ぜんは膨れたまま黙っている。余計なお世話とでもいいたげな顔だ。
「わしが悪いのだろうな」
ぽつんと太公望がいったので、楊ぜんは驚いて膨れるのをやめた。どう考えても悪いのは勝手に拗ねている楊ぜんだ。
「わしがおるから、おぬし力をぬけぬのであろう?」
「別に……そんなのあなたが気にすることではありません」
むしろ、変な目で見られないため気持ち的には楊ぜんは楽だ。それは確かに今までの一人部屋のほうがずっと楽だったことは確かだけれど、あれは特例だったのだから仕方がない。寮はもともと2人部屋と決まっているのだ。
「そうはいっても気になるのだ。性格なのだから仕方あるまい」
「そうですか、ではご自由に」
納得しない気分で楊ぜんはいった。
駅に行くにはバスを使うのが一番早いが、学園の生徒がすでに並んでいたため、二人は歩いていくことにした。徒歩15分。歩くには少しばかり疲れる距離だ。
太公望が歩いていくちょっと後ろを楊ぜんはとぼとぼとついてゆく。
「のぉ、楊ぜん。わしらは友達になれぬか?」
突然、前を歩く太公望が振り返りもしないで言った。
「友達って、なろうと言ってなれるものなんですか」
楊ぜんは怪訝そうな顔で聞き返すが、前を歩く太公望にはわからない。
「そういうものではないが、なろうと思えばなれるであろう」
そんな簡単に、今日からあなたは友達と言っただけで友達になんかなれるものなのだろうか。楊ぜんにはわからない。
ちょっと考えてから楊ぜんは口を開く。
「あなたは僕と友達になりたいんですか?」
くるんっと太公望は振り返った。
「なりたいよ」
かあっと頬が赤くなるのを感じて、楊ぜんは慌てて太公望を追い抜いた。
今日の楊ぜんはおかしい。どうかしている。男に友達になりたいと言われて、どうして頬を染めなければならないのか。これは今までとは全く逆のパターンだ。もっとも楊ぜんは誰かに友達になりたいなんて台詞言ったことは無かったけれど。
「待たぬか楊ぜん。あんまり早く歩くでないよ」
急に楊ぜんが早足で歩き出したので、太公望は慌てて小走りになってついてきた。悲しいかな足の長さの差である。一方の楊ぜんはますます歩くスピードを上げる。太公望に赤くなった顔を見られるのは嫌だった。
結局二人は半分かけっこのようになって駅までたどり着いた。
「どこまで買うんですか」
太公望をだいぶ引き離して駅に着いて、太公望がたどり着いた頃には楊ぜんはなんとか落ち着いていた。田舎と言うわけではないが駅はだいぶ都心から離れている。
太公望は路線図を見上げたが、よくわからなかった。日ごろの運動不足がたたって完全に息が上がってしまったため、考えられる状態でもない。
結局楊ぜんにしたがって3つ先の駅まで切符を買った。
小さなデパートが一つあるだけだが、このあたりでは栄えている部類に入るらしい。
買い物をするにも趣味が違い、ゲームも楊ぜんは興味がなく、暇を持て余して二人は喫茶店に入った。チョコレートパフェとダージリン。勿論チョコレートパフェは太公望だ。
「僕たちが友達になるのは難しそうですね」
楊ぜんはくすくすと笑った。
「そうでもないよ。違うほうが面白いであろう」
太公望はどこまでも前向きだ。
「おぬしも食うか?」
そういってクリームをすくって楊ぜんに差し出す。
「いえ、結構です」
楊ぜんは慌てて辞退した。どうも男同士でやることではない。
「甘いものは苦手か」
太公望は苦笑する。
「そうでもないんですけどね」
楊ぜんは小さく呟いた。太公望が不思議そうに見つめてくるので楊ぜんは続ける。
「甘いものは結構好きなんですけど、そういうのって僕に似合わない気がして……」
「要するに美形でアイドルな自分を演じておるわけか」
楊ぜんはちょっと考えてから頷く。
「ええ……まぁ……」
「楊ぜん。そういうのは人生を損しておる」
太公望はきっぱりと言い切り、楊ぜんがとめるまもなくウエイトレスを呼び止めた。そしてあろうことかチョコレートパフェをもう一つ注文してしまったのだ。
にやりと笑って太公望は言った。
「おぬしからそのアイドルの仮面をはがしてやる」
あっけにとられて楊ぜんはぽかんとした。太公望はすかさず笑う。
「そう。そういう顔でおればよいのだ」
「な……」
楊ぜんは膨れる。膨れてしまってから、これも太公望の言う仮面のはがれた顔になるのだろうかと思った。悔しくてすました顔をしてやろうと思うのだがどうも上手くいかない。
太公望は見透かしたように笑う。
「わしの前ではそういう顔をしておれ。もっとも。できれば膨れっ面以外の顔が良いがのぉ」
楊ぜんは赤くなる。赤くなると同時に、チョコレートパフェが運ばれてきた。
なんだかすべてがむなしくなって楊ぜんはため息をついた。
「あなたにはかないませんよ。師叔」
「では食うが良い。美味いぞ」
ほっぺたにクリームをつけて太公望は満足そうに言った。
恨めしげに楊ぜんはスプーンを手に取る。
それでも久々に食べたチョコレートパフェは随分と甘く、美味しかった。
帰り道、思い立って楊ぜんは聞いた。
「ねぇ、師叔。どうして僕のために色々としてくださるのですか」
「おぬしのために色々な事をしてくれるのはわしだけではあるまい」
楊ぜんはちょっと考えてからもう一度口を開く。
「でも、あの人たちは、僕に惚れてるから……」
「わしはそういう性分なのであろうな。おせっかいなだけだよ」
さらりと返された太公望の言葉に、楊ぜんは自分でも思いがけず傷ついた。
皆が楊ぜんを特別扱いした。でも太公望は楊ぜんを特別扱いしない。太公望はきっと誰に対しても優しい。同室が楊ぜんではなくても、楊ぜんにしたのと同じように接したのだろう。
何てわがままなんだろう。楊ぜんは思う。当たり前に扱われるのを望んでいたはずなのに。実際に当たり前に扱われたらそのことに傷つくなんて。
☆
翌日。早速掲示板の前には人だかりができている。
太公望も楊ぜんにつれられて掲示板の前に向かった。背の低い太公望にはなかなか掲示板が見えない。なんとなく生徒たちの自分を見る目が前と違ったような気がした。ひそひそと囁き声が聞こえる。隣にいたはずの楊ぜんが気がつくといなくなっていた。辺りを見渡すが、すでに見つからない。気にはなったが太公望は再び視線を掲示板に這わせる。
急に視界が開けて掲示板が見えた。
一位 492点 太公望
二位 480点 楊ぜん
三位 472点 呂邑姜
・
・
・
太公望はごしごしと目をこすったが結果は変わらなかった。
嬉しくは無かった。楊ぜんが気になって太公望は掲示板の人ごみから抜け出した。くるくると辺りを見回していると肩を叩かれた。
「よぉ、すげーじゃん。あんた」
振り返ると姫発が笑っていた。
「わしは凄くなど無いよ」
太公望は早口で言った。
「なにいってんだよ。あの楊ぜん抜いて一位だろ。おれなんか張り出されもしねーぜ」
「それが心配なのだ。楊ぜんが落ち込んでいるのではないかと……。のぉ楊ぜんを見なかったか」
「お前立派にファンクラブの一員になったな」
「だあほ。そんなのではない!」
太公望は言い切ったがその台詞はいささか心もとない。
「それはともかく。落ち込んで入るだろうな。天才は挫折を知らないから」
姫発は考え込むようにそういった。
「でも、よぉ。良い経験なんじゃねーの。楊ぜんにとっては。今頃打倒太公望なんてハチマキつけて頑張ってるかもな」
その想像は笑えない。しかし、姫発が楊ぜんについてそういう意見を言うとは以外だった。なんとなく楊ぜんがよければそれでよしという考え方をする人種かと思っていたのだ。
「おぬし、意外によく考えておるのだな」
「当たり前じゃん。俺楊ぜんのこと好きだぜ。なんか、ほっとけないだろ」
太公望は笑った。
「それはなんとなく、わかる気がする」
始業のベルが鳴ったので二人は慌てて教室に駆け込んだ。
楊ぜんはすでに席についていたが会話をする間など勿論ない。おまけにAクラスの授業はさすがにハードで1時間目2時間目を連続して行う予備校のようなスタイルだ。授業が終わればぐったりして立ち上がる気力も無いし、10分間という休み時間はあまりにも短い。これはなれるまで相当辛いだろう。
昼休みに楊ぜんを捕まえようと思ったのだが、その前に楊ぜんは女子のグループにつかまってしまった。というか、楊ぜんは太公望を避けるためにわざと女子のグループを利用したようだ。
「気にすんなよ。楊ぜんだって子供じゃねーんだし」
気がつくと韋護がにやにや笑ってたっていた。事情は大体察しているらしい。
「そうは言っても、あやつまるっきりすることが子供だぞ」
太公望は楊ぜんみたいに拗ねて膨れた顔をした。
結局太公望はファンクラブの空き部屋で昼食を食べた。
空き部屋では、Bクラスの蝉玉が可愛いとか、俺は碧雲のほうが好きだとか、意外にもというか予想通りというか女子の話が多かった。
「邑姜も可愛いけど、あれだけ頭が良いとなんか引け目を感じてどうもなぁ」
「頭の良い子は嫌いじゃないけど学年3位はちょっとなぁ」
「妲己の取り巻きなら誰が良い?」
「俺は貴人ちゃんかな〜」
「喜媚」
「ロリコンめ」
「なぁ、太公望はどうだ?」
いきなり会話を振られて太公望は答えに詰まった。
「どうって……」
「この学園結構女子のレベル高いだろ」
「そうかのぉ」
実はあんまりよく覚えていない。
「駄目駄目。こいつあの楊ぜんと同室だろ」
「うわぁ。朝な夕なに楊ぜん見ちゃったらそりゃ女も霞むよな」
「そ、そういうわけではない! あまり興味が無いのだ」
太公望は言い張った。
が、太公望の抵抗を無視して、会話は楊ぜんの話題へと進んでいく。
「でもさぁ。所詮楊ぜんは男なんだし観賞用だろ。もっと現実的に女見たほうが良いぞ」
「何を言うか。俺、楊ぜんならヤれる!」
「ここでカミングアウトするなよぉ〜」
「実際楊ぜんが女ならいいよな」
「でもさ、女なら頭よすぎるってことで倦厭されるだろ。それこそ学年1位だし。あ、今2位か」
「そっかぁ。じゃ、男でいいのか」
「でも男じゃ、ヤれないだろ」
「じゃ、女?」
太公望は会話の流れにぽかんとした。
善きにつけ悪しきにつけ、彼らの中では楊ぜんは偶像崇拝のアイドルなのだ。誰も楊ぜん自身を見てはいない。
否、姫発は別か?
目があうと姫発は早口で囁いた。
「潔癖症の女子中学生みたいなこと言うなよ。皆言ってるだけなんだから。わかるだろう?」
太公望は頷いた。
「わかりはするが、楊ぜんは真に受けるだろうな」
「真面目すぎるのが楊ぜんの欠点だな」
まさにその通り、と太公望も思った。
next.
novel.
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