garden----------no.12



 ゴールデンウィークはあっという間にやってきた。
 寮のロビーには実家へ帰る生徒たちがひしめき合う。案の定、寮に残ると言う変わり者は太公望と楊ぜんだけだった。
「師叔は本当に、帰らなくて良かったんですか?」
 ひしめき合う生徒たちを眺めながら楊ぜんが口を開いた。
「ジジイしかおらぬと言っておろう」
「そのおじいさんは、師叔に会いたいんじゃないですか」
「孫がたくさんおるから、一人くらいおらなんでも気にならぬよ」
「そういうものじゃないでしょう?」
「わしはじじいとは血が繋がっておらぬのだ」
 そういって太公望が楊ぜんを見つめると、楊ぜんは気まずそうに目をそらした。
「ごめんなさい」
 その声が本当に悲しそうだったから、太公望は慌てて話題をそらす。
「おぬしは、行かなくて良いのか?」
 楊ぜんは今日、実家へ帰る天化を途中まで送っていく――というかデートしていく――予定らしい。
「天化君がこっちに来る予定なんです」
「おぬし、天化を送りに行くのに、天化を迎えに来させるのか」
 あきれて太公望は笑った。
「天化君がくるって言ったんですよ」
 怒ったように楊ぜんが言う。
「愛されておるのぉ」
「やめてください」
 からかった太公望に、楊ぜんは本当に嫌そうな顔をした。
「まだ、悩んでおるのか?」
「このままじゃいけないのは判ってるんですけど、天化君を傷つけたくないんです」
「天化の半分でも、おぬしは愛してはおらぬのか?」
「嫌いだったらこんなに悩んだりはしません」
 嫌いなのかと聞いたのではない。愛しているのかと聞いたのだ。太公望は斜め下から楊ぜんの顔をじっと見上げる。こころここにあらずといった顔。
 太公望は再び口を開きかけたが、寮の玄関に天化が見えたので口をつぐんだ。
「行って参れよ。楊ぜん」
「言われなくても」
 楊ぜんは玄関の天化めがけて走り出す。
 太公望は黙って楊ぜんを眺めた。微笑む顔。何か話しかける顔。見詰め合う表情。
「たいした役者だのぉ」
 太公望は呟く、そして急にばかばかしくなって部屋に戻った。
 そのまま、付き合ってしまえば良いのだ。
 わしの出る幕なんて、もうないのであろう?
 部屋の真ん中に寝転がって天井を見上げる。しんとしている。この寮は結構頑丈で、隣の部屋の音が聞こえることなどまずないが、それでも、大部分の生徒たちが帰ってしまった後の寮は、いつにもまして音がないように思えた。
 30分とじっとしていられなくて、太公望は部屋を飛び出す。寮を出て、売店でアイスクリームを買い――そういえば、売店も食堂も今日までだ、後は自炊するしかない――食べながら校庭を歩く。運動部の練習もきっと今日までだろう。合宿すると言うのは聞いていない。しばらくサッカー部の練習を見ていたが、アイスクリームを食べ終わったのをきっかけに校庭を後にした。日差しが暑い。どこか室内に入りたい。
 ちょうどいいところに図書館が見えてきたので、図書館に入る。図書館も今日までは開館しているらしい。さすがに涼しくてほっと一息つく。この図書館は寝心地のいい椅子があるので、いつの間にか太公望のお気に入りの場所になっていた。
 館内に入ると、真っ先に目に付くオススメ本の中から適当に本をとって、窓際の日差しのあまり入らない椅子に腰掛ける。ふわんと体が沈み込む。目を閉じてうつらうつら。
「あら、太公望さん。その本はちょっとどうかと思いますけれど」
 またか。目を開くと邑姜が立っていた。邑姜はほぼ毎日のように図書館に来ており、偶に太公望が寝ているとこういってって声をかける。
「これはな、わしの趣味なのだ。人がどんな趣味を持っていようと口出しすべきではなかろう」
「『彼氏に着せたい手作りセーター』がですか?」
 太公望はばたんと本を落とした。
「なっ。どーしてこんな本が学校の図書館にあるのだっ! この学校は不純異性交遊推奨かっ!」
「この図書館は品揃えが売りなんですよ。娯楽の少ない学校ですから」
 くすくすと邑姜は笑った。太公望もつられて笑う。
「おぬしは、実家に帰らぬのか?」
「帰りますよ。でも、せっかくだから本を何冊か借りていこうと思って……」
「本当に本が好きなのだのぉ」
 太公望は感心する。
「ええ。太公望さんは帰らないんですか?」
「ちょっと家の都合でのぉ」
「そうですか。では、私はこれで」
 深く尋ねないで邑姜は太公望に手を振った。
「あ、ちょっと待ってくれ」
 立ち去ろうとする邑姜を太公望は引き止める。
「せっかくだから昼飯でも一緒に食おう」
「そうですね」
 気がつけばもう11時を回っていた。ちょっと早いが昼食をとっても差し支えないだろう。生徒が帰ってしまったせいで食堂もがらんとしている。というか二人以外誰もいない。
「のぉ、邑姜。ちょっと相談に乗って欲しいのだ」
 気がついたら太公望はそう切り出していた。
「これはな、友達の友達の話なのだが……」
 くすっと邑姜は笑ったが、結局最後まで太公望の話しを聞いてくれた。
 そして言った。
「おそらく……彼女はその友達の友達のことが好きになってしまったんでしょうね。だから今の彼とは別れたいと思っている。色々理由をつけているのはきっと彼女自身が自分の心に気付いていないから」


      ☆


 門限である8時ぎりぎりに楊ぜんは帰ってきた。手には駅前のスーパーの白い袋。
「師叔。もうご飯食べましたか?」
「まだ食っておらぬ」
 今日一日やっていると思っていた食堂は今日の昼で終わりだった。うっかりしていた太公望はぐるぐる鳴るおなかを抱えて途方にくれていたのだ。
「だろうと思って材料かってきましたからね。すぐ作りますよ」
「おぬしが作るのか?」
 太公望は期待に胸を膨らませて楊ぜんを見上げる。
「ええ。こう見えても僕、結構料理は得意なんですよ」
 にこりと楊ぜんが笑った。太公望にはその微笑が天使様に見える。
「わしは全然駄目だよ」
「でしょうね」
 くすっと楊ぜんは笑った。
「のぉ、楊ぜん。天化とは……」
「新宿まで出てぶらぶらしてきました」
 短く言って楊ぜんは部屋を出る。調理室は別にあるらしい。
「わしも手伝おうか」
 太公望も立ち上がった。目的の半分はつまみ食いである。
 レタスと春雨のスープにトマトとほうれん草のパスタ。楊ぜんの手料理は本当においしかった。結局休みの間は楊ぜんが食事当番。太公望が皿洗い当番になった。ちょっと損をした気分の太公望である。
「休みの間はおぬしと二人っきりだのぉ」
 やっと満腹になった太公望は楊ぜんを伺う。
「そうですね。一人じゃなくて良かったです」
「いつもは一人なのか」
「ええ」
「それは……つまらんのぉ」
 こんな部屋の中で一週間も終始一人でいたら発狂しそうだ。
「今までは、一人のほうが気楽でいいって思ってたんですよ、僕」
「気楽だが、寂しいであろう?」
 太公望にはちょっと理解しかねる。
「でも、いつも寂しかったですから。同じ部屋なのがあなたで本当に良かった」
「それは、よかったよ」
 ふふふと楊ぜんは笑う。楽しそうな顔。これは演技ではないな、と太公望は思う。
「明日のお昼は何がいいですか?」
「そうだのぉ、明日はプラネタリウムに行こうか? 外で食べよう」
「え?」
「約束したであろう?」
「はい」
 楊ぜんはぎこちなく頷く。素直に頷けないのは、天化のことがあるからか。太公望は心の中で舌打ちを一つ。
「わしらは友達なのだから一緒に遊びに行くだけだ。そんなことまで天化に義理立てしなくてもよいであろう?」
 楊ぜんは驚いたように太公望を見た。
「そう、ですよね」

 わしは何をしているのだろうと太公望は思う。
 もしも、楊ぜんがわしに惚れているのならば、わしは天化から楊ぜんを奪うつもりなのか。
 心の中で歯車が回る。ぎりぎりと回る。一つ回れば連動して別の一つが回り出し、それが別の一つをまわしだす。
 もともと楊ぜんは天化に惚れておったわけではない。天化だって言ったではないか、楊ぜんがわしを好きになる前に告白したと。ならば初めに奪ったのは天化ではないのか。
 ぎりぎり。ぎりぎり。
 わしが楊ぜんのことを好きで、楊ぜんがわしのことを好きなのならば、一体、誰に遠慮する必要があるだろう。もともと、こうなるべきだったのだ。わしと楊ぜんこそが貝合わせの正しい組み合わせ。組み合わさるべきパズルのピースだったのではないか。
 だから今楊ぜんは悩んでいるのであろう?
 そうだ。確かに、楊ぜんは天化の隣にいるべきではないのだ。わしの隣にいるべきなのだから。
 何て自分勝手なのだろう。冷静な自分が自分を批判する。
 楊ぜんの心がどうだとしても、実際に天化と楊ぜんは付き合っているのだ。あの天化の幸せそうな顔をおぬしも見たであろう? 何故それを踏みにじるようなことができる。愛していようがいまいが、それは成立してそこにあるものなのだ。ぶち壊していいわけがない。

「……す、師叔。大丈夫ですか?」
 気がつけば楊ぜんが心配して顔を覗き込んでいる。少しばかり、ぼんやりしてしまったようだ。
「ああ、大丈夫だ。ちと頭が痛くて」
「頭痛ですか? 薬ありますよ」
「いや、いいよ。寝れば治るから」
 太公望は頭を抑える。本当のことを言ってしまえば別に痛くはなかったのだが。
「じゃあ、温かくして……」
「風邪ではないよ」
「風邪だったら困るでしょう?」
「心配性だのぉ」
 太公望は苦笑する。
「だって、明日プラネタリウムにつれてってくださるんでしょう?」
 ほのかに媚を含ませた楊ぜんの台詞に太公望はどきりとする。
 寝台に入った太公望に楊ぜんは布団をかぶせてくれる。
「電気消しますよ。僕も寝ますから」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 暗くなった部屋の中で太公望はもやもやしていた。
 本当に楊ぜんは、わしのことが好きなのかもしれない。

next.

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