garden----------no.13
ちょっと早めに寮を出て、池袋へ。まずはサンシャイン60通りからちょっと入ったところにあるイタリア料理店で腹ごしらえ。でてきたパスタはなかなかおいしくて、デザートにケーキまで頼んで太公望はご満悦だ。紅茶を飲みながら『東京』とでかでかと書かれたガイドブックを開く。
「ちょっと師叔、それおのぼりさんみたいですよ」
楊ぜんが、膨れて声を潜める。
「よいではないか、どうせおのぼりさんなのだから」
「でも」
「なんだ、恥ずかしいのか?」
太公望がにやりと笑うと楊ぜんはさらに膨れた。
「なんかイヤです」
気にせず太公望はガイドブックを見る。
「プラネタリウムは……一時間ごとにやっておるようだのぉ。適当に時間をつぶしながら行ってみるか。せっかくだからサンシャイン60の中も見たいであろう?」
「そうですね。でもそのガイドブックはしまってください」
「わかったよ」
太公望はあきれて笑った。
店を出てハンズの横から地下に入る。せっかくだから水族館とのセット券を買った。
「ナンジャタウンも良いのぉ」
懲りずに太公望はガイドブックをめくる。
「ゲームですか?」
「いや、アイスと餃子があるのだ」
「アイスはともかく餃子はいやですよ」
楊ぜんは眉をしかめる。
「むぅ。じゃ、時間があったらアイスだけでも食べよう」
「おなか壊さないでくださいね」
楊ぜんにからかわれて太公望は、むぅとうなった。
サンシャインの中でさんざん迷いつつ、二人は2時からの上演プログラムに何とか間に合った。
適当な席に腰掛けると、椅子が若干後ろに倒れる感じになる。
ふわぁと太公望はあくびをした。これは図書館の椅子に勝るとも劣らぬすわり心地やも知れぬ。
しばらくすると、場内が暗くなった。
上映された物語は有名なギリシャ神話でアンドロメダとペルセウスの物語だった。
母親が神々を怒らせたせいで、海の化け物の生贄にされかけたアンドロメダを英雄ペルセウスが助け出すといったストーリーに絡めて、夜の星座たちが紹介されてゆく。
太公望はうつらうつらし始め、はっと気がついたときにはすでに場内は明るくなっていた。
「寝てましたね、師叔」
冷ややかに楊ぜんが言った。
「いや、えーと、その一瞬だけ」
「嘘でしょう。ずーっと気持ちよさそうによだれたらして寝てましたよ。みっともない」
太公望はあわてて口元のよだれをぬぐう。
「そう思うんだったら、起こしてくれればいいではないか」
「あんまり気持ちよさそうだったんで、しのびなくなっちゃったんですよ。全く、もう」
そんなに怒っているわけでもないらしく、楊ぜんの声は半分笑っていた。
「すまぬ」
「昨日ちゃんと寝てないんですか」
「そ、そうなのだ今日のことが楽しみで」
「遠足前の子供みたいですね」
楊ぜんがくすくす笑う。
違うよ、おぬしとデートするのが楽しみで……言おうとして太公望はやめた。たとえ冗談めかして言ったとしてもやっぱり楊ぜんは気にするのだろうから。
「それより、早く水族館のほうに行きましょう。15分からアシカのショーがあるんです」
「そうだのぉ」
「早くしないと始まっちゃいますよ」
ぐいっと楊ぜんは太公望の手をとる。どきんと太公望の心臓は跳ねる。
なんだ。子供みたいにはしゃいでおるのはおぬしのほうではないか、楊ぜん。
アシカショーを見ている間も、楊ぜんはずっと太公望の手を握っていた。たぶん、無意識なのだろう。楊ぜんはひたすらアシカばかり見ていて、太公望のほうを見ようともしない。
だけれど太公望の心臓はその間ずっとどくどくと脈打っていて、このままでは高血圧で倒れてしまいそうだ。
アシカショーは15分ほどで終わり、楊ぜんはようやく太公望の手を握り締めていたことに気づいて手を離した。そして照れ隠しのようににっこり笑った。
「可愛かったですね、師叔」
「そうだのぉ」
アシカなんかちっとも見ていなかった太公望はもぞもぞと答えた。
そのまま楊ぜんと常設展示を眺め、楊ぜんはマスコットのぬいぐるみを買い、水族館を後にした。
その時点で4時を過ぎていたのでナンジャタウンはあきらめて二人は喫茶店に入る。
楊ぜんは苺のケーキを、太公望はもちろん特大のチョコレートパフェを注文した。
「楽しかったですね、師叔」
にこりと楊ぜんは微笑む。
「そうだのぉ、アイスは残念だったが」
「そんなの。また来ればいいじゃないですか」
「そうだのぉ。また来よう」
「そうですね……師叔とまた来たいな……」
つぶやいてから楊ぜんは真っ赤になった。
「ち、違いますよ。これは、その。ともだちとして、師叔とまた来れたらいいなって、そういう意味ですから」
「わかっておるよ」
太公望が苦笑すると、楊ぜんは少しばかりさびしそうな顔で、ええ、そうですよねと笑った。
「しかし、おぬしよくぬいぐるみなど買うのぉ」
太公望はあわてて話題を変える。
「え、だって可愛いじゃないですか」
楊ぜんはにこにこと笑う。
「そういう可愛いものを男が買うって言うのは抵抗とかないのか? チョコレートパフェはたのめなかったくせに」
太公望はからかった。
「チョコレートパフェは僕が頼んだら僕が食べるってわかっちゃうでしょう。でもぬいぐるみだったら、彼女へのプレゼントかなとか、そんな風に思うものですよ店員は」
めちゃくちゃな理論を楊ぜんは披露する。
「そうかのぉ」
「だって、僕がぬいぐるみを自分のために買うなんて普通思わないでしょう」
「そうかのぉ」
「そうなんです。それに今日の記念が欲しかったですし」
「記念?」
「はい。師叔とサンシャインに来た記念……」
言ってしまってから楊ぜんは口をつぐんだ。
「わしと?」
期待をこめて太公望はたずねる。
「……違う」
小さな声で楊ぜんは否定した。
「でも、今おぬし……」
「違うんですってば」
「しかし……」
「もうっ。何言わせたいんですか! 僕には天化君がいるんですよ。天化君が……」
がたんとテーブルに手を着いて楊ぜんが立ち上がる。驚いた顔をしてウエイトレスが振り返る。
「ごめん。楊ぜん。ごめん」
あわてて立ち上がった太公望は、楊ぜんの肩に手を乗せてそっと囁いた。
「わしが悪かったから。ごめん」
二人はあわてて喫茶店を後にした。
「なんか、悪いことになってしまったのぉ」
楊ぜんはずっとうつむいている。
「帰ろうか、楊ぜん」
こくんと、小さく楊ぜんは頷いた。ぎゅっとぬいぐるみの入った紙袋を抱きしめて。
黙りこくったまま切符を買い、黙りこくったまま電車に乗る。黙りこくったままいつもの駅に着き、改札を出たところで太公望は言った。
「のぉ楊ぜん、酒買ってこようか」
「な、何言い出すんですか師叔!」
驚いた楊ぜんはだんまりをやめて口を開く。
「お。おぬしひょっとして飲んだことないのか?」
からかうように太公望は言う。
「あるわけないじゃないですか、未成年ですよ、僕たち」
「だあほ。そんなに声を張り上げる出ないよ。聞かれて学校に通報されたらやばいであろう」
しぃっと太公望は口を尖らせる。
「お酒を飲むこと自体がすでにやばいんですよ」
つられて小声になりながら楊ぜんは言った。
「優等生だのぉ。ばれなきゃ大丈夫だよ」
「そういう問題じゃありません」
楊ぜんは膨れた。
「駅の反対側のコンビニならめったに行かぬし、大丈夫だ」
かまわず太公望は口を開く。
「ばれますよ。師叔。中学生に間違われたくせに」
「だから、おぬしならばれぬであろう?」
「嫌ですよ」
「何だ? 怖いのか、おぬし」
太公望がにやりと笑うと楊ぜんは口をつぐんでしまった。扱いやすい奴め。
「みんな酒ぐらい飲んだことあるのにのぉ。楊ぜんは怖いのかのぉ」
「でも、僕、お酒なんて飲んだことがないから、どれがいいのかなんてわからないです」
「じゃあ、今からわしの言う奴を買ってくればよい」
「どうやって学校に持ち込むんですか。守衛さんは残ってるんですよ。先生だって交代で泊まってるし」
「それに入れればよかろう」
太公望は楊ぜんの抱えている。ぬいぐるみの袋を指差す。
「ぬいぐるみがクッションになるから音もせぬし、空き缶は明日になってからこっそり捨てに行けばよい」
「師叔って、実はとんでもない不良だったんですね」
あきれたように楊ぜんが言う。
「なんだ。今頃気がついたのか」
太公望は笑った。
首尾は上々。楊ぜんと太公望は何食わぬ顔で酒を寮の中へ持ち込んでしまった。
部屋に入って鍵をかけるまで緊張しきっていた楊ぜんは、鍵をかけたとたんへたりこんでしまった。
「こんなに緊張したことって初めてですよ」
「何を脱力しておるのだ。コップと、それからおつまみが欲しいのぉ。作ってくれんかのぉ楊ぜん」
「人使いが荒いですね」
「わしが造っても良いが、うまく出来るかわからん。出来なくとも残さず食うのだぞ」
腕まくりしかけた太公望に楊ぜんは言った。
「いいですよ。やりますよ。何か怖いから僕が作ってきます」
「怖いとは失敬な」
「さっき一緒に海草のサラダも買ってきたんですよ。おいしそうだったから、後何か適当に作ってきます」
あわてて部屋を後にした楊ぜんの背中に向かって太公望はつぶやいた。
「成功すれば結構いけるのにのぉ、わしの料理……」
グラス……はさすがになかったので、いつも使っているマグカップと、お皿を用意する。それから太公望はうきうきとコンビニの袋を取り出した。ビニール袋は半透明で、楊ぜんが買ったというサラダと缶がいくつか入っているのが見える。
「楊ぜんがぬいぐるみ買ったおかげで助かったのぉ」
さっそく一つあけてしまおうかと考えた太公望だが楊ぜんが帰ってくるのを待つことにした。
まもなくして楊ぜんが帰ってくる。
「あんまり材料がなかったんで簡単なものしか作れませんでしたよ」
言いながらも三つばかりお皿を取り出す。
マッシュルームの明太子和えと、野菜炒めと、オープンオムレツ。
「うまそうだのぉ」
楊ぜんはにっこり笑って当たり前ですと言い切った。
桃のサワーをマグカップに注いで、二人はカチンと乾杯をする。そしてくすくす笑った。
「何の乾杯なんですかこれ」
「二人の夜に」
「なにそれ」
「おぬしの瞳に」
「莫迦じゃないですか、もう」
「では、アンドロメダとペルセウスに」
笑いながら二人はカチンともう一度乾杯をした。
「そうだ。それから、おぬしが不良になった記念に」
太公望が付け足したので、楊ぜんはなんともいえない顔でもう飲んでしまったマグカップの中身を見た。
くすくすと太公望は笑う。
「感想は? 楊ぜん」
「別にどうって事ないですね。僕、お酒強いのかも」
「ほぉ、ではもう一杯飲むのだ!」
太公望は言ってぐびぐびと楊ぜんのマグカップにサワーを注いだ。
やがて、楊ぜんはほんのりと赤くなる。
「なーにが強いのだでろでろではないか」
かかかと太公望は笑った。
「でろでろは師叔ですよ」
太公望も負けず劣らず赤い。
「わしはのぉ、赤くはなるが強いのだ!」
「もう。わけわかりません」
くすくすと楊ぜんは笑う。
それからちょっと据わった目で口を開いた。
「ねぇ師叔。師叔は僕が化け物の生贄にされたら助けに来てくれますか」
「どーしておぬしが生贄にされるのだ?」
「だから例えばの話ですよ。アンドロメダみたいに生贄にされたらペルセウスみたいに助けに来てくれますか」
「おぬしは自力で脱出するであろう」
「へー。見殺しにするんだ」
楊ぜんは膨れる。
「どうせあなたはそういう人だろうと思ってましたよ」
「だ、だれも見殺しにするとは言ってなかろう。助けるよちゃんと」
「ペルセウスみたいに?」
「ペルセウスは嫌いだ」
楊ぜんがきょとんとした顔をしたので太公望は続けた。
「ペルセウスの冒険の中にメドゥーサの首を取るシーンがあったであろう?」
「寝てたくせに良く知ってますね」
「だあほめ。ギリシャ神話には結構詳しいのだ」
「無駄なことを覚えるのが好きなんですね」
「棘があるのぉ。おぬし」
「だって……」
「メドゥーサというのはもともと美しい少女だったのだ。ところが神の怒りをかったために化け物にされてしまうのだ。この境遇は結構アンドロメダに似ておるではないか」
「言われてみればそうですね……。片方は生贄で片方は化け物ですか。神様も酷いですね」
「そうであろう。それなのに、片方は殺されて首を取られ、片方は救われて英雄と結婚するのだ。英雄というからにはメドゥーサも救わなければ駄目ではないか」
「師叔は優しいんですね」
またもや、据わった目で楊ぜんが言った。
「それで、英雄師叔はメドゥーサと結婚しちゃうんだ。どうせ僕は自力で脱出できそうですからね」
「な、何を言っておるのだ? おぬし」
楊ぜんに酒を飲ませたのはとんでもない失策だったかもしれない。ここに至ってようやく太公望は気がついた。もはや言っていることが良くわからない。
「師叔の莫迦。天化君だったら絶対助けに来てくれるのに」
「わしとて助けに行くよ」
「でも師叔はメドゥーサと……」
「メドゥーサも助けるが、別に結婚とかはせぬ」
「じゃあ、僕と結婚してくれるんですか」
「へ?」
気がつけば楊ぜんはぐいっと太公望の顔を覗き込んでいた。たぶん、その気になればきっとキスできるくらい近くに。
「師叔は、僕を選んでくれるんですか?」
「じゃあ、おぬしもわしを選べよ」
引かれるように太公望は楊ぜんにキスをした。
電流のようなものが背筋を伝い流れていった。
泣いているような顔をした楊ぜんを抱きしめた。
何も考えなかった。
next.
novel.
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